南北が首脳同士の親書交換により昨年6月9日以来、途絶えていた南北連絡通信網の復元で電撃合意したことは韓国国内だけでなく「文在寅は北朝鮮にも相手にされていない」と文政権の対北政策に冷ややかだった日本でも半ば驚きを持って受け止められている。「急転直下」とはまさにこのことを指す。

 今回の合意について韓国政府が正式発表を前に「11時に重大発表がある」と予告したことも珍しければ、南北による同時発表もまた、異例である。同時発表にしたのは親書交換が韓国紙「中央日報」(7月1日付)に漏れたことに北朝鮮が不快感を示していたからではないだろうか。

 南北の発表を総合すると、合意は以下の4点に集約される。

1.7月27日午前10時から全ての南北通信連絡線を再稼働する。

2.合意は文在寅大統領と金正恩国務委員長の合意による。

3.両首脳間では最近数回にわたって親書の交換が行われ、通信連絡通線を復元することで相互信頼を回復し、和解に向けて大きな一歩を歩むことにした。

4.南北の同胞は挫折と沈滞状態にある南北関係の一日も早い回復を切に望んでおり、通信連絡線の復元は南北関係の改善と発展に肯定的に作用する。

 南北軍事境界線上の東西の地区にそれぞれ光ケーブルと直接電話、ファクスの通信ライン(3回線)がある。西地区は2002年9月24日に、東地区は2003年に設置されている。南北は首脳会談を含む人的、物的交流から軍事紛争まですべてこの通信網を通じて連絡を取り合ってきた。

 南北を繋ぐ唯一の動脈線である通信連絡線が切断されたのは韓国内の脱北団体が「最高尊厳」と崇められている金総書記を標的にした非難ビラを風船で北に向け散布したことに実妹の金与正副部長が激怒し、対韓部署の統一戦線部に遮断を指示したことによる。通信網は昨年6月9日に遮断され、不通となっていた。

 世界を驚かせた南北融和の象徴・共同連絡事務所が爆破されたのはそれから1週間後の16日で、その際に北朝鮮は「(韓国を)もう二度と相手にしない」と、いわゆる「絶交」を宣言していた。従って、通信連絡線が再開されれば、実に413日ぶりとなる。

 様々な情報を総合すると、南北首脳間では昨年9月に1度親書交換があった。文大統領が8日に「コロナ」や台風被害のお見舞いの親書を送り、それに対して4日後の12日に金総書記が「ひどい今年のこの時間が早く流れ、良いことが順番にやってくる。そんな日々が一日も早く近づいてくることを心待ちにしております」と返書していた。どのようなルートを使ったのかは不明だが、意思疎通の伝達手段はあったようだ。

(参考資料:日韓首脳会談を前に支持率急下降の菅総理に対して急上昇の文大統領)

 それが復活し、南北にとって節目の日にあたる第1回南北首脳会談3周年(4月27日)や文在寅大統領就任4周年(5月10日)、金正恩国務委員長推戴5周年(6月29日)に際して親書の交換があったようだ。また、韓国当局も認めているようにバイデン大統領との首脳会談(5月21日)後にも親書のやりとりがあったものとみられる。南北連絡通信線の復元で合意した親書交換は先週行われ、最終的に7月16~17日に決まったものとみられる。

 金総書記は6月17日の党中央委員会総会で「朝鮮半島情勢を安定的に管理することに注力しなければならない」と述べた上で「対話と対決のいずれの準備もしなければならない」と「対話」の必要性に言及したのは親書交換によるところが大きい。

 今回の合意が衝撃的なのは北朝鮮のそれまでの言動からして文政権下での関係修復は困難とみられていたからだ。それもそのはずで、金与正副部長は今年3月15日に米韓合同軍事演習を非難する談話を発表した際に「南朝鮮当局は自らも願わない『レッドライン』を越える間抜けな選択をしたということを感じるべきだ。戦争演習と対話、敵対と協力は、絶対に両立しない」と文大統領をまるで小馬鹿にするような発言をし、5月2日にも脱北団体が北朝鮮に向け再びビラを散布したことについてこれを止めず、放置した韓国政府に対して「我が国家に対する深刻な挑発と見なして、それ相応の行動を検討してみるであろう。我々がどんな決心をし、行動を取ってもそれによる悪結果に対する全責任は汚いくずの連中に対する統制を正しくしなかった南朝鮮当局が負うことになるであろう」と「報復措置」を示唆していたからだ。

 それが、一転掌を返し、何事もなかったかのように文政権との対話再開に乗り出したのは金総書記の「決断」以外の何物でもない。北朝鮮は党機関紙(労働新聞)が、国営通信(朝鮮中央通信)が、あるいは外務省であれ、金与正氏であれ、何を言っても金正恩氏の一言でひっくり返るお国柄である。

 金総書記が変心したのか、前々から策略 していたのか、「当人のみぞ知る」だが、金総書記の狙いは以下4点にある。

 第一に、来月に予定されている米韓合同軍事演習を中止させることにある

 金総書記は今年の新年辞で「南朝鮮当局の態度次第でいつでも近い内に南北関係が再び3年前の春のように全同胞の念願通り、平和と繁栄の新たな出発点に立つことができる」と述べ、「先端軍事装備搬入と米国との合同軍事演習を中止しなければならない」と釘を刺していた。米韓合同軍事演習の中止こそが今回の合意で強調されている相互信頼の一歩と北朝鮮が重要視していることは言うまでもない。

 第二に、北朝鮮の逼迫している食糧問題の解決手段として韓国から食糧支援を取り付けることにある。

 金総書記は先月末の労働党政治局会議で最高指導者として初めて公の場で食糧事情が芳しくないことを認めた。国連食糧農業機構と世界食糧計画、国連児童基金、世界保健機関が共同で発刊した「世界食糧安保と栄養水準2021年報告書」によると、北朝鮮の栄養不足人口は1090万人で、全人口の42.4%にあたる。

 今年も食糧は約85万トン不足しており、来月から米蔵は底をつくとも言われている。近々中国から支援米が届くが、それだけでは足りない。韓国からの支援は不可欠である。

 逼迫した食糧問題の解決のため韓国から食糧と、「コロナ」の早期収束のため医療支援を取り付けるだけでなく、今月5日付の「労働新聞」と党機関雑誌「勤労者」の共同論評で「これから交流と協力があってもどこまでも自力を忘れないよう」呼び掛けていたことからも窺えるように中断状態にある金剛山観光の再開も念頭にあるようだ。北朝鮮はその見返りとして9月20~22日の秋冬(チュソク)に南北離散家族の非対面(オンラインによる)再会提案を受け入れるようだ。

 第三に、北京冬季五輪を支援することにある。

 北朝鮮は「コロナ」を理由に東京五輪を欠場した。南北関係が悪化していなければ、南北選手団が統一旗の下、合同入場し、卓球など4種目で統一チームをつくって出場することになっていた。その勢いで2032年の夏季五輪を2018年9月に文大統領が訪朝し、署名した「平壌宣言」に則って南北で共同開催することをIOCに正式提案することになっていたが、それが北朝鮮の不参加で全てご破算になってしまった。

 金総書記は韓国にそうした借りを返すことも含めて北京冬季五輪には南北統一チームで参加する意向を持っているようだ。最低でも2018年の平昌五輪同様にアイスホッケーなど一部の競技では統一チームで臨む考えのようだ。その際には2008年の北京夏季五輪で流れた南北合同応援団も検討されている。

 合同応援団は故人となった盧武鉉大統領と金正日総書記による2007年10月の南北首脳会談で決まったことだが、実現するとなると、2007年末に開通した京義線(ソウル~新義州)を使って、ソウル~平壌~新義州~丹東を経て北京入りすることになる。

 初の南北首脳会談(金大中大統領―金正日総書記)が行われた2000年のシドニー五輪は初めて南北統一旗を先頭に南北選手が合同で入場し、世界中の脚光を浴びたが、南北縦断鉄道による南北合同応援団の北京入りもこれまた世界中から注目されるかもしれない。北京五輪を盛り上げるうえでは中国も国際オリンピック委員会(IOC)も大歓迎である。

(参考資料:「2032年夏季五輪のソウル―平壌誘致」が実現不可能な4つの理由)

 最後に、来年の大統領選挙で与党候補者を支援することにある。

 南北融和は与党候補に追い風になり、北朝鮮に対峙的な野党候補には逆風になる。逆に北朝鮮が軍事的な挑発をすれば、安保意識が高まり北朝鮮寄りの与党候補には不利に作用する。

 韓国では大統領選挙の時には必ず「北風が吹く」と言われている。大統領選挙直前に起きた大韓航空機爆破事件(1987年11月)に象徴されるように「北風」は保守政権の時代は保守候補に利していたが、文政権下の2018年6月13日に行われた地方自治選挙では4月、5月と2度の南北首脳会談と6月12日の史上初の米朝首脳会談によって文政権の与党が圧勝している。

 今回の合意を李洛淵元総理、丁世均前総理、それに李在明京畿道知事ら与党大統領候補らがこぞって熱烈歓迎しているのに対して野党陣営の尹錫悦前検察総長や崔在亨前監査院長、それに元喜龍済州道知事らが「南北問題を国内政治に利用すべきでない」と警戒感を露わにしていることがそのことを物語っている。

 どちらにしても、南北対話が復活すれば、4度目の南北首脳会談も当然、日程に上がることになるだろう。

(参考資料:マル秘資料「金正恩Xファイル」)