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愛車、流されます 洪水時に車内は避難所にならない現実

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
流されると重いエンジンルームが沈み、軽い車内空間がしばらく浮きます。(写真:ロイター/アフロ)

 愛車で通行中に洪水に見舞われて車ごと流される、あるいは車外に出たところで流されるという事故がまだ記憶に新しいかと思います。今年は、8月下旬に九州北部を襲った豪雨、日本列島に接近あるいは上陸した台風、そして10月下旬に関東から東北を襲った豪雨で、車内からの逃げ遅れが原因で命を落とした方が数多くおりました。愛車は、避難所にはなり得ないという現実を改めて目の当たりにしました。

多くの車両が水に浸かった

 一説によると、台風19号により水害を受けた車両は、約10万台とも言われています。そのうちの多数は、長時間駐車していた車両だったかもしれません。しかしながら、もしすべての車両にて人が乗車中で、しかも車内に居残ることにこだわったとすれば、10万人規模で犠牲者が出たかもしれません。これはクルマ社会を象徴する、命に直結する潜在的な溺水リスク要因であると言えます。

 ただ、そこまで被害が拡大しなかったのは、次の2点に従って多くの皆さんが行動したからかと思います。

1.冠水したら外出せずに垂直避難

2.冠水箇所より離れて高台へ避難

【参考】まず垂直避難 命の危険のはじまりは豪雨冠水です

車両水没実験

 まず、車両水没実験 ~転落時を想定した水没テスト~【JAFユーザーテスト】をご覧ください。

 車両が水没して、水面がドアにかかるほどの水深になると運転席のドアは開かず、さらに後部座席のスライドドアさえ開かなくなります。完全に閉じ込められます。ドアの窓ガラスを工具を使って割ると、理論的に脱出ルートは確保されます。しかしながら車内の空気がいっきに放出されて、車両が急に沈みます。

 筆者が経験した水中障害物からの脱出訓練から、この状況で冷静に脱出できるかというと、難しいと言わざるを得ません。目を開けられない泥水の中を、息を止めて潜水・潜行して、正しい場所にて水面に浮上するなど、訓練経験がある・ないの以前の困難さがあります。ましてや1人がこのように脱出すると他の同乗者には脱出のチャンスすら与えられないでしょう。要するに、車外脱出は一か八かの最後の賭けだと考えた方がいいです。

流されるとさらに悪い方向に

 実際の洪水では、流れがあります。車両が流され始めたら、いい方向にはいきません。悪い方向への片道切符です。なぜなら、水は低い方に流れ、低い場所にたまるからです。当然車両の流れ着くところの水深は深くなる一方です。そして車両はエンジン類の重さで前方が沈み傾きます。こうなると自分の姿勢が安定せず、狭い車内空間で身動きすら取れなくなります。

車両によって流れやすさは変わるか

 流れのある水の中で、車両がどれくらいの水深と流速で流されるのか、いくつかの論文があります。

論文1 “冠水時の自動車通行の危険性に関する研究”、押川英夫、大島崇史、小松利光、河川技術論文集17 461-466 (2011).

論文2 “氾濫時の車の漂流に関する水理実験”、戸田圭一、石垣泰輔、尾崎平、西田知洋、高垣裕彦、河川技術論文集18 499-504 (2012).

 例えば、論文1の図14に示すように日産マーチクラスの車両では、秒速1 mの流れの中で車内等の空隙に浸水がない状態で水深30 cm強で流され、空隙のほぼ半分が浸水している状態でも50 cm強で流されます。図15のトヨタランドクルーザークラスの車両では、秒速1 mの流れの中で車内等の空隙に浸水がない状態で水深60 cm強で流され、空隙のほぼ半分が浸水している状態でも90 cm強で流されます。

 ご自分の愛車が流されやすいか、流されにくいか、おおよその参考になる計算方法を次に示します。

 まず、インターネットなどで愛車の諸元表を入手します。必要なデータは車両重量、車内寸法(長・幅・高)です。例えば、マーチのあるグレードでは950 kg 、1875 mm・1350 mm・1275 mmです。車内寸法の単位をmに換算して車内容積(=長×幅×高)を求めると、3.23 m^3になります。図1に示すように、この空間が浸水せず空気に満たされていれば浮袋ですから、理論的には車体重量3230 kg以上(注1)で浮き上がることはありません。実際には950 kgなので車内容積の浮力は重量に比べて十分高いと言えます。

図1 車両重量と車内容積(浮袋)との関係(筆者作成)
図1 車両重量と車内容積(浮袋)との関係(筆者作成)

 つまりマーチの3230 m^3/950 kg = 3.40を算出すると、この数字が高いほど浮きやすく流れやすく、低いほど沈みやすく流れにくい車体だとおおよその判断ができます。この数字は乗用車で3.0弱から4.5強の範囲の中にあります。マーチは3.40という数字から、それでも比較的沈みやすく流れにくい車体に分類されることがわかります。車高の高い軽自動車で4.6程度、セダン型普通乗用車で2.9程度になります。

流れやすい車両は不利か

 では、ランドクルーザークラスの車両は安全かというとそういうわけではありません。冠水してきて車両での避難が難しいと判断したら、車両が流される前に脱出しなければならないのですが、ランドクルーザークラスの車両が流される手前の水深の60 cmでは、すでに人は歩いて避難できないのです。秒速1 mの流れで簡単に流されてしまいます。一方、マーチクラスの車両が流される手前の水深の30 cmでは、まだ何とか歩いて避難できます。できるだけ良い条件で脱出行動に踏み切れる方が、結果的には良い方向に行くかもしれません。

【参考】冠水してきた 車で避難途中に冠水したら躊躇せず車外へ そして歩いて避難

【参考】流れのある洪水 歩いて避難できるか? その判断基準は

まとめ

 今年の洪水被害を振り返り、自動車車内は避難所になり得ないことがわかりました。まず冠水したら外出せずに垂直避難です。そして車で避難しないとならない状況なら、冠水箇所より離れて高台へ避難です。日頃からご自分の愛車が流されやすいか流されにくいか把握をしておいて、いざという時には流されてないからと安心することなく、冠水時には脱出できるうちに脱出することを心掛けてください。

注1(10月27日13時30分追記)

 もちろん、車体を構成する鉄などの個々の部材にも浮力が作用するので、この数字はもう少し重くなります。ただ、文章の流れにおいては反対方向にならないので、あくまでも諸元表の数字で比較するようにしています。

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水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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