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「金与正談話」までの空白の7時間 文大統領の「終戦宣言」提案に北朝鮮が豹変した謎

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
金与正党副部長(労働新聞から)

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が国連総会の演説(22日)で呼び掛けた朝鮮戦争終結宣言への北朝鮮の対応が僅か7時間で一転したことが韓国では関心を呼んでいる。

 北朝鮮が李泰成(イ・テソン)外務次官の談話を通じて文大統領の提案を「米国の対朝鮮敵視政策が残っている限り、終戦宣言は虚像にすぎない。(我々は)今は終戦を宣言する時ではない」と拒否したと、韓国で伝えられたのが9月24日早朝6時6分である。

(参考資料:一瞬にして泡と消えた文大統領の「終戦宣言」提案 北朝鮮の狙いは?)

 ところが、7時間後の午後1時4分に金正恩(キム・ジョンウン)総書記の実妹である金与正(キム・ヨジョン)党副部長が「終戦宣言は興味のある提案であり、良い発想である」との「歓迎談話」を出したことが伝えられた。金副部長は談話の中で韓国が敵対的な態度を改めるならば「互いに対座して意義のある終戦も宣言することができ、北南関係、朝鮮半島の前途問題についても相談することができる」と南北対話にも前向きな姿勢を示した。

 驚いたことに金副部長はさらに翌25日にも談話を発表し、韓国が「二重基準と対朝鮮敵視政策、あらゆる偏見と信頼を破壊する敵対的言動を慎むならば南北共同連絡事務所の再設置や南北首脳会談についても建設的な論議ができる」と「逆提案」を行っていた。明らかに24日の談話よりも踏み込んだ内容となっていた。

 金副部長が談話を連続で出すのは極めて珍しいことである。格下の外務次官の発言をフォローする形で出したのも異例のことであった。これまでは金副部長が談話を発表したのを受け、担当部署の責任者が支持の談話を出すのが通例だった。

 例えば、昨年6月4日に金副部長が韓国の脱北団体によるビラ巻きを批判する談話を発表した時には4日後に統一戦線部が、また今年8月10日に米韓合同軍事演習を批判する談話を発表した時も翌11日に金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長が金与正談話を支持する談話を出していた。

 金副部長が異例ずくめの談話を出した理由は定かではないが、考えられる理由として以下、4つ挙げてみる。

 その1.文大統領の国連演説を再検証したからである。

 李外務次官の談話が発表されるのとほぼ同時に文大統領が訪米の帰途、機内で行った記者懇談会の内容が北朝鮮にも伝わっていた。

 文大統領が終戦宣言を非核化とは切り離して考えていることや平和交渉への政治宣言とみなしていることなど国連演説では触れていなかった点などが明らかとなり、北朝鮮が再評価し、軌道修正を図ったのではないだろうか。

 また、与正氏が「談話が発表された以降の南朝鮮政治圏の動きを注意深く見た」と言っているところをみると、北朝鮮が文大統領の提案を拒否したにもかかわらず韓国統一部が民間団体による対北支援事業に100億ウォンの支援を発表したことも無関係ではなさそうだ。

 その2.SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)発射の準備ができたからである。

金副部長は談話の中で米韓は「自分らの軍備増強活動は『対北抑止力の確保』に美化する軍事的脅威に対応するため正当化し、我々の自衛権次元の行動は全て威嚇的な『挑発』であると罵倒している」と再三にわたって米韓による「二重基準」を問題にしていた。

 李次官もまた「米国式二重基準は対朝鮮敵視政策の所産である」と米韓を批判していたが、北朝鮮が「二重基準」を敵視政策の象徴として捉えているならば終戦宣言の、あるいは南北対話、米朝対話の前提条件として韓国による潜水艦発射弾道ミサイル同様に北朝鮮による弾道ミサイルの発射を容認するよう迫っていると言えなくもない。裏を返すと、北朝鮮の潜水艦弾道ミサイルの発射が切迫している表れかもしれない。来月10日は朝鮮労働党創建日である。

 その3.米韓安保協議を牽制するためである。

 米韓国防当局は今日(27日)からソウルで米韓統合国防協議会(KIDD)の会議を開く。会議では朝鮮半島の安保情勢を評価し、北朝鮮の非核化に向けた協力関係を話し合うことになっている。

 協議会では当然、北朝鮮の新型巡航ミサイルの発射や列車からの弾道誘導ミサイルの発射なども取り上げられるが、金与正副部長は対話再開をちらつかせる談話を発表することで韓国政府に対して北朝鮮を刺激しないよう事前に釘を刺す必要があった。

 その4.28日開催の最高人民会議に焦点を当てるためである。

 北朝鮮は明日(28日)から平壌で国会に相当する最高人民会議を開催する。

 全国の市・郡発展法、青年教養保障法の採択、人民経済計画法改正に関する問題、組織(人事)問題などが議題となるが、金与正副部長が韓国に向け立て続けに談話を出したことで韓国では最高人民会議が俄然注目されている。

 金副部長は南北連絡事務所の再設置や南北首脳会談に言及した2度目の談話で「これはあくまでも個人的な見解である」と断っていたことから最高人民会議と言う公的な場から韓国もしくは米国に向けメッセージが発信されるのではとの見方が韓国の一部には出ている。

(参考資料:「駐韓米軍は統一後も必要」――知られざる驚くべき「金正日秘話」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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