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四人同時骨折 それでも続く大ピラミッド 巨大化ストップの決断を ▽組体操リスク(4)

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
関西体育授業研究会 研究通信「Improve」No. 55-62. より引用

やることが前提

組体操は運動会の花形種目である。それゆえ組体操は、やることが前提となってしまう、派手にして感動を呼ぶことが目的となってしまう。このとき、もはやリスクは考慮されず、いかに見栄えのよい組体操を演出するかに関心が向けられる。学校における組体操実践の最大の問題点は、ここにある。

私には、忘れられない1本の電話がある。5月に私がYahoo!ニュースに「【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい。子どものためにも、そして先生のためにも」と題する記事を発表した翌日、その電話はかかってきた(*注)。「自分の子どもがかつて小学生のときに、人間ピラミッドの頂点から地上に墜落して重傷を負い、数ヶ月間の絶対安静を強いられました」というのである。

これだけでも重大な事態であるが、その保護者が嘆き強調したのは、事故そのものとは別のことであった。「それだけの重大事故があったにもかかわらず、学校はその翌年も同じようにピラミッドをつくりました。信じられないことだと思い、その後も毎年見にいきましたが、少なくとも事故後3年間は同じ状況が続きました。それが許せないんです。」

四人同時骨折でも組体操は止まらない

前述の保護者は、自分の子どもが受けた事故がまるでなかったかのように、翌年もさらにその後も人間ピラミッドが華々しく披露されたことに対して、学校に対する憤りと不信感をあらわにしていた。

残念ながら、それが教育現場で起きていることである。日本新記録の11段を目指している天王寺川中学校でも同じようなことが起きていたことは、あまり知られていない。2012年に11段の記録に挑戦した際、失敗が続くなかで11段への挑戦を継続した結果、生徒が足を骨折してしまったことが報じられている。しかし今週末の9月20日(土)の体育大会で11段に再チャレンジすることが、すでに表明されている(毎日放送「VOICE」6月12日放送時点の情報)。

そして何よりも衝撃的なのは、「関西体育授業研究会」が開いた「組体操実技研修会」の報告資料である。同研究会は、関西地区の組体操普及に力を入れており、2010年度の第1回目の研修会では160人の教師が参加したが、翌2011年度には400人、2012年度には600人と、参加者数は拡大の一途をたどってきた。その第2回研修会の報告資料に、次のような記載がある。

大ピラミッドの指導

基本を押さえれば、難しい技ではありません。

ですが、油断大敵です。崩れる時は中央へ落ち込む形で崩壊します。上から児童が降ってくると、逃げ場がないので、数人を巻き込んだ大きな事故になる恐れがあります。過去に一度に4人骨折という事故もありました。

出典:関西体育授業研究会 研究通信「Improve」No. 55-62.

なんと、かつて大ピラミッド(人間ピラミッド)の崩壊により,4人が同時に骨折をしたというのである。巨大であったために崩壊時の負荷が大きかったものと推察される。それらの事故を受けて報告資料では、安全配慮として組み方の順序や腕の置き方などの留意点が示され、そして結局は大ピラミッドの研修が続けられていったのである。

事故のリスクを冒してまで続けるべきことなのか?

「関西体育授業研究会」の活動記録等を目にすると、先生方が自主的に集まり、高い意欲で体育の指導方法について学ぼうとしていることがわかる。とても貴重で意義深い研究会であることは、誰もが認めるところであろう。安全面についても高い意識があり、報告資料では次のような訴えかけがある。

安全面での配慮が組体にとって大変重要だということはどの教師もわかっているはずなのに、毎年事故が起きています。

ぜひ、今年の実践では事故・怪我0を目指してください!

出典:関西体育授業研究会 研究通信「Improve」No. 55-62.

事故防止の意識を高めることは重要である。しかしおそらく読者の方々は、すでに感じていることだろう、「そもそも巨大なピラミッドや高度な技に挑戦しようとするから、事故が起きてしまうのでは?」「先生がもつ安全指導の技量の問題ではなく,そもそも無茶・無謀なことをしていることが問題なのでは?」と。そこには、組体操の巨大化や高度化を諦めるという発想がない。巨大化・高度化した作品をつくるということが前提で、そのうえで事故をなんとか減らそうとしているのである。

人間ピラミッド10段の場合,おおよそ高さが7m,最大負荷が200kgとなる。無茶・無謀な挑戦は,先生たちの安全指導の限界を超えてしまっている。はたして、それほどのリスクを冒してまで、巨大化・高度化を目指す必要があるのだろうか。

組体操の記事を発表してきたなかで、「自分の子どもの組体操を見たことがあるけど、これまではただ感動するだけだった。記事を読んで、たしかに危険だと思った」という声をいくつか見聞きするようになった。

私たちはいまようやく、巨大な人間ピラミッドがもたらす「感動」の呪縛から、解き放たれようとしている。組体操ありきではなく、現実を直視した議論が必要である。

  • 注:個人が特定されることを避けるため、発言の内容を曖昧にしている。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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