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韓国の北京五輪外交ボイコットがあり得ない理由

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
「抗日戦勝70周年」式典に出席した朴槿恵大統領(青瓦台HPから)

 バイデン政権は来年2月に開催される北京冬季五輪に中国国内の人権問題を理由に「政府関係者を派遣しない」と、外交的ボイコットを早々と発表した。これに豪州、英国、カナダなど米国の同盟国が連鎖反応したことで外交的ボイコットの動きは自由主義陣営を中心に広がりつつあるようだ。

 アジアでは米国と同盟関係にある日本と韓国の動向が注目されているが、仮に日本を含め西側諸国がこぞってボイコットに同調したとしても韓国が右へ倣えすることはなさそうだ。

 何よりも韓国は五輪を巡っては中国に大きな借りがある。韓国が1988年に初めて五輪を開催した時、ソウル五輪に反対する北朝鮮は同盟国の中国をはじめ社会主義陣営にソウル五輪ボイコットを求めたが、中国は北朝鮮の要請を振り切り、選手団派遣を決定した。このことを韓国は恩に感じている。

 中国の参加表明により東欧社会主義諸国だけでなく第3世界の北朝鮮との単独修交国の多くが大挙参加したことで韓国はソウル五輪を成功させ、国際的地位を向上させることができた。それが1990年にソ連(現ロシア)、92年に中国との修交に繋がったことは触れるまでもない。

 また、3年前の2018年2月、江原道・平昌(ピョンチャン)で開催された韓国初の冬季五輪に中国は党序列7位の政治局常務委員を派遣しているので外交儀礼上、韓国もそれ相応の高官を送るのが筋と考えている。そのことは外交部の崔鍾建(チェ・ジョンゴン)第一次官が今朝、ラジオ番組に出演し「直前の冬季五輪の主催国としての役割を果たす」「平昌―東京―北京を繋ぐ東北アジアリレー五輪は相当な意味がある」と語っていることからも明かだ。

 米国が圧力を掛けようが、外交使節団の派遣は揺るがないと思われるが、韓国にとっての悩みは文在寅(ムン・ジェイン)大統領が開会式に直接出席すべきかどうかの一点にある。

 ソウル五輪から20年後の2008年に北京で開かれた夏季五輪の時は李明博(イ・ミョンパク)大統領(当時)が出席していた。ブッシュ大統領もプーチン首相(当時)も出席した開幕式には北朝鮮からは金正日(キム・ジョンイル)総書記ではなく、No.2の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長が姿を現していた。

 直前に起きた「金剛山韓国人観光客射殺事件」で冷却化した南北関係打開の糸口を模索していた李大統領は金正日総書記との対面は実現しなかったが、胡錦涛主席(当時)が主催した人民大会堂での宴席では金委員長と同じテーブルに座り、着席する前に笑顔で握手を交わすことができた。

 退任(来年5月)前に4度目の南北首脳会談を夢見る文大統領が北京五輪の開幕式に仮に金正恩(キム・ジョンウン)総書記が出席するならば絶好の機会とみて、自ら北京に乗り込むことであろう。

 文大統領にとって一つの参考事例となっているのが、2015年9月の朴槿恵(パク・クネ)大統領(当時)の「抗日戦勝70周年」式典への出席である。

 この式典に米国のオバマ政権は公式代表団を派遣せず、中国駐在の米大使館員を代理出席させた。米国だけでなくG7(先進国首脳会議)を含む多くの西側諸国の首脳は参加しなかった。

 また、インドは外相ではなく、次官級が、豪州は在郷軍人会会長が出席していた。中国とは経済的繋がりが強いタイ、マレーシア、シンガポールですら首脳級の代表を派遣しなかった。日本からは村山富市元総理が個人の資格で訪中したものの体調不良のため現地で入院し、式典に参加しなかった。

 李明博前大統領同様に親米・保守系大統領である朴大統領は日本を含め西側陣営が揃ってボイコットしたこの式典に中国では皇帝の色でもある黄色のジャケットを着て天安門に現れた。

 習近平主席は西側首脳として唯一出席した朴大統領を熱烈歓迎し、厚遇した。ひな壇の並び位置は習主席を真ん中に右隣がプーチン大統領で、左隣が朴大統領だった。朴大統領は天安門で行われた軍事パレード(閲兵式)もパスせず、参観したのである。

 日米の反発をよそに最大規模の経済使節団(経済人156人)を引き連れ訪中した朴大統領は中国との蜜月ぶりを内外に誇示した。国内では経済協力だけでなく、戦略的パートナシップの関係をより強固にすることができたとして、与党だけでなく政治的に対立していた野党からも歓迎され、下降していた支持率も上昇させることができた。

 文大統領も「柳の下に二匹目のドジョウ」を狙っているのかもしれないが、今回は野党「国民の力」が大統領選挙絡みで文大統領のやることなすこと反対しているので自らの出席はそう簡単には決断できないであろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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