Yahoo!ニュース

フラフープに飛び込み指導 小六女児 プールで頸髄損傷

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■フラフープに飛び込み プール底に頭部強打

鳥取県内の公立小学校で、昨夏、6年生の女子児童がプールの飛び込みスタートの練習中に底に頭部を強打して救急搬送され、いまも手足にしびれの残っていることが、昨日明らかになった(共同通信社NHK)。

事故は7月の課外指導中に起きた。スタート台近くに置いたフラフープの中に飛び込むよう男性教諭が児童らに指示した際のことである。女児は水面に垂直に近いかたちで突っ込み、プールの底に頭頂部を打ち付けて、頸髄を損傷した。

激突の直後、女児は身体がしびれてプールからあがることができず、教諭によって引き上げられたほどに、重大な事態であった。女児はいまも手足にしびれが残っていてリハビリ中であり、激しい運動を禁じられている。

私は11月に被災家族から、学校や教育委員会が事故に向き合わない旨の相談を受け、水面下で被災家族と連絡を密にとってきた。

本事案には、「事故要因」と「事後対応」の両者において、学校や町教委側にきわめて重大な問題がある。それは、本事案の調査委員会が昨日になってようやく設立されたことに象徴されている。今回の記事では、とくに前者の事故要因(事故そのものの検証)について詳述したい。

■フラフープに向かって飛び込む

画像

事故当日の課外指導というのは、地区の競泳大会に出場するための練習の場であった。女児は水泳が得意で、飛び込みスタートにも慣れていた。だが、フラフープに飛び込む指導を受けたのは、この日が初めてのことであった。

男性教諭の指導のもと、水中で別の児童が水面と平行にフラフープをもち、児童らはそこに飛び込むよう指示された。被災女児が最初に挑戦し、女児はフラフープをくぐり抜けたものの、プールの底に勢いよく頭頂部のやや右後ろ側を打ち付けてしまった。

被災家族のくり返しの要望を受けて、今年2月になって教育委員会がおこなった実地調査では、当日その場にいた児童7名が、現場のプールでフラフープの位置を指し示したところ、プールの端からフラフープの中心部分までの距離は、平均で約131cmであった。(なお、学校側は日本スポーツ振興センターの調査において「2~3m」と回答。)

■「古くて危険な指導方法」

この点について、学校の水泳指導に詳しい東京都高等学校体育連盟の水泳専門部常任委員であり、東京大学教育学部附属中等教育学校の井口成明教諭は「古くて危険な指導方法だ」と指摘する。

フラフープを使うと、フラフープをくぐり抜けること自体が目標になってしまう。子どもの集中はフラフープのほう向き、くぐり抜けた後の水中姿勢をコントロールするところにまで気が回らない。女児は、普段の前方に飛ぶスタートとはまったく異なるスタートを経験したのではないだろうか。

昨年8月、井口先生(右)から指導を受ける筆者(左)
昨年8月、井口先生(右)から指導を受ける筆者(左)

子どもは、フラフープに引っかかることなく入水しようと、精一杯になる。そして、くぐり抜けるためには、水面に平行に近い角度で入るわけにはいかない。どうしてもある程度角度をつける必要がある。入水角度が大きくなれば、真下に突っ込み、プール底に激突しかねない。フラフープの使用は、そもそも入水角度が大きくなり、底に頭部をぶつける危険性が大きいのだ。

しかも、くぐり抜けることに神経を集中させてしまうから、その後の姿勢の制御にまで気を回すことが難しくなる

さらには今回、上述のとおり、児童7名への聞き取り調査(実地調査)によると、フラフープはスタート地点にかなり近くにあった可能性が高い。きわめて危険な指導状況があったと言える。

■水深90cm、スタート台36cm 水泳連盟の基準以下

日本水泳連盟「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」(2005年)
日本水泳連盟「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」(2005年)

各種報道にもあるとおり、スタート台付近の水深は90cm、スタート台の高さは36cmであることがわかっている。

日本水泳連盟は、「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」を2005年に策定している。毎年起きている重大事故を受けて作成されたもので、そこには飛び込みをしてもよいとされる、水深とスタート台の具体的な高さが示されている。

このガイドラインは、以前に指摘したように「現実的な妥協点」として定められたもので、姿勢を崩して飛び込んでしまった場合には事故が起きることを前提としている(内田良「学校のプールでまた飛び込み事故」)という点で、そもそも危険性を内包した基準である。

そして今回の事案では、さらにその基準よりも劣悪な条件下で飛び込みが指導されたことを指摘せねばならない。

ガイドラインでは、水深が1.00~1.10m未満の場合、スタート台の高さは、水面より0.25m±0.05m(つまり20cm~30cm)が望ましいとされる。本事案は、水深が90cmであり、スタート台の高さは36cm(水面からの高さはこれよりもさらに大きくなる可能性はある)である。ガイドラインよりも水深は浅く、かつスタート台は高い。安全性はまったく確保されないレベルである。

■前日に別の児童も頭を打っていた

事故当日の状況。フラフープの位置は、児童7名への聞き取り調査の結果を参照した。
事故当日の状況。フラフープの位置は、児童7名への聞き取り調査の結果を参照した。

じつは、事故の前日にも同じ課外指導で、別の児童がプールの底に頭をぶつけている朝日新聞)。そのときは、フラフープは使用していなかったようである。つまり、フラフープの使用に関係なく、当該プールでの課外指導における飛び込みスタート自体が、大きなリスクを有していたと考えられる。

以上、フラフープの直径と位置、プールの水深とスタート台の高さなどを、まとめて図に示した。これは当日の現場の状況を縮尺して作成したもので、基本的な大きさの関係は見たとおりに判断してもらってよい。原寸では、水深(スタート台付近)が90cm、スタート台の高さが36cm、フラフープの位置(プール端から中心部まで)が131cm、フラフープの直径が80cmである。なお女児の身長はここでは明かさないが、具体的な数値を反映させて作図してある。

図からは、水深の浅さが際立つ。その浅いプールで、高いスタート台に立ち、女児は目の前のフラフープに飛び込んでいった――

フラフープを使用したこと、水深が浅いにもかかわらずスタート台を使用したことが、この事故の直接的要因と考えられる。

ただし、教諭も学校も、女児に痛い目に合わせたくてそうした訳ではない。なぜそのような古い指導がまかり通ってしまうのか、なぜそうした環境下で飛び込み指導をせざるを得ないのか、そういった事故の背景にある間接的要因についても別途検討を進めていかねばならない。

事故の検証は、人を責めるためではなく、次の事故を生み出さないためにある。

[注記]

※学校側が初期に主張していたフラフープの位置「(プール端から)2~3m」(児童7名への聞き取り調査後の主張は不明)を採用した場合の図を参考までに下に示しておく。図示の際に、学校側の回答「2~3m」は、その中間の「2.5m(250cm)」に置き換えた。フラフープの位置が遠くなると、今度は泳者は、高く遠くへ飛ぶ必要があり、そこから真下に落ちることになる。したがって、スタート位置から遠いと遠いなりに、高い危険性がある。

この状況は、かつて流行った「パイクスタート」の危険性(高く遠くに飛んだ分、勢いよく入水して、底に激突する)として知られる事故パタンに近いものである。結局のところ、距離の長短に関係なく、フラフープをくぐり抜ける飛び込み指導自体が、競泳者の姿勢を崩しやすくかつ真下に突っ込みやすくしてしまうと考えられる(飛距離と事故の関係については拙稿「浅いプールで飛び込み練習 重大事故多発」を参照)。

フラフープの位置がプール端から250cmの場合
フラフープの位置がプール端から250cmの場合
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

内田良の最近の記事