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鳥取プール飛び込み事故 「外部」ではない調査委員会 小規模自治体における難しさも

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
フラフープの使用と、浅い水深でのスタート台の使用が、事故の直接的要因と考えられる

■なぜ、いまになって調査委員会なのか?

昨年の7月、鳥取県にある町立小学校のプールにおいて、フラフープを用いた飛び込みスタートの練習で、小六女児が頭部を強打し、いまも手足にしびれが残るという事故が起きた。今月2日に町教育委員会により調査委員会が設立されるのに先だって、事故発生の事実が公になり、マスコミ各社は連日報道を展開している。

本事案は、事故の直接的原因(詳しくは拙稿「フラフープに飛び込み指導」)において指導上の重大な問題があったと考えられる。だが、その問題もさることながら、なぜいまになって調査委員会が立ち上げられることになったのか。ここに、本事案のもう一つの重大な問題を見出すことができる。そしてそこでは、各自治体(とくに小規模の自治体)が、学校管理下の事故事案を調査することの難しさも見えてくる。

私は、昨年11月の時点で被災家族から相談を受け、水面下で被災家族と連絡をとってきた。重大事故であるにもかかわらず、そして被災家族からの要望があったにもかかわらず、文部科学省が定める調査(後述する)は実施されず、事故情報は冬に入るまで町内の小学校間でさえ共有されることはなかった。被災家族の尽力があって、ようやくいま調査委員会の設立が実現し、原因究明と再発防止に向けての動きが始まった。

■A町関係者から成る「外部」の調査委員会

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しかしながら、調査委員会が設立されたから安心ということではなく、その中味を問うことが求められる。

2日に設立されたのは、「A町立B小学校児童事故調査委員会」(町名と学校名は匿名とする)である。町教委はこれを「第三者委員会」と位置づけていて(共同通信)、報道でも「外部の調査委員会」(テレビ朝日)と表現されている。

委員は、鳥取県教育委員会の係長/P町立の小学校長(教員人事ではA町と同一域内)/B小学校のPTA会長/B小学校の校医/A町の消防署長/A町の児童館長の、計6名で構成されている。全員がA町あるいはB小学校に、職務上(立場上)直接に関わる人物である。ただし、A町の児童館長は被災家族からの推薦者として入っている。

ここまでの情報だけでも、調査委員会が身内から成る内部委員会としての性格が強いことがわかる。「第三者」や「外部」であるためには、研究機関や法曹界、NPO、民間企業などA町とはできる限り関係のない組織や専門家集団から委員を選出することが望ましい。

■被災家族からの推薦者2名は却下

「設置要綱」には「議事は、出席した委員の過半数をもって決し」と明記されている。
「設置要綱」には「議事は、出席した委員の過半数をもって決し」と明記されている。

そうは言っても、A町は小さい自治体である。ネットワークも予算も限られるなかで、やむなく身内から選出せざるを得なかったという側面もある。

だがここで、重要な事実を2点示したい。

一つは、調査委員会が内部関係者で占められることを避けるべく、被災家族は自ら委員の候補者3名を探しだし了解をもらった上で、調査委員会の委員に選出するよう町教委にはたらきかけていた。だが、うち2名については受け入れられることはなかった共同通信)。

「設置要綱」には、「事故調査委員会の議事は、出席した委員の過半数をもって決し、可否同数のときは、議長の決するところによる」ことが明記されている。内部委員会の色彩が濃いなかで、推薦者1名では、多数決によってその推薦者の声はかき消されてしまう。被災家族の危機感は大きい。

■直前まで教育長が委員に就く予定だった

もう一つの事実は、マスコミではまだ報じられていないことである。

それは、調査委員会が設立される直前まで、A町の教育長が委員に就任する予定だったということである。

教育長が委員に就くことは、被災家族には事前に伝えられていて、実際に教育長を入れた計7名の委員名簿が添付された「設置要綱」も作成済みであった。ただでさえA町関係者で占められている委員会に、教育長が委員として入るというのだ。被災家族が調査委員会に対して危機感を強めるのももっともである。

結果的には、教育長の委員就任は、委員会設立の直前で回避された。

だが、第1回の委員会当日、教育長はその場にいた。委員とともにテーブルを囲んでいる姿が報道陣に公開された。そして、教育長は委員会(非公開)が開催されている間、ついに会場から出てくることはなかった。

同日の夜、事務局が報告のために被災家族のもとを訪問した際に、家族が確認したところによると、会合中に教育長は複数回にわたって発言をしたという。教育長は、実質的には委員の一人であると言ってよい。

■「委員のバランスをとるべき」 小規模自治体では調査委設立に難しさも

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調査委員会の長には、P町立の小学校長が選出された。P町は、教員人事においてはA町と同一域内にある。そのP町の小学校長が、調査委員会の長を務めることになった。そして、その委員会の場に、教育長が終始同席し発言していた。このような委員会は、少なくとも「第三者」や「外部」の委員会とよぶには無理がある。

教育評論家で、学校事故事案の総合ウェブサイト「日本の子どもたち」を運営する武田さち子氏は、調査委員会のあり方について、「教育委員会が委員を選出するため、そもそも委員の立場が、教育委員会や学校寄りになる可能性が高い。そこに実際に教育委員会関係者が入ってくると、さらにその偏りが大きくなる」と指摘し、「被災家族側の推薦者を複数名、できれば半数入れてバランスをとるべきだった」と、本調査委員会のあり方を問題視する。

調査委員会は、中立性・独立性が確保されていることが望ましい。しかしながら現実的な問題として、とくに自治体の規模が小さくなると、ネットワークや予算の制約から、どうしても当の自治体関係者に委員就任をお願いせざるを得ない場合がある。こうして、自治体と直接に利害関係をもつ者が委員に就くことになる。そうだとするならば、次善の策として、被災家族の利害関係者(推薦者)を複数名入れてバランスをとるという方法が考えられる。

■守られなかった文部科学省のガイドライン

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文部科学省は、2016年3月に「学校事故対応に関する指針」を発表している。

指針によると、治療に要する期間が30日以上である(ことが予想される)重大事故については、自治体の指導・助言のもと3日以内に学校が「基本調査」を実施することになっている。さらには教育活動自体に事故原因がある場合には、被災家族の意向を踏まえて、自治体による「詳細調査」(本事案でいうところの調査委員会)に移行しなければならない。

本事案は、事故発生から7ヶ月経過しての調査委員会設立であった。それも被災家族の尽力があってのことである。そして出来上がった調査委員会は、「第三者」や「外部」という位置づけのもと、内部の見解が通用しかねない状況にある。

事故後3日以内の基本調査も実施されず、12月になってようやく当日現場にいた子どもの一部に聞き取り調査がおこなわれた。町内の校長会で情報共有が図られたのも、12月に入ってからのことである。

■被災当事者、自治体への支援を

個別の事案に向き合っていつも感じるのは、重大事故への対応が、各当事者や各自治体の自助努力に任されているということだ。

第一に、被災家族や被災者本人が多大な苦労と苦悩に直面する。ただでさえ事故の被害そのもので、心身ともに大変な状況に置かれている。そのなかで、何の知識も力もない個別家族が、なかなか動こうとしない学校や教委に対して、何度もはたらきかけなければならない

第二に、教委や学校もまた、とくにそれが小規模自治体の場合に、積極的に動くための資源をまったく欠いている。基本的には教委も学校も教育機関であって、危機管理に長けているわけではない。ネットワークも予算も乏しいなかで、どうしても身内で対応しようとしてしまう。それが結果的に保身へとつながることも少なくない。

各当事者も各自治体も、重大事故を前にして手探りで対応を模索していく。そこにどのような支援が必要なのか。そのニーズをすくい上げていくことも、これからの学校安全の重大な課題である。

  • 本文中の写真素材は、いずれもイメージである。提供は「写真素材 足成」(画像の一部を改変)。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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