ネット選挙解禁で、有権者にとって何が変わるのか?(下)

ネット選挙解禁で、有権者にとって何が変わるのか?(上)」では、ネット選挙解禁の意味を確認し、一般有権者にとって、もっとも重要な点は選挙運動期間中に電子メールの利用等一部制限は残るものの、インターネット・サービスやTwitter、Facebookといったソーシャルメディアなどで候補者や政党の名前を書き込む行為の「違法状態」が解消することであると述べた。

ネット選挙解禁が鳴り物入りで、しかも20年近い歳月をかけて実現したわりには、メリットが少なく拍子抜けする方もいるかもしれない。しかし、これが今回のネット選挙解禁の現実である。ネット選挙解禁を求める過程では「ネット選挙解禁が選挙費用を引き下げる」という議論も頻繁に目にした。だが、現実に起きているのはまったく逆の動きである。解禁の決定以後、ネット選挙に関連するIT企業やPR企業の株価が高騰していることが示唆するように、ネット選挙の解禁が金権政治の防止に貢献するかといえば期待しにくい。

選挙が競争であり、インターネットの影響が未知数である以上、インターネットの利用が解禁となった以上、各候補者にとって解禁された場合、そのチャネルを利用しないという選択肢はありえない。インターネットのツールやサービス自体には無料のものも少なくないが、競争にもとづき差別化しようという圧力が働く環境のもとで高度な運用を行うためにはそれなりのコストがかかる。コンテンツを増やし、頻繁に更新を行うためには人手も必要である。ネット選挙解禁は、選挙や政治活動のコストの低減や金権政治の防止に寄与したとはとてもいえない。

しばしば「ネット選挙で若年世代の投票率が上がる」といわれたりもしている。しかし、2000年代前半における韓国でのネット選挙解禁においても、むしろ投票率は1990年代よりも下がったことが指摘されている。また2012年の大統領選挙で投票率が上がったといわれているが、たとえば『日本経済新聞』の報道などでは中高年、とりわけネットを駆使した中高年の投票率が高かったことが指摘されている。このように投票率は多様な変数が相互に影響を及ぼしており、ネット選挙解禁が単独で若年世代の投票率を押し上げるとはいえなさそうである。また過去の選挙における「ネット著名人」の立候補の結果は、参議院選挙の全国比例区でさえ芳しくない。これらを勘案すると、「ネット選挙解禁」単独での、参議院選挙への影響は大きいとはいえないのではないか、というのが筆者の考えである。

「12年12月の韓国大統領選、50歳代の投票率82%」『日本経済新聞』(http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1505E_V10C13A2FF2000/

このように現段階ではネット選挙解禁は何を実現するかが見えにくい「理念なき解禁」であったといわざるをえない。その政治的背景については、拙著『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)で述べたが、インターネットメディアとの相性がよいとされる与党自民党が今回のネット選挙解禁を主導したことも少なからず影響している。やはり有権者からすると「違法状態」の解消以上に目を引くメリットは見えにくい。

しかし、あえていくつかのメリットを考えてみたい。まず第1に、今回の改正によって、インターネットメディアにかぎって、具体的な候補者名や政党名を入れた文書、動画の配信等が可能になるので、一般有権者の関心がもっとも政治に向く選挙運動期間に、従来のコンテンツよりも踏み込んだ内容のコンテンツを提供する事業者や組織、個人等が現れることは十分期待できる。いわば間接的なメリットだ。公職選挙法と、「不偏不党」を掲げる放送法により規制を受ける既存マスメディアは従来通り、放送時間の公平性に配慮した報道を行わなければならない状態が継続する一方で、政治や候補者に関する情報はインターネットを経由すると、より詳細なものが入手できるようになる。大手ポータルサイトや動画配信サイトなどで、このようなコンテンツを提供し始める可能性は高い(動画配信サイトなどは、放送法で定める放送事業者ではなく、またそのコンテンツは文書図画に該当する)。

第2に、少し長い視点に立ってみたい。今回の解禁で、国民、そして候補者の政治への関心が最も高まる選挙運動期間中の、インターネットメディアの利活用が、部分的にとはいえ、これまでよりは大幅な解禁となる。畢竟、これまで情報技術への関心が高かったとはいえない政治家らの理解と、関心が改善することが見込まれるといってよいだろう。日本の情報化に目を向けると、インターネットの普及率は高く(利用率の低い高齢者の人口ボリュームを加味するとなおさら)、インターネットの経済への貢献は少なくない。だが、大きく遅れをとっているのが政治、行政の分野である。電子政府、電子行政は最近でこそ話題になりはじめたものの、少なくとも一般有権者が意識できる、いわゆる窓口や納税等の場面への導入さえ一向に進んでいない。政治家や政党の情報技術の理解が進めば、これらの分野の改善が進むことが期待できる。実際、ネット選挙解禁を強く推進し、情報技術への感度が相対的に高い現政権は成長戦略への導入も図るなど積極的だ。

総じて2013年のネット選挙解禁は、先行した論点を具体化するに留まった「理念なき解禁」であったといわざるをえない。政党所属候補と無所属候補のあいだの公平性など深刻な問題も残っている。だが、これらの問題系の先には、情報技術を用いた民主主義の新たな可能性を模索する「デジタル・デモクラシー」、政府と民間の連携を通じた公共サービスの改善を目指す「オープンガバメント」、政府、地方政府保有情報の公開と利活用を促す「オープンデータ」など、ポジティブで豊かな可能性も広がっている。日本の選挙制度の根幹を支える公職選挙法はどのような価値観にもとづくべきなのか、既存メディアの利活用や従来型の選挙運動との整合性をどうするのか、これらの課題を検討しつつ、更なる情報と政治のあり方を展望することが求められている。