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金正恩政権がバイデン政権との対話に応じない4つの理由

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
バイデン大統領と金正恩総書記(バイデン大統領のHPと「労働新聞」から筆者加工)

 バイデン政権は政権発足時から北朝鮮に対話を呼び掛けているが、北朝鮮はひたすら無視している。

 北朝鮮が16日に核搭載用新型戦術誘導ミサイルの発射実験を行ったことについて聞かれた米国務省のプライス報道官はプリンケン国務長官やシャーマン国務副長官、そして訪韓中のソン・キム北朝鮮担当特別代表らが「外交の門は閉ざされていないことを北朝鮮にはっきりと伝えるように努力している」と語っていた。

 そのうえでプライス報道官は「しかし、北朝鮮はまだ応じていない。我々は北朝鮮に対して敵対的意図も持っていないし、前提条件を付けずに会う意向を何度も表明しているが、北朝鮮は我々の誘いに応じず、大陸間弾道ミサイルの発射など一連の挑発を行っている」と北朝鮮の対応を非難していた。

(参考資料:オバマ元大統領が「家康」でトランプ前大統領が「信長」ならばバイデン大統領は「秀吉」か!)

 バイデン政権はこれまで金正恩(キム・ジョンウン)政権に対して▲米国は北朝鮮に敵意を持っていない▲いつ、どこでも、誰とでも無条件で話し合う用意がある▲会えば北朝鮮が望むすべての問題を話し合う用意があるとのメッセージを北朝鮮に向け発信してきた。しかし、北朝鮮は「米国が『外交的関与』と『前提条件のない対話』を主張しているが、それはあくまでも国際社会を欺瞞し、自分らの敵対行為を覆い隠すためのベールにすぎず、歴代の米政権が追求してきた敵視政策の延長に過ぎない」(2021年9月29日の最高人民会議での金総書記の演説)と、米国への不信を露わにし、米国が敵対政策を継続していることを理由に対話のテーブルに着こうとしはしない。なぜか? その理由を4つ挙げてみる。

その1.敵視政策を撤回しないため

 北朝鮮はバイデン政権が発足した昨年、対米担当の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務第1次官が、「米国の対朝鮮敵視政策が撤回されない限り、いかなる朝米接触や対話も行わない」との立場を表明していた。金総書記も昨年9月29日に最高人民会議で行った演説で「米国が『外交的関与』と『前提条件のない対話』を主張しているが、それはあくまでも国際社会を欺瞞し、自分らの敵対行為を覆い隠すためのベールにすぎず、歴代の米政権が追求してきた敵視政策の延長にすぎない」と述べ、バイデン政権が敵視政策を先に撤回しない限り対話には応じない考えを明らかにしていた。

 北朝鮮が敵視政策の象徴としている対北経済制裁はオバマ政権下の8年間で19回、トランプ政権下の2年間で13回、そしてバイデン政権下ではすでに4回実施されている。また、最たる敵視政策とみなしている米韓合同軍事演習は米朝首脳会談が実現した2018年の夏の演習と2020年の春の演習が新型コロナウイルス感染の影響で中止されただけでそれ以外は規模と期間は短縮されても演習そのものは実施されてきた。今年も恒例の春の演習が4月12日から4月28日にかけて実施されている。

その2.核保有国であることを認めないため

 北朝鮮は核保有国であることを米国が認めないことも敵視政策の表れとみなしている。

 金総書記は昨年1月の第8回党大会での報告で「我が共和国は責任ある核保有国として侵略的敵対勢力(米国)が我々に向けて核を使わない限り、核兵器を乱用しない」と発言していたが、これは北朝鮮が事実上、核保有国として米国と対座することを宣言したに等しい。

 金総書記は一昨年10月に行われた軍事パレードでの演説では核を「戦争抑止力」と位置付け、「我々は誰かを相手に戦争抑止力を蓄えようとしているのではない。自らを守るために蓄えているのである」と発言し、昨年10月の国防発展展覧会での演説では「我々の主敵は戦争そのもので韓国や米国など特定した国ではない」と強調していた。最近も実妹の与正(ヨジョン)副部長が対韓向け談話(4月2日、4日)の中で再三「核保有国」という言葉を使っていた。

 北朝鮮はトランプ政権とのハノイでの2度目の米朝首脳会談が決裂してから非核化を前提とした交渉には一切応じないと宣言している。インドやパキスタンのように核保有国であることを米国が認めることを対話再開の条件としている。

その3.核もミサイルもまだ「未完」のため

 金総書記は国防発展展覧会での演説で戦争抑止力を質量ともに強化する必要性について言及していた。「誰も手出しできない無敵の軍事力を保有し、引き続き強化することが最重要政策であり、目標である」として「我々は後世のためにも強くなるべきである。何よりも強くなくてはならない」と強調していた。実際に3月24日の大陸間弾道ミサイル「火星17型」発射に立ち会った時は「今後、我が国防力を強化することにすべての力を最優先すべきである。これは我が党の決心である」と発言していた。

 北朝鮮は第8回党大会で「国防科学発展及び兵器システム開発5か年計画」を発表していた。▲核兵器の小型化と軽量化と戦術武器化の推進▲中大型核弾頭の生産▲1万5千km射程圏内の打撃命中率向上▲極超音速滑空先端部開発導入▲水中・地上固体エンジン大陸間弾道ミサイルの開発▲原子力潜水艦とSLBM戦略兵器の保有▲軍事偵察衛星の運用▲多弾頭ミサイルの開発▲射程500kmの無人機開発を2025年まで完成させると公言している。「米国を制圧し、屈服させる」としばしば公言している金総書記はこれら兵器を保有するまでは米国と対話する意思はないようだ。

(参考資料:北朝鮮は米国のレッドラインを越えるか?北朝鮮が保有する主なミサイル 短距離からICBMまで)

その4.トランプ前大統領のカムバックを期待しているため

 バイデン政権発足後から今日までの北朝鮮の対米言動を見ると、バイデン政権が譲歩、即ち、先に敵視政策を撤回しない限り、「バイデン相手にせず」との姿勢を貫くようだ。まして「国防科学発展及び兵器システム開発5か年計画」が達成するまでは対話に応じないとするならば、金総書記は「ポストバイデン」即ち、次の政権を睨んでいるのかもしれない。

 米大統領選挙は2024年で、米国の新政権は2025年に発足する。周知のように「金正恩と馬が合う」と公言しては憚らないトランプ前大統領は出馬に意欲を示している。金与正副部長はトランプ大統領とのハノイ会談が決裂しても「トランプ大統領に対する金正恩委員長同志の個人的な感情は疑う余地もなく強固で素晴らしい」(2020年7月10日の対米談話)と語っていた。

 トランプ前大統領を相手に首脳会談を行えば、北朝鮮の要求が通ると固く信じているならば、譲歩してまでバイデン政権を相手にすることはないのかもしれない。

(参考資料:表裏の「トランプ―金正恩親書」 「恋に落ちた」から一転「決別」へ)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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