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沖に流されたら、どうして大人が犠牲になる?そうなるのが水難事故だ

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
消防防災航空隊による水難救助訓練。沖に流された人を救助するのに迅速(筆者撮影)

 昨日10日お昼過ぎ、香川県三豊市の海水浴場で、35歳の女性がおいを助けようとして溺れて死亡しました。また、同日午後4時前、佐賀県唐津市の海岸で男性と男児が流され、男児は救助されたが、男性は溺死しました。20年くらい前なら、子供も大人もこのような水難事故に遭うと両方とも亡くなっていたのですが、ここのところ子供が助かり大人が亡くなる事故が頻発しています。なぜでしょうか。

理由は子供が浮いて救助を待てるようになった

 全国の約8割(水難学会推定)の小学校で行われている「ういてまて教室(以前は着衣泳と呼ばれていた)」では、水難事故に遭った時に浮いて呼吸を確保して救助を待つ技術を教えています。各学校の教員、水難学会指導員が手分けして、夏休み前の6月から7月に全国で一斉に行われています。そこでは、浮くことによって呼吸ができることを重点的に教えています。ですから、水難事故に遭うと子供は無理して泳がず、呼吸を確保して行動できるように一定の知識を持っています。

 警察庁が毎年6月に発行している水難の概況によれば、平成30年中には子供の生還率は88%に達し、その一方では大人の生還率は50%を下回ります。大人の生還率が低迷しているのは、「救助に行かなければならない」という思いに尽きるのではないかと推測しています。まさに昨日10日に起こった水難事故はそれを物語っています。

どうして事故が発生したか

 香川県三豊市の父母ヶ浜海水浴場では昨日、35歳の女性がおいとめいと一緒に泳いでいました。ところがおいが浮輪とともに沖へ流されました。女性はおいを助けようとしましたが溺れてしまいました。(出処:KBS瀬戸内放送 8月11日)アメダスデータを見ると、少し離れた多度津では、事故の起こった時間帯の少し前に急に北風が強くなっています。急にです。父母ヶ浜は西向き海岸なので、北の風が強くなるとどちらかというと沖に流されます。これまで穏やかだった気象が急変すると水難事故は発生しやすい傾向にあります。まさに、風が急に強くなるのはその原因になり得ます。

 昨日のアメダスデータで風速1 m/sにも満たなかった風が数時間ほどで4 m/sくらいにまで上がりました。4 m/sで浮き輪ごと流されたら、泳いで追いつくことはできません。なぜなら100 mを25秒ほどで吹く風だからです。100 m自由形の世界新記録は47秒弱です。こういう気象の急変時にフロートや浮き輪、ライフジャケットで浮いているのは要注意です。

さらに厳しい現実

 よく「離岸流に流されたら、流れに逆らわずに横に泳いで流れから外れて陸に向かう」と言われます。現実はそのように甘いものではありません。海になじみのない人に海浜流で流されたのか、風に流されたのか、区別などつきません。もし後者であると、どこまで横に行っても流され続けます。風から脱出するなど不可能です。

 ましてやお子さんに追い付いたとして、泳いで、しかも風に逆らって陸に向かうのは、子供のそばに行くときの数倍の体力が必要です。日ごろから泳ぎなれているとしても無理です。そうやって多くの大人が救助中に力尽き、子供だけ浮いているところを助けられて、生還するのです。亡くなられた大人、多くの場合は家族に対して、子供は一生、悔やんでも悔やみきれなくなります。それだけ厳しい現実が待っています。

どうすればいいか

 子供が海で流されたら、大人が海に流されたら、海岸から見た人はすぐに118番海上保安庁、119番消防に連絡してください。もちろん、海水浴場ならライフセーバーにも通報します。拡声器があれば「ういてまてー」と声を掛けます。なくても大勢が大きな声で「ういてまてー」と流された人に向かって叫びます。

 海上保安庁や消防では、海に流されたという通報であれば、すぐにヘリコプターを出して、上空から捜索を始めます。発見次第、吊り上げ救助といって、ヘリコプターから救助隊員を下ろし、流された人を確保してヘリコプターに収容します。公的機関による救助であれば、無料で救助してもらえます。躊躇せずに公的救助を選んでください。

そうこうしているうちに

 NHKの速報で、小田原で3人が海に流されて、40歳代の女性が心肺停止であるというニュースが飛び込んできました。小田原のアメダスデータはどちらかというと南風で、風に流された事故よりは、海浜流のほうが原因かもしれません。11時現在の小田原アメダスデータは南南東の風 風速3.3 m/s 小田原は南向きの海岸で風で流された可能性は低いです。NHKの映像では消波ブロックが写っており、海水浴場には見えませんでした。お盆に海で海水浴を楽しむときには、ぜひライフセーバーのいる海水浴場・時間にて楽しんでください。

 なお、その後に撮影された海岸からの映像より、消波ブロック群と別の消波ブロック群の間にできた隙間が事故現場だとすると、台風の影響で遠方から到達した波が消波ブロックを超えて来て、戻るときに海水がこの隙間に集中する戻り流れで子供が先に流されたかもしれません。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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