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教師への夢をあきらめた学生たち 現役教育大生のリアル 競争倍率低下時代における教育の危機

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 教師になることを夢見てきた学生の一部が、その夢に終止符を打とうとしている。学校という職場の過酷な労働状況が見えてきたからだ。全国的には教員採用試験の倍率が低下し、採用倍率が1.2倍の自治体も出てきている。日本の教育は、危機的状況を迎えている。

 私は昨年末、教員養成系大学に籍を置く5名の現役学生たちと意見交換の機会をもつことができた。学生の語りからは、教職をめぐる迷いや決意が見えてきた。ここに、その率直な思いを紹介したい。

<教育大生のリアルを語る座談会>

座談会の様子 ※スタッフによる撮影
座談会の様子 ※スタッフによる撮影
  • 内田:さて本日は、全国の国公私立の教員養成系の学部・大学院に所属していらっしゃる現役学生の皆さんにお越しいただきました。初対面でまだドキドキしているかもしれませんが、この数年の動きのなかで感じてきたことなど、率直な思いをお話しいただきたいと思います。皆さん、すでに大学に入ってから数年は経過していますよね。まさにその数年の間に、学校現場の労働状況がかなり問題視されるようになってきました。教師になろうと思って大学に入っただけに、戸惑っていらっしゃるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

■「先生になりたい」から「先生になれない」へ

座談会の様子 ※スタッフによる撮影
座談会の様子 ※スタッフによる撮影
  • あるえ:私は、小学校の頃から学校の先生になりたくて、卒業文集にも「将来は小学校の先生になる」って書いたんです。それで教育大に入ったのですが、その気持ちが変化していったのは、先輩方が卒業して実際に先生として働いている姿を知るようになってからです。SNSに、「今日は早く帰れた」というのが夜7時。遅いと11時とか終電ギリギリとかもよくあって。そしてツイッターの次に飲み会でも「しんどい」という声を聞くようになって、「先生になりたくないなぁ」という感情が少しずつ出てきました。
  • 内田:主にSNSをとおして、学校現場の「しんどい」という状況を具体的に知るようになっていったのですね?
  • あるえ:はい。大学の授業で現職の先生が来てくれて、一日のスケジュールを教えてくれて、「しんどい」という情報を得る機会はあります。でも、「自己犠牲の上に聖職者として頑張っている」といったステレオタイプな授業もけっこう多くて、これはどうなんだろうと思いながら過ごしてきました。そして実際に、公的ブラック企業と言われる学校に実習に行ってみて、「いまは先生になれない」というのが正直なところです。
  • 内田:長時間労働というのは、教師になりたいという情熱を消し去るほどの威力があった?
  • あるえ:私が行った教育実習先では、先生方は授業準備で長時間労働になっていたわけではないんです。子どもが荒れていて、保護者対応や管理職との相談を含めて、夜遅くまで先生方が振り回されていました。だから、力を入れて授業をつくる暇がない。そうすると、授業がおもしろくない。だから、子どもが付いてこない。そして荒れる、という悪循環です。その様子を見て、「先生になれない」という気持ちが強くなりました。もう、9割5分は教職をあきらめています。
  • 内田:その最大の理由は、授業に取り組む余裕がないということ?
  • あるえ:はい、そこです。授業準備に時間が割けないほどに忙しい。

■「まちがっていることを変えていきたい」

座談会の様子 ※スタッフによる撮影
座談会の様子 ※スタッフによる撮影
  • 内田:やはり過酷な現実をみると、夢が揺れ動いてしまうものですね。
  • なるみ:僕はそれでも、学校現場に入っていきたいと思っています。この数年僕も皆さんと同じように、ツイッターなどで「管理職から『会議を入れます』という指示があった。それ、おかしい」といった先生方のつぶやきを、たくさん見ています。でもそこは、制度をちゃんと知ったうえで、「まちがっている」ということを管理職に伝えないと、何も変わらんって思っています。ツイッターで愚痴る気持ちもわかるけど、「いまのままじゃつぶれてしまう」ということを、管理職に伝えたり、保護者に説明したりすることが、教師一人ひとりの役割だと思うんです。
  • 内田:なるほど、教員一人ひとりが、学校を変えていくことに責任をもつべき、と。
  • なるみ:それって逃げるということじゃなくて、子どものためにこそ先生がつぶれてはならない、と考えるべきだと思っています。自分だったらきっとそうするのにという気持ちが溢れてきたので、「先生になろう」という決意でいます。そのためにも、なぜその教育活動をやるのかについて、先生どうしで話し合いができるといいなと思っています。たとえば、学校の生活で子どもが育つという考えと、授業で育つという考えがあるとして、どちらかがまちがっているということではなくて、話し合うなかで大事な点を見出していく。それが時間内の業務としてできれば、みんなが働きやすくなっていくのではないかと思っています。

■「ここは学校だよ」

※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より
※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より
  • まつの:じつは僕は、願書を出した後に、気持ちが変わりました。
  • 内田:エーッ!?
  • まつの:高校3年生の夏に教員になりたいと思って、もちろん教科も好きでしたが、部活も楽しかったんです。「これは教員しかない」と、ずっと教職の勉強をつづけてきました。でも、いまは揺らいでいます。
  • 内田:あるえさんも同じだけど、教師になるという意志が強かったのに、揺らいでしまったということ?
  • まつの:はい、僕にとっては教育実習の影響が大きいです。複数の校種の教育実習を順調に受けてきたのですが、教員採用試験の願書を出したあとに、最後に高校の教育実習がありまして。まず、僕は社会科が専門で、高校だと地理総合や歴史総合など新しい科目ができます。教育実習のときに授業づくりで相当苦労したんですけど、そこに新しい科目ということで負担がさらに増える。そして、教育実習では朝早く7時頃から夜11時すぎるまで、自分も他の先生も学校にいます。「これはおかしい、滅私奉公だ」と。
  • 内田:実習を重ねるなかで、長時間労働を目の当たりにしたのですね。
  • まつの:その高校の実習のときに、実習担当の先生ではなかったんですけど、自分に声をよくかけてくださった先生がいました。30代くらいのまだ若い先生です。その先生が、実習の最終日の夜に、まわりに誰もいないところで、僕に最後ひと言、こう言ったんです――「まつのくん、ここは学校だよ」。

■「学校を変えようと思っていた先生は、辞めていった」

座談会の様子 ※スタッフによる撮影
座談会の様子 ※スタッフによる撮影
  • まつの:僕はそのひと言で、ものすごく揺らいだんです。自分は朝7時から夜の10時半までいて、これを60歳になるまでつづけるのか、と。もちろんその先生も、非常に夜遅くまで、学校に残っていました。
  • 内田:まつのさんは、その「ここは学校だよ」の響きにどのような意味を感じとったのでしょうか?
  • まつの:その先生は、教員の労働にいろいろと疑問をもっていて、たとえば、あるとき別の先生に対して、「部活は教育課程外で、学校でやるべきことでもないのに、なぜそこまでやらなきゃいけないのか」と主張していました。でも「教育的な効果がたくさんあるんだから」と返されてしまい、それで終わっていました。「ここは学校だよ」という言葉のつづきは、「それでも君は来るのか。学校はあまりにもたくさんのことを背負いすぎている」ということを言いたかったんじゃないかなと、僕は思っています。当時は他の校種の実習も終えていて、今回が仕上げで、あとは教員採用試験頑張るぞと意気込んでいたところでした。ところが、最後のその先生のひと言で、自分にグッとくるものがありました。衝撃でした。
  • 内田:深いメッセージを感じます。
  • まつの:じつは、僕はずっとそのことが気になっていて、その年度が明けたときに改めて話を聞きたいと思い、その先生に連絡をとろうとしたんです。でも、先生はすでに学校を辞めていました。働き方に疑問をもっていても、あきらめるしかない。学校を変えようと思っていた先生は、みずから学校を辞めてしまったんです。
  • 内田:本当に深いお話です。今回皆さんの声を聴いて、教職に就くかどうかは表面的なちがいであって、根底では教員の働き方に強い問題意識を共有していらっしゃることがよくわかりました。いまのままでは、まずい。だからこそ別の道を選んだり、だからこそその道に入って変えていきたいと感じている。この根底にある問題を、教育界全体で直視しないといけないですね。率直なお気持ちを伝えてくださり、本当にありがとうございました。

<競争倍率低下時代における教育の危機>

■教職は不人気

新潟県で実施された小学校教員の採用試験における合格者の受検番号(一部) ※新潟県のウェブサイトより
新潟県で実施された小学校教員の採用試験における合格者の受検番号(一部) ※新潟県のウェブサイトより

 「1 2 3 4 5 6 7 (8) 9 10 (11) 12…」

 読者の皆さんは、上の数字を見て、いったい何を思うだろうか。

 じつはこれは、今年度に新潟県(新潟市を除く)で実施された小学校教員の採用試験における合格者の受検番号である(新潟県ウェブサイト)。番号がほとんどつづいていて、ときおり抜けていることがわかる。

 今年度、新潟県における小学校教員採用の競争倍率は1.2倍で、全国最小を記録した。志願者数は377名で(前年440名)、合格者数は311名(前年244名)であった。2001年度実施の試験以降、志願者数は減少がつづいているという(『新潟日報』2018年11月9日付)。

 教育分野の専門誌『教育新聞』によると、全国的に同様の傾向が確認でき、たんに志願者数が減少しているだけでなく、採用見込み数を減らした自治体においてさえ志願者数の大幅減によって倍率が下がるという状況が生じているという(『教育新聞』電子版 2018年6月22日付:佐藤明彦「合否を分ける教採対策 10の『新常識』」)。

■教職に対するイメージ悪化

※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より
※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より

 『教育新聞』の解説では、志願者数が減少した背景として、民間企業の就職活動が売り手市場になっていることと、教員の過重労働をめぐる報道により教職へのイメージが悪化したことがあげられている。

 そして、教職を目指す学生には、第一に「大学入学時から揺るぎない思いで教員を目指し、着実に対策を積んできたタイプ」が、第二に「教員か民間かと揺らぎながら、3年の秋ごろに決断したタイプ」が、第三に「『何となく』教員免許を取得し、直前になって『取りあえず』志願したタイプ」があり、とくに第二と第三のタイプの学生が、民間企業に回った可能性が高い、と分析されている。

 私もこの説明に、基本的に賛意する。大学入学の時点で教員免許取得の準備を始めるものの、決断は少し先送りにする(第二、第三のタイプ)。そうした学生が、売り手市場のなかで民間企業への就職を選択する。

■教職を夢見ていた学生の離脱

座談会の様子 ※スタッフによる撮影
座談会の様子 ※スタッフによる撮影

 しかしながら、今回の座談会から見えてきたのは、第一のタイプの学生が、教職への道から離脱していくという現実であった。

 座談会に登場した、あるえさんと、まつのさん。二人は、教職に就くことを夢見てきた学生である。その夢を打ち砕いたのは、学校の長時間労働であった。

 朝早くから遅くまで、休めぬ日々がつづく。授業準備も不十分なままに、教壇に立たなければならない。現実を知るにつれて、今日の学校現場に、未来の自分を映し出すことができなくなった。

 教えるという仕事に魅力を見いだせなくなったというなら、それは早くに他の道を模索したほうがよいだろう。だが、そうではない。残業が多すぎるからと、教職をあきらめる。こんなに悲しいことがあるだろうか。

 その一方で、教職に就いて学校を変えていきたいと意気込んでいたのは、なるみさんだった。その意気込みを、今日の教育界はどこまで支えきれるのか。若者一人にその課題を背負わせていては、何も変わらない。職場全体さらには教育界全体での、課題の共有が必要である。

■採用倍率低下における危機

 ただでさえ採用の競争倍率が低いなかで、こうして熱意をもっている学生たちが教職を去って行くと、その代わりに、思いつきで採用試験を受けたような志願者が合格してしまうことにもなりかねない。

 もちろん、志願の動機づけはそれほど確固たるものではなかったとしても、学校現場で立派に仕事をこなしている先生方がたくさんいることを、私は知っている。だからそこまで不安視しなくてもよいのかもしれない。

 そうは言っても一般に、長らくその仕事に憧れを抱いてきた者が立ち去り、代わりにとりあえず志願した者が入職するような事態は、できれば回避すべきであろう。

 希望であれ絶望であれ、若者の思いは、日本の教育の未来をかたちづくっていく。今後の学校の働き方改革が確実に「自分事化」してくるなかで、私たちは若い教育大生の訴えを、自分に関わってくることとして受け止めなければならない(拙稿「先生の業務 保護者が負担?」)。教育に携わろうとする若者の声に、ぜひとも耳を傾けてほしい。

【座談会の動画記録(内田良チャンネルより)】

  • 現役学生の生の言葉に触れたい方は、この2時間にわたっておこなわれた座談会の要約版動画(54分)をご覧いただきたい。動画には、本記事に収まりきらなかった語りがたくさん詰まっている。なお、本記事中の発言内容については、YouTube動画からの個別情報の削除、ならびに動画撮影後における取材の追加等の事情により、YouTube動画には入っていない言葉も記載されている。また、動画上の発言順は、記事中の発言順と必ずしも一致しているわけではない。
  • 01:34〜 ブラックと言われている教職について、いま感じることは?
  • 10:04〜 座談会で教職の問題を話し合いたいと思った理由は?
  • 22:04〜 教育大のなかでは、教職のブラック化についてどのような議論があるのか?
  • 27:24〜 給特法(残業代なしという法律)について教育大生はどう感じているのか?
  • 32:02〜 教育実習で、ブラックな現場だと感じたことは?
  • 38:52〜 学生の立場から、学校現場に伝えたいことは?
  • 50:02〜 【付録】学生団体Teacher Aideとの楽屋トーク

【謝辞】

  • 今回座談会に参加してくださった現役学生の皆さんには、遠路はるばる足をお運びいただき、ほとんどの皆さんが初対面のなかで2時間にわたって率直な思いを語っていただきました。心から感謝申し上げます。普段ずっと研究室に閉じこもっている僕にとっては、たくさんの新たな気づきを得ることができた時間でした。皆さんからいただいた課題を、教育学部に身を置く大学教員として、一つずつ世に訴えていきたいと思っています。本当にありがとうございました。
  • そして座談会の開催にあたっては、先月設立されたばかりの「教員を助ける学生団体Teacher Aide」の皆さん(代表:じんぺー氏)に、ご尽力をいただきました。SNSを中心にして各地の教員養成系大学の学生さんに広く声をかけてくださったことで、座談会を実現させることができました。厚くお礼申し上げます。どうもありがとうございました。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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