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ナナメの関係、目的があってもなくても良い居場所、最新設備、2020年の学びの標準をb-labに見た

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
b-labの内装

先日、教育系NPOの先駆けとして知られる認定NPO法人カタリバが、文京区からの委託を受けて運営する文京区青少年プラザb-labを見学させていただいた。このb-labには、それぞれ詳しくは後ほど紹介するが、先取りされた2020年の学びのスタンダードを見た。

「b-lab」とは文京区が用いた青少年向けの複合施設の名称である。行政組織らしからぬポップな名称は、中高生に向けた公募で決まった。最寄り駅は各線本郷三丁目駅か、千代田線湯島駅。周囲には東京大学や、桜蔭学園などがある閑静な住宅地のなかに立地する複合施設だ。「中高生に自主的な活動や、地域や異年齢交流の場を提供し、自立と社会参加を応援」することを目的に設けられた(「文京区教育センター等建物基本プランの事業概要」)。

文化事業、スポーツ事業、学習支援事業、利用者による自主事業、中学・高校の部活等の合同行事(横断的な組織構築)を実体化する施設であり、「『何かやってみようかな』を応援する」、「地域の中の自分を自覚する」、「様々な人との関わりから社会性をはぐくむ」ことを具体的な目標に掲げている(「文京区教育センター等建物基本プランの事業概要」)。ある意味ではどこの自治体でも利用可能な「学校支援センター」のスキームを応用して作られたもので、教育行政上の手腕も注目すべきである。

b-labの音楽スタジオ入り口
b-labの音楽スタジオ入り口

とはいえ、b-labはとてもユニークな空間だ。塾のように、勉強に特化した空間ではない。音楽用の専用機材を備えたスタジオやバスケットボール・コートなども用意しており、いろいろな使い方ができる。そして、その使い方は、運営事業者であるカタリバやスタッフ、ボランティアなどに、程よくマネジメントされながら、それぞれの中高生に委ねられている。英会話教室や大学生による学習指導もあり、勉強「も」できるし、勉強以外のこと「も」できる。つまり、明確な目的があってもなくても、この空間を利用し、居場所にすることができる。そして、自分自身を振り返ってみてもそうだが、中学高校時代に明確な目的を持つことができている人は多くはないのではないか。

従来、塾のように教学に特化した場所はあれども、それ以外の分野で、音楽スタジオのような音楽施設を用意し、その使い方まで教えてくれる場は少なかった。学校外の身近なところに、20代〜30代の年の近い大人がスタッフ、ボランティアの中心となったこうした場所があれば、ある種、人間関係などが固定化し、閉塞してしまうこともある中高生にとって、身近な先輩から学ぶべき点は少なくないだろう。近隣の中学高校など、近くても意外と知り合う機会が少ない同世代と知り合う機会にもなるはずだ(ちなみにカタリバは、こうした緩やかな関係性を、同級生というヨコのつながり、先輩後輩というタテのつながりに対して、「ナナメの関係」と呼んでいる)。

このあたりの、中高生が自ら考え決定し、作り上げたという感覚とセルフエスティームを獲得しながら、同時にリスクを除外したり、それとなくうまく馴染めずにいる子どもたちを巻き込んでいく「程よいマネジメント」の感覚は定量化するのがなかなか難しいが、これまで10年近くにわたって、高校生や大学生とかかわってきたカタリバのノウハウが絶妙に活かされているように見えた。カタリバは、そうした事業の作りこみが、とてもうまい。人材も抱負だ。

b-labでの予期せぬ議論の輪(手前が筆者)
b-labでの予期せぬ議論の輪(手前が筆者)

ところで、視察に伺ったときに、たまたま今村亮館長が、筆者の専門から「社会や政治に関心がある」という男子高校生を連れてきた。話を聞いたり、議論をしていたら、勉強の仕方やキャリアに興味があるという桜蔭学園の中学生2人も話の輪に参加し、そのまま我々は2時間近くに渡って戦後史、電子辞書と紙の辞書の違い、文系理系の選択と将来の学費(!)、就職への影響などを話した。

自分でいうのもなんだが、なかなか大学教員とこういう話をする機会も多くはないのではないか。少なくとも自分が中学高校のときには、そんな機会はなかった。むろん友人でもある今村館長にまんまとのせられたという気がしなくもないが、筆者もあまり経験したことがない不思議な、しかし豊かな議論の輪だった。そしておそらくこうした輪は、b-labにとっては、日常茶飯事なのだろう。今村館長の振る舞いは、ごくさり気ないものだった。

ただし、一般化という点では課題もある。学校支援センターの手法自体は一般的でありながら、財政上の制約もあり、b-labほど施設や委託事業に資金を投入できない自治体が大半だろう。またカタリバのような主体が地域に必ずしも存在するとは限らない。そもそも文京区、あるいは都市部と異なり、そもそも十分な教学、学習環境が整っていない地域も多いだろう(文京区は結果的に、すでに多くの勉強に特化した施設や塾があったうえで、b-labが立地している。どちらが重要かは甲乙つけがたいが、塾が必要ないとは筆者は思わない)。

とはいえ、これらはb-labの課題というよりは一般化を考慮した課題である。したがって、b-labをそのまま模倣しようとするのではなく、利用可能な資源のポテンシャルを、それぞれの地域課題を参照したうえで、いかに引き出すかという点が重要だろう。

しかしb-labの実践は、またそこで起きている人間関係の形成や施設の作り方、学習機会は高大接続や大学入試改革の議論で、まさに渦中に取り上げられているものともいえる。その意味においては、2020年代の新しい学びのスタンダードを先取りしているともいえる。未来の教育を先取りしたプロトタイプの、今後を注視したい。

文京区在学在住の中高生なら是非とも一度訪ねてみるべきだし(1人で訪ねてもまったく問題ない)、大学生や社会人ならボランティアなどで関わってみても良さそうだ。以下にいろいろな関わり方の案内が載っている。施設見学会も定期的に開催されているので、そこに参加するのも良さそうだ(中高生向けの施設なので、リスクの観点からしても、突然の訪問は好ましくないので注意したい)。

「ビーラボへの関わり方」

http://b-lab.tokyo/join

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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