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Moto2で相手のブレーキを握る暴挙に見た「煽り運転」のメンタリティとは

佐川健太郎モーターサイクルジャーナリスト
※画像はイメージです。

あまりに危険な200km/h超での蛮行

世界最高峰の2輪モータースポーツ、MotoGPで思わぬハプニングが発生した。先週末にイタリア・ミサノで開催された第13戦サンマリノGPでのこと。Moto2クラス決勝レース中、バックストレートを200km/h以上の速度で競り合う”相手のマシン”のフロントブレーキを握るという暴挙に出たライダーがいたのだ。

そのライダーとは現在Moto2クラス参戦1年目のイタリア人、ロマーノ・フェナティ(22)である。事の発端は、レース序盤にフェナティを抜こうとした同じくイタリア人ライダーのステファノ・マンシィがイン側から接触し、双方ともコースアウトして順位を下げてしまったことにある。

これに憤慨したフェナティが再び追い上げて報復に出た。マンシィの背後からスリップストリームを使って右サイドに並ぶと、なんと左手を伸ばして相手の右手側にあるブレーキレバーをワシ掴みに!マンシィはバランスを崩しながらもなんとか持ちこたえて事なきを得たが、一歩間違えば大クラッシュになりかねない状況だった。

あの速度域でバトルしながら、しかも片手運転で冷静に相手のブレーキを操作できるという彼らトップライダーの腕前には畏れ入るが、その決定的瞬間が言い逃れ様のない証拠としてMotoGPのオフィシャル映像にバッチリ映っていた。

待っていたのは永久追放に近い処分

当然ながらフェナティは失格となり、その後2レースを出場停止のペナルティを受けた上に、チームを解雇されて今シーズンのシートを失っただけでなく、さらには2019年の契約を結んでいたMVアグスタにも契約解除を通告されるなど、支払った代償は大きなものとなってしまった。

報道によれば、フェナティはMoto3クラスに参戦中の2015年にもレース中に相手を蹴って謝罪し、2016年にはV・ロッシがオーナーのスカイ・レーシングからも規律違反で追放されるなど問題児だったらしい。

本人は恥ずべき振る舞いに謝罪し、自分には衝動的な面があることを認めつつも相手を傷つける意図はなかったとしているが、すべては後の祭り。信頼回復への道のりは険しいと言わざるを得ないだろう。

危険だからこそ厳格なルールが必要

モータースポーツを含めた競技スポーツには勝敗があり、ライバル同士が全力をかけて競い合う。ロードレースの世界でも、コーナー進入時には僅かな隙を突いて相手の鼻先にマシンを捩じ込んでいくし、ストレートで並んでくる相手にはヒジやヒザを当てて牽制し合うことなど日常茶飯事。優れたテクニックとともに、ギリギリの駆け引きにも挫けない強靭なメンタルがないと、とても世界の頂点では戦えないことも事実だ。ただ、その競い合いはフェアでなければならず、ことさら、モータースポーツのように大きな危険が伴う競技ではルール順守の精神が欠かせない。

今回のような重い処罰が下ったのも、フェナティの行為が非常に危険だったからだ。「彼が私にやったのと同じような方法で、危険を分からせようとしたんだ」というコメントからも、当の本人も危険を承知の上で相手を懲らしめるためにやってしまったのだろう。ただ、今回は度が過ぎた。

不用意なブレーキングは前転の恐れも

自分もかつて趣味でロードレースをやっていたとき、目の前を走るライダーがストレートで他車と絡み、相当な速度からバイクごと前転していくのを見たことがある。今思い出しても身の毛がよだつような恐ろしい光景だった。

特に強力なブレーキとハイグリップタイヤを備えたスポーツモデルの場合、アクシデントでなくても不用意にブレーキレバーを握ると勢い余ってバイクごと前転したり、前輪がロックして転倒することもある。

ちなみにこうした接触による誤操作を防ぐため、MotoGPをはじめ最近のレーシングマシンには「レバーガード」の装着が義務付けられているが、それとて他人から握られてはどうしようもない。最悪は前転もしくはフロントロックによる転倒により、マシンもライダーも深刻なダメージを受けることは避けられず、コース上に散乱したマシンの残骸や倒れているライダーに後続車が突っ込み、さらに悲惨な多重クラッシュへと深刻化する可能性もある。

今回のフェナティの行為はそういう最悪の危険性を孕んでいたということで、レース界から永久追放に近い処分を受けたのだ。

「煽り運転」と同じメンタリティかも

翻って公道での話だが、今回のフェナティの一件について筆を進めるうちに、最近問題になっている「煽り運転」のことを思い出していた。重大事故につながる危険があると分かっていながら、「相手にやられたからやり返す」とか「カッときて我を忘れてしまった」という心理はまさに「煽り運転」と同じではないか。

人間は感情の動物であり、苛立ちや恐怖や不安といった感情に起因して怒りが噴出するという。そして、高ストレス下の環境に置かれるほど感情のコントロールは難しくなる。クルマやバイクの運転はまさにそれで、百戦錬磨のプロライダーでも陥るワナがそこかしこにある。

怒りの感情と上手く付き合うための方法として最近、「アンガーマネジメント」が注目されているが、それによると感情をコントロールできない人は何事においても失敗しやすいという。耳の痛い話だ。フェナティもきっとひどく後悔していることだろう。これを他山の石とし、真摯に受け止めたい。

出典:Webikeバイクニュース

モーターサイクルジャーナリスト

63年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、RECRUITグループ、販促コンサルタント会社を経て独立。趣味が高じてモータージャーナルの世界へ。編集者を経て現在はジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら、「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。㈱モト・マニアックス代表。「Webikeバイクニュース」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。

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