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「石破ビジョン」は物足りない。

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 2018年自民党総裁選にいち早く出馬表明した石破茂氏が政策集「石破ビジョン」を公開し話題になっている。筆者も石破氏のビッグ・ピクチャー(大局観)の欠落が気になっていただけに楽しみに石破ビジョンを読んだ(ところで、この「石破ビジョン」が「石破茂総裁選特設サイト」にのみ掲載され、「石破茂オフィシャルサイト」には総裁選サイトへのリンクが貼られるのみで本体が見当たらないのはなぜだろうか…)。

自民党総裁選に挑む石破茂氏に、いま聞きたい3つのこと(西田亮介)- Y!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20180818-00093545/

石破氏は自民党総裁選に向けて公開で尋ねた「3つの質問」にどのように答えたか?(西田亮介)- Y!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20180823-00094211/

 一読して感じるのは物足りなさだ。政策通として知られる石破氏の政策集であるにもかかわらず、内容が抽象的で過度に多様な古典的な政策集に見えるからだ。このマニフェストではまず大項目として「謙虚で正直で国民の思いに近い政治」「透明・公平・公正な政治・行政」「課題に正面から挑み決断する政治」という3点が提示される。いずれも抽象度が相当高いうえに社会のあり方ではなく、石破氏の持論ではあるものの言及されているのは政治の内的問題に限られる。

 パンフレット2枚目にはもう少し具体性が増した5つの中項目と、それぞれの下に細目が提示される。5つの中項目は「ポストアベノミクスへの展開」「個性と自立性を発揮し地方で成長と豊かさを実感できる真の地方創生の実現」「より人を幸福にする福祉社会の実現」「人生100年時代の新たな社会の創生」「自立精神に富み安心・安全な国の構築」である。例えばここで示された3つの大項目と5つの中項目はどのような関係にあるのだろうか。一読の限りでは、対応関係が明確ではなく、後者が前者を実現する政策というわけでもなさそうだ。

 もう少し具体的に見てみよう。たとえば中項目「ポストアベノミクスへの展開」の細目には「格差是正、真の地方創生、技術革新、新しい時代の要請に応じた人材強化に重点を置き、財政規律にも配慮した経済財政運営」と記されている。これは要するにどのような政策を想像すればよいのだろうか。あまり具体像は見えてこない。一事が万事、この調子だ。

 1990年代末頃から地方政治を中心に日本にもイギリス型のマニフェストが持ち込まれ、2000年代を通して相当程度国政も含めて定着した。ポイントは理念と筋道だ。マニフェストは政治家(政党)が政権を奪取した暁にどのような社会と政治を実現しようとしているのか、そのためにどのような政策を実施しようとしているのかを提示する。数値目標等の細目や法案の条文の表記については賛否があるが、ビジョンとそれを実現する手法をわかりやすく社会に示すことに意味がある。

 日本においてこのようなマニフェストはそれまでの実現可能性に乏しい百花繚乱の自民党型「政策集」に対する批判的意味合いがあり、その改善は現代の自民党においても相当程度合意されたもののように思われていた。だが、今回の「石破ビジョン」はどちらかといえば前時代に回帰したかのようだ。見方によっていかようにも受け止められる玉虫色のまさに「政策集」だ。もちろん対する安倍氏サイドは未だマニフェストを提示していない。政策集は見当たらない一方で安倍氏のTwitterとFacebookには「『志』はいささかも揺るがない」というメッセージから始まる随分スタイリッシュなイメージ動画(?)が公開されている。それと比べれば随分マシだが、政策通として知られる石破氏としてはやはり物足りないと言わざるをえない。

 個人的には教育について、約90分にわたって石破氏に質問した上記動画内で現行路線と合致する職業教育や実学重視路線と、石破氏のスタンスは異なるという見解を聞けたと思えたが、「石破ビジョン」では教育の項目の筆頭に「実学重視の教育改革、職業ポートフォリオ教育の推進」という現行路線を踏襲する記述が見られたのも少々残念であった。

 本校執筆時点で報道によれば自民党は5ヶ所での街頭演説と3回の討論会を検討しているという。ただし街頭演説は2012年総裁選では17ヶ所で行われた。したがって相当程度減少したことになる(問題対応で中止になった2ヶ所があるので、当時の街頭演説の当初予定は19ヶ所)。熟議に乏しい総裁選が今から懸念されるが、改めて挑戦者である石破氏サイドから積極的な政策論争を多角的に仕掛けてほしい。現役世代に対する発信に乏しい印象がある石破氏だが、この間、インターネット番組に出演するなど訴求に努めているように見える。今後どのように展開するにしても、自民党総裁選の行く末は広く社会に影響する。この国の将来像、その将来像を実現する手段としての政策をめぐる論争が活性化することを期待したい。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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