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有名無実化した国連人権決議 金正恩委員長をICJで裁けない理由!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
国連総会(提供:United Nations/ロイター/アフロ)

 人権問題を担当する国連総会第3委員会は昨日(18日)、北朝鮮の人権侵害を非難する決議案を採択した。決議案は12月の国連総会本会議に上程されるが、採択されれば、2005年から16年連続となる。

 国連の場で北朝鮮人権決議案が初めて採択されたのは2005年。この時は票決が行われたが、賛成86に対して反対21、棄権も60か国もあった。しかし、2012年からは票決されることなく、ほぼ議場の総意(コンセンサス方式)で採択されている。

 今年の決議案は北朝鮮の人権侵害状況については例年同様に宗教・表現・集会の自由の制約や政治犯の強制収容所のほかに拉致問題などが取り上げられていたが、今年の決議案は「組織的かつ広範囲な人権侵害を最も強い言葉で糾弾する」と書かれてあった。

 しかし、勧告の強弱に関係なく、北朝鮮は2005年、朴吉淵駐国連大使(当時)が「全く意に介さない。無視する」と公言して以来、今日まで一度たりとも勧告に応じたことがない。右から左に聞き流し、無視したままである。従って、国連決議は有名無実化、形骸化しているのが実情である。それもその筈で、決議には何の法的拘束力もないからだ。

 それと言うのも、この年(2005年)の国連総会ではこれに先立って、日本政府が提出していた核軍縮を訴える決議案が賛成168、反対2、棄権7か国の圧倒的多数で採決されていたが、反対した2か国のうち1か国が米国だった。日本が主導したこの決議案は1994年以来連続して成立しているのに米国は一貫して無視し続けている。まさに、米国が北朝鮮の「悪いお手本」となってしまっている。

 今年も決議案では「最も責任ある者に対する追加制裁の考慮」など適切な措置を取ることが勧告されているが、「最も責任ある者」とは他ならぬ金正恩委員長を指していることは言うまでもない。ICJ(国際刑事裁判所)への付託及び責任者の処罰勧告も賛成116、反対20、棄権53か国の圧倒的な差で採択された2014年から7年連続である。しかし、これも今もって実行に移されていない。中ロの拒否権により安保理で正式な議題として取り上げられることはなかった。

 仮に安保理が容認し、ICJが法廷で裁くため金委員長を国際的に指名手配すれば、金委員長は外遊ができなくなる。外遊先で身柄を拘束される恐れがあるからだ。そうなれば、訪中も、訪ロも、訪米もできなくなる。

 核とミサイル関連の国連安保理決議でも制裁対象者が「北朝鮮の核関連、弾道ミサイル関連及びその他の大量破壊兵器関連の計画に関係のある北朝鮮の政策に責任を有している者」と定められているにもかかわらず、今なお、最高責任者の金委員長が制裁対象リストから外されているのはそうした特殊事情を勘案してのことだ。

 実際問題として、首脳会談による南北関係改善を目指す韓国も、懸案の拉致問題を「金委員長との無条件による会談」での解決を目指す日本も北朝鮮のトップを制裁対象とすることまでは望んでないようだ。犯罪者扱いとなれば、首脳会談もできない。小泉政権の時に拉致被害者家族会で故金正日総書記をICJに提訴する声が上がったが、当時小泉首相は「拉致問題は日朝交渉で解決する」として取り上げなかった。拉致問題はトップ会談でしか進展しないと思っていたからに他ならない。

 米国は2016年7月に「北朝鮮国民は超法規的な処刑や強制労働、拷問など耐え難い残虐行為や苦難を強いられ続けている」として金委員長を、2017年1月には妹の与正党第一副部長を人権制裁の対象に指定したが、制裁の対象は二人の米国内の資産凍結と、商取引の停止だけであって、接触そのものは禁じてなかった。だからこそ、米朝首脳会談が可能だった。

 そもそもICJで金委員長を裁くことは可能なのだろうか?

 ICJは北朝鮮が加盟国でないため「北朝鮮最高指導者に関する管轄権を持っていない」という立場だ。確か、2016年に北朝鮮の人権団体「NKウォッチ」ノアン・ミョンチョル代表と「韓半島の人権と統一のための弁護士の集い」のキム・テフン代表が共同で金委員長を韓国人扱いにしてICJに提訴したことがあった。二人は韓国憲法第3条と1992年の南北基本合意書に基づき金委員長はICJが管轄する「大韓民国」の国民であるとの論を前面に押し出していた。韓国憲法3条は「大韓民国の領土は韓半島とその付属諸島とする」と規定されている。

 しかし、昨年12月5日に発表された「2019年予備調査活動」と題するICJの報告書によると、ICJ検察局は「国際裁判所は特定国家(韓国)が国内法に基づき付与された国籍を自動的に追認するものではない」として、また「北朝鮮の国民が韓国籍を取得するには公式的手続きを踏まなくてはならない。(金委員長は)韓国政府により韓国民として扱われてもおらず、国民としての権利も行使していない」として、二人の要求を退けていた。

 国際社会にとっては人権問題よりも核・ミサイルの問題のほうが重要、大事ということのようだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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