英国のグラスターで開催される「COP26(国連気候変動枠組み条約第26締約国会議)」首脳会議出席のため訪欧中の文在寅(ムン・ジェイン)大統領はバチカン(ローマ法王庁)でローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇と会談し、「教皇が訪朝して下されば朝鮮半島平和のモメンタム(勢い)となる」と述べ、北朝鮮訪問を再度要請していた。文大統領がローマ法王に訪朝を要請するのは実はこれが2度目である。

 文大統領は3年前の2018年10月(17―18日)にバチカンを公式訪問した際にも「金正恩(キム・ジョンウン)総書記はフランシスコ教皇が平壌を訪問するならば熱烈に歓迎すると言っていた。是非、訪朝してもらいたい」と訪朝を懇願していた。フランシスコ教皇は2014年8月の訪韓を含めこれまで3度韓国を訪問しているが、北朝鮮訪問は一度もない。

 フランシスコ教皇は北朝鮮が受け入れるならば、訪韓の際に38度線を越えて訪朝する意向を表明していたが、先代の金正日(キム・ジョンイル)総書記はローマ法王にほとんど関心を示すことはなかった。フランシスコ教皇は前回同様に今回も「公式の招待状が来れば、平和実現のため必ず行く」と応じていたが、肝心の北朝鮮はこの件では沈黙を守ったままである。

 膠着状態にある朝鮮半島情勢を動かすテコが欲しい文大統領のスタンドプレーなのか、それとも2018年9月に平壌で行われた首脳会談の場で文大統領に訪朝斡旋を依頼したものの翌年にハノイで行われたトランプ前大統領との米朝首脳会談(2019年2月)が決裂し、朝鮮半島の平和も米朝国交も遠のいたため気が変わってしまったのか、あるいは新型コロナウイルスの大流行で国境を封鎖したため呼ぶに呼べなかったのか、金総書記から招待状が届かない理由は不明である。

 宗教には無縁どころか、オーストラリアの宣教師が朝鮮語で書かれた宗教本を所持していた「罪」で2014年に身柄を拘束されるなど国際社会では「宗教弾圧国」の烙印が押されている北朝鮮がローマ法王を呼ぶことはあり得ないというのが一般的な見方だが、そうした「一般常識」や「定説」を覆してきたのもまた北朝鮮である。

 北朝鮮と宗教との関係について言えば、建国の父・金日成(キム・イルソン)主席は母親(康盤石=カン・バンソク)がキリスト教徒で、国家副主席を務めた金主席の外祖父・康良煜(カン・リャンウ)氏もキリスト教長老会の牧師であった。康良煜氏の息子の康永燮(カン・ヨンソプ)氏は2012年に亡くなるまで朝鮮基督教連盟中央委員会委員長の座にあり、世界教会協議会(WCC)の国際会議にも何度か出席していた。こうしたことから金日成時代には世界的に知られている宗教人を招き入れていた。

    ●世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教祖も訪朝

 例えば、1991年11月30日から12月7日まで訪朝した世界基督教統一神霊協会(略称:統一教会)の創始者である文鮮明教祖のケースがある。

 「勝共連合」という政治団体を結成するなど徹底した反共主義者として知られていた文教祖の訪朝には対南担当の祖国平和統一委員会や海外同胞援護委員会、党国際局など関係部署がこぞって猛反対していたが、金主席の「鶴の一声」で実現していた。

 金主席は後に「(祖国)解放以来、私は民族大団結を口にしてきたが、これは単なるスローガンではない」と述べ、連邦制による祖国統一実現のためには「反共主義者とも手を握る必要がある」と受け入れた理由について語っていた。信じられないことに、この日から北朝鮮では文氏のイメージはそれまでの「反共の悪魔」から「統一の使者」に一変していた。

    ●米国のキリスト教福音伝道師であるグラハム牧師も訪朝

 最も著名な米国のキリスト教(南部バプテスト教会)福音伝道師として知られていたビリー・グラハム牧師(2018年2月に100歳で死去)も朝鮮基督教連盟の招請で1992年(4月)、94年(1月)と2度訪朝していた。

 グラハム牧師は2度目の訪朝の際にはクリントン大統領(当時)の口頭によるメッセージを伝達し、また金主席からクリントン大統領宛の返書を託されていた。

 グラハム牧師は平壌に到着した際に発表した声明で訪朝目的が▲北朝鮮宗教人との交流を図り、教会で説教すること▲米朝両国の平和と友好に尽くすことにある点を明かしていたが、実際に核問題で緊張する米朝関係の仲裁役を担っていた。

 金主席の返書は帰国後ホワイトハウスに伝達されたが、メッセージには核問題での打開策が提示されていた。米朝一触即発の状況を回避するためクリントン大統領の特使としてカータ―元大統領が訪朝したのはそれから約4か月後(6月15日)のことであった。

         ●世界教会協議会使節団も2度訪朝

 次の金正日(キム・ジョンイル)政権下でも世界教会協議会の使節団を1997年と1999年に受け入れていた。

 2度目の時は協議会トップのコンラード・ライザー総幹事(当時)が訪朝し、金永南(キム•ヨンナム)最高人民会議常任委員長(当時)と会談し、帰途ソウルに立ち寄り、金大中(キム・デジュン)大統領に訪朝報告を行うなど南北関係改善に助力していた。金大中大統領の訪朝による史上初の南北首脳会談が実現したのはこの訪朝から1年後の2000年6月のことであった。

 また、2004年には平壌にロシア正教会が建てられている。

 大同江付近に建てられた正教会の規模は300平方メートル。二つのドームを備えたコンクリートの建物で、鐘塔には12個の鐘が設置されている。当時、正教会側と北朝鮮人民宗教連盟はロシア側から2人を金日成大学に、北朝鮮側からは4人の学生をモスクワに交換留学生として送っていたが、北朝鮮留学生らは帰国して、ロシア正教会で奉仕している。

 「朝鮮民主主義人民共和国」という正式国名に「民主主義」とある限り、北朝鮮でも建前上「信仰の自由」は認められている。事実、北朝鮮の憲法第68条には「公民は信仰の自由を有する」と定められている。

 国内には朝鮮基督教連盟の他に仏教連盟といった型どおりの宗教団体もある。教会や寺院などの宗教施設もあり、牧師も僧侶も存在する。活動実績はないものの天道教青友党という名の政党もある。天道教を信じる農民らによって1946年2月に組織された政党で、労働党の「友党」扱いとなっている。

 ローマ法王が訪朝すれば、宗教活動の自由を含め北朝鮮の人権問題を提起するのは必至とみられているが、北朝鮮がそれだけのリスクを覚悟のうえで招請するとは俄かに信じがたい。しかし、「鬼畜米帝」の頭目とみなし、罵倒していたトランプ前大統領に平壌訪問を要請していた事例からして全くあり得ない話ではなさそうだ。