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熱中症 中高の部活で年間3000件 ソフトボール・野球で高い発生率

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:アフロ)

 中学校と高校の運動部活動では、少なくとも毎年約3000件の熱中症事案が確認されている。22日にも、三重県の私立高校でダンス部の生徒10人が、熱中症の疑いで救急搬送されたと大きく報じられたばかりだ。学校は「夏休み」といえども、部活動は授業期間中以上に活発におこなわれることもある。警鐘の意味を込めて、運動部における熱中症の実態を、全国のデータから明らかにする。

■中高の運動部で毎年3000件

 三重県立の私立学校のように10人規模で救急搬送されると大きな話題となるが、一人や二人のケースは話題にあがらない。だが同じ22日付の新聞記事をデータベースで調べると、たとえば兵庫県内(神戸新聞)、大阪市内(読売新聞)、群馬県内(読売新聞)と、学校の部活動で一人あるいは数人の生徒が、熱中症とみられる症状で救急搬送されていることがわかる。

図1:運動部活動における熱中症の発生件数 ※筆者が作図
図1:運動部活動における熱中症の発生件数 ※筆者が作図

 じつは、中学校と高校の運動部活動では、毎年計3000件ほどの熱中症事例が報告されている。記録的な猛暑となった2018年は計4000件にのぼる【図1】。

 日本スポーツ振興センターが毎年刊行している『学校の管理下の災害』には、2010年度以降において、各種負傷や疾病に関して、活動内容別の件数が計上されている。図1は、最新の2018年度までのデータについて、「熱中症」における「運動部活動」の件数のみを抽出したものである。

 中高とも毎年ほぼ同数で、2017年度は中学校が1437件、高校は1574件、2018年度は、中学校が2001件、高校が2167件にのぼる。なお、この件数は生徒が病院等にかかって医療費が発生した事案の総数である。単に「気分が悪くなった」けれども病院には行かなかった、というような事案は含まれていない[注1]。

■夏休み期間中の部活動に注意

 熱中症事案全体のなかで、運動部活動が占める割合はとても大きい【図2】。

図2:熱中症が起きた活動状況 ※筆者が作図
図2:熱中症が起きた活動状況 ※筆者が作図

 過去3年分をまとめてみると、中学校では68.1%が、高校では63.9%が、運動部活動で起きている。同じ「運動」であっても、体育の授業の割合はきわめて小さく、中学校では6.7%、高校では4.1%にすぎない。

 体育との差から明らかであるように、学校の熱中症対策ということであれば、まずは運動部活動のあり方を見直すことが先決である。

 2012年度における学校管理下の熱中症事案に関する調査報告書では、部活動や体育などを含めて熱中症事案は7月と8月に集中していることが示されている。

 例年であれば8月に授業がおこなわれることは少なく、もっぱら部活動の練習がくり広げられる。もっとも熱中症が発生しやすい時期に、学校で運動部活動が積極的におこなわれる。こうして、運動部活動で熱中症事案が積み重なっていくと考えられる。

■競技種目別の分析

 ここまで、運動部全体における熱中症の実態を明らかにしてきた。以下では、競技種目別の実態に迫りたい。

 じつは運動部活動の現状に際しては、熱中症やスポーツ傷害以外のさまざまな指標を含めても、競技種目を一覧して全国の状況を数量的に比較検討するような分析は数少ない。各競技種目の中央競技団体が、独自に全国調査をして公表するようなことはあっても、それは当該競技種目にとどまるものである。

 『学校の管理下の災害』には、限られた情報ではあるものの、全国の学校における競技種目別の負傷や疾病の件数を知ることができる。とても貴重な情報源といえる。

 まずは、中学校と高校それぞれの運動部活動について、競技種目別の熱中症の発生件数を整理し、過去3年分の平均値を算出した【図3】。

図3:競技種目別の熱中症発生件数 ※筆者が作図
図3:競技種目別の熱中症発生件数 ※筆者が作図

 なおその際に、日本中学校体育連盟と全国高等学校体育連盟と日本高等学校野球連盟がそれぞれに実施している部員数調査のデータも参照した。3つの連盟は中学校や高校の運動部の部員数を、毎年調査している。そのデータをとりまとめて、全国の部員数が過去3年の平均値で5000人を超える競技種目のみに、分析の対象を限定することとした。

 熱中症の発生件数を競技種目間で比較してみると、中学校ではテニス部(ソフトテニス部を含む。以下同様)がもっとも多いものの、野球部、バスケットボール部、陸上競技部、サッカー部、バレーボール部も、件数が比較的多い一群とみることができる。高校では、野球部が目立って多く、サッカー部、テニス部がそれにつづいている。これらの競技種目においては、熱中症へのいっそうの対策が求められる。

■野球部とソフトボール部で高い発生率

 しかしながら単純に考えると、熱中症の発生件数は、部員数が大きければそれに応じて増えていく。

 実際に、中学校で発生件数がもっとも多かったテニス部は、運動部のなかでも人気が高く、部員数も最多である。同じく、高校でも野球部は、サッカー部やテニス部とならんで最大規模の部員数を有している。

 そこで各競技種目でどれくらい熱中症が発生しやすいかを調べるために、熱中症の発生件数を部員数で除して、発生率(1万人あたり)を算出した【図4】。

図4:競技種目別の熱中症発生率 ※筆者が作図
図4:競技種目別の熱中症発生率 ※筆者が作図

 すると、中学校と高校いずれにおいても、発生率の最多はソフトボール部で、2番目が野球部、3番目がラグビー部という結果になった。いずれも屋外の競技種目であり、とくにソフトボールと野球は、もともと野球から派生したのがソフトボールであることからも、類似性が高い競技種目である。

■ユニフォームが全身を覆い、重ね着される

 熱中症に詳しい横浜国立大学の田中英登教授らは、野球において熱中症が多い理由に「野球指導者の熱中症に関する知識や意識の不足、非効率的な練習法などが挙げられ、さらに夏季においても全身を覆ったユニフォームを着用し、炎天下で長時間の練習を行うことなども挙げられる」[文献1]と述べる。田中教授らは、そのなかでもとくにその着衣の諸条件と体温上昇との関係性を検討し、体温上昇を抑制する素材のアンダーシャツであったとしても、その上にユニフォームが重ね着されることで、体温上昇の抑制効果が失われると指摘する。

 また野球では、ユニフォームが全身を覆いさらには重ね着もされるために、体表面から熱の放散が阻害されて熱中症が引き起こされやすいことから、熱中症の予防指針を1段階下げて厳しめに適用すべきという提言もある[文献2、文献3]。

 ソフトボールでは膝下が覆われていないユニフォームも見かけるものの、いずれにしても着衣の状況を踏まえ、野球部やソフトボール部ではその競技種目固有の積極的な熱中症対策が必要であるといえる。

■競技種目の特性と熱中症

 これまで熱中症対策は、「こまめな水分補給や休憩」「暑さ指数に応じた活動」「暑熱順化」といったように運動共通の方針が徹底されてきた。いっぽうで各競技種目に固有の熱中症リスクについては、啓発資料のレベルではまだ十分に提示されていないように見受けられる。

 本稿では着衣に限定して熱中症との関係に言及したが、ソフトボール部や野球部さらにはラグビー部において、なぜ熱中症事案が多く確認されているのか。競技種目間また競技種目別の、いっそうの調査研究が不可欠である。

 今日もまた、猛烈な暑さのなかにあっても、部活動の練習がおこなわれる。そしてまた、何人かの生徒が倒れていくのだろう。

 運動をするには明らかに不適切な環境下で、多くの生徒の身体を危険にさらしてまで、部活動がおこなわれる理由はどこにあるのか。コロナ禍で私たちは、安全や健康の大切さを強く実感したはずである。コロナ禍から学ぶべきことは、まだまだたくさんある。

  • 注1:医療保険診療を受けた場合で、初診から治ゆするまでの医療費総額が5,000円以上(窓口負担額ではない)要した際に、災害共済給付制度の一環で医療費が給付される。
  • 文献1:田中英登・薩本弥生「野球選手の着衣条件からみた熱中症予防に関する研究(アンダーシャツ素材を中心に)」『デサントスポーツ科学』26: 181-189、2005.
  • 文献2:芳田哲也、新矢博美、中井誠一「着衣条件を考慮した熱中症予防指針の実践的根拠」『体力科学』56(1): 41、2007.
  • 文献3:中井誠一、新矢博美、芳田哲也、寄本明、井上芳光、森本武利「スポーツ活動および日常生活を含めた新しい熱中症予防対策の提案:年齢、着衣及び暑熱順化を考慮した予防指針」『体力科学』56: 437-444、2007.
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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