柔道の死亡 なぜ減ったのか――「頭部外傷」への関心が重大事故防止のカナメ

学校柔道118件の死亡事故の多くが「頭部外傷」によるものである

■なぜ死亡事故が減ったのか――「頭部外傷」という視点

昨日に発表した記事「柔道事故 死亡ゼロが続いていた」が大きな反響を呼んだ。

柔道で重大事故が起きてきたことはすでに知られていても、この数年の「死亡ゼロ」は新鮮に受け止められたようだ。その反響のなかで、「なぜ死亡事故がゼロになったのか知りたい」という意見をたくさん頂戴した。今回はその質問・疑問に答えたいと思う。

結論を先に端的に示すならば、死亡事故が減った最大の理由は、死亡の原因が「頭部外傷」にあることが柔道指導者に認知され、頭部外傷に重点を置いた対策が徹底してとられたことに求められる。

■「頭部外傷」対策は、ないに等しかった

学校柔道での100件を超える死亡事故が明らかになったのは、2009年9月のことである。私がデータを、ウェブサイト「学校リスク研究所」に発表した。そこから見えてきたのは、死亡事故の多くが、柔道固有の動作(投げ技、受け身)による「頭部外傷」で生じているということであった。

1983~2011年度、学校管理下で起きた118件の死亡事故の死因内訳
1983~2011年度、学校管理下で起きた118件の死亡事故の死因内訳

当時、全柔連の医科学委員会副委員長であった二村雄次氏は、このデータを委員たちは驚きをもって受け止めたと言う。それも無理はない。柔道にかかわる医師20~30名で構成される医科学委員会において、当時、頭部外傷の専門家である脳神経外科医は一人もいなかったのである。

「頭部外傷」への関心は、皆無に近かった。ましてや、学校の柔道部顧問や保健体育科教師が、頭部外傷に対する知識も危機感も持ち合わせているはずがない。

■柔道界の変革

2010年に入ってから全柔連では二村氏らの尽力により、頭部外傷の予防を中心とした安全対策の取り組みが開始された。

事故防止の施策は、数多くある。公認指導者資格制度の確立、学校現場向けの指導教本の作成、さらにはそれらを統括する安全指導プロジェクト特別委員会の設置などである。頭部外傷の予防は最優先事項である。

全柔連『柔道の安全指導』の巻頭言は、2006年版では、重大事故の「原因はほとんどが不可抗力的なもの」と評価していたが、2011年版ではそうした態度はすっかり消えた。「頭部・頸部の怪我」が「重大事故に直接結び付くと考えられる」とされ、その発生機序や予防策に多くのページが割かれている(※)。

■マスコミ報道の増加

ただし2010年~2011年の頃は、全柔連や他の組織(医療界、教育界、事故被害者)の活動がもつ訴求力は、まだまだ小さかった。

柔道における頭部外傷予防の最大の功労者は、昨日の記事に書いたとおりマスコミである。柔道事故問題に関する報道は2010年頃から始まっていたものの、2011年冬から2012年春先にかけては連日のように新聞・テレビで報道がなされた。

報道量が急増した背景には、2012年度から始まる中学校での武道必修化の影響が大きい(この点は、別稿で改めて論じたい)。必修化に危機感をもったマスコミは、柔道事故の報道を加速させ、学校現場の体育教師や柔道部顧問は、否応なしに柔道事故への対策を迫られることになった。ここにきて頭部外傷対策は、一気に柔道の指導現場へと浸透していったとみることができる。

■180度の方向転換――「以前とは空気が変わった」

教育や柔道の関係者は、今日の柔道指導の場面について、「以前とは空気が変わった」と言う。それは、頭部外傷に対する危機感を指している。当初は、まるで頭部外傷の対策は、ないに等しかった。それが180度の方向転換である。いまや、頭部外傷の予防なしに、柔道指導は考えられない。

この3年、子どもたちの死亡事故はゼロである。柔道に怪我はつきものと考えている限りは、このような結果はけっして生まれなかったであろう。データを直視し、それにもとづいて対策を立てれば、子どもの命が救われる。この「柔道事故防止モデル」の成果は、柔道に限らず、他の競技種目にも適用できるはずである。

2020年のオリンピックに向けて、日本のスポーツ・セーフティは、この「柔道事故防止モデル」から多くのことを学ぶことができるのではないだろうか。

※なお、今日の全柔連は、全国柔道事故被害者の会と公式に協力関係をもち(詳しくは「日本柔道 2人の『会長』の歴史的対話」)、競技団体のなかではもっとも先進的な事故防止策に乗り出している。