韓国発の「北朝鮮フェイクニュース」はいかに生産され、流れるのか

20日ぶりに公の場に現れた金正恩委員長。右手にはタバコが(朝鮮中央TVから)

 北朝鮮関連ニュースは脱北者及び脱北者団体や脱北者らが運営するメディアや北朝鮮に対する心理作戦を担っているCIA系の「自由アジア放送」(ARF)、それに北朝鮮と敵対している「朝鮮日報」など保守系メディアが圧倒的に多い。

 北朝鮮が閉鎖国家であることから正確な情報を取るのは容易でない。従って、「~かもしれない」あるいは「~とみられる」との推測、予測記事が多いのは致したかない。これ自体、何の問題もない。

 しかし、これらメディアは「可能性はある」「そうあっても不思議ではない」「所詮、誰にもわからない」さらには「誰からも訴えられることもない」と書き放題だ。公正、客観、中立、不偏というモットなどの報道倫理は存在しない。仮に脱北者がヒューミントを通じて得た情報も検証もせずにそのまま垂れ流しする。裏が取れないことを言いことに北朝鮮については何を書いても許される。

(参考資料:金正恩政権下の韓国発北朝鮮関連「10大誤報」

 それもこれもニーズがあるからだ。メディアが欲しがる「高級情報」は特に値が付く。ビジネス化しているのである。従って、極端な話、仮にそれが真実でなくても構わない。間違ったからと言って、北朝鮮から名誉起訴で訴えられる恐れもなければ、訂正、謝罪を出す必要もない。その結果、未確認情報、誇張記事、憶測報道、時には創作文が乱舞する。その幾つかの例を挙げてみる。

 その1.存在しなかった「後継者金正哲」のポスター

 韓国メディアの誤報は「後継者報道」でも顕著だった。

 金正日総書記の後継者は三男の正恩氏である。後継者として2010年9月に正式にお披露目された。しかし、それまで韓国のメディアには「労働党の組織指導部の事務室に(次男の)金正哲同志の事業体制を確立しようとのポスターが貼られた」(中央日報2005年7月19日)「金正哲の写真が労働党の高級幹部の執務室に飾られるようになった」(朝鮮日報2006年1月17日)と報じられていた。

 「中央日報」の情報源は韓国の北朝鮮問題専門家で、「朝鮮日報」のそれは「北朝鮮で高い地位にいた脱北者」で「労働党の高級幹部の執務室に金日成主席・金正日氏・金正哲氏の『3大将軍』の写真が飾られるようになったとの確かな情報がある」と同紙に語っていた。「確か」どころか、「真っ赤な」嘘だった。

 その2.「延亨黙の暗殺説」も虚偽

 北朝鮮情報の信憑性は即座には確かめようがない。その後の推移を判断したうえで検証するほかない。例えば、「自由アジア放送」(ARF)が伝えた「延亨黙の暗殺説」(2010年12月29日)もその一例だ。

 当時、「ARF」は咸鏡北道会寧市の幹部消息筋の話として「北朝鮮幹部の中で2005年10月に死去した延亨黙・前慈江道党責任書記は『暗殺された』との噂が拡散されている」と報道していた。根拠は、金正日総書記が2010年12月3日に会寧市の食料工場を視察した際に随行者の道責任書記が延亨黙氏の名前を挙げ「我々も延亨黙同志に見習います」と言った途端「突然激怒し、不機嫌になった」からだというのだ。

 金総書記が咸鏡北道の会寧市の食料工場を視察したことは朝鮮中央通信が報道していた。秘密でもなんでもなかった。問題は、視察した際に金総書記が延亨黙氏の件で本当に激怒したかどうかだ。この話が事実ならば、外部にこの情報をもたらしたネタ元の咸鏡北道会寧市の幹部消息筋こそが「スパイ罪」で真っ先に銃殺されていなければならないことになる。

 総理も経験した延亨黙氏は金総書記の無二の親友として知られていた。信任は極めて厚く、だからこそ晩年最高権力機関の国防副委員長にも抜擢された。不治の病(癌)で死去した際には、金総書記自らが弔問に訪れ、さらに国葬まで執り行われていた。仮に金総書記に逆らっていたならば、弔問も国葬も絶対にあり得ない話だ。

 この種の報道は限りなく、脱北団体の「NK知識人連帯」は2014年10月30日、ソウルのプレスセンターで記者会見を開き「北朝鮮現地通信からの情報」として、労働党組織指導部の金敬玉第一副部長が「平壌市内のアパートで護衛局将校らに逮捕され、数日後に処刑された」と発表したが、「処刑された」筈の金敬玉氏は2016年に党軍事委員に選出され、今も健在である。この情報もまた、嘘だった。

 その3.日本が顧客の「脱北者ビジネス」

 日本の民放が2004年10月 スクープとして「北朝鮮から脱北した人物から提供された写真と、42年前に千葉県で失踪した17歳の女性の写真を取材した結果、この2人が同一人物である可能性が高いことがわかった」と報道したことがあった。「17歳の女性」とは1962年に失踪した加瀬テル子さんのことだ。

 

 写真を提供した脱北者は「この写真の人は日本人女性で北朝鮮に拉致されてきたと聞いている。今は日本人の拉致被害者と北朝鮮で家庭を持っている」と自信満々に語っていた。ところが、9年後に拉致された可能性がある行方不明者を担当する拉致対策本部の特別指導班が写真の女性を突き止め、面会した結果、加瀬さんでも、日本人でもないことが確認された。後に、誤認であることがわかったテレビ局は訂正せざるを得なかった。当時、日本では拉致問題が国民的関心事になっていたことからこれに目を付け、多くの脱北者がその種の情報を売り込んできたのは取材者ならば誰もが知る事実である。

 その4.韓国発情報が日米で「洗浄」

 韓国発の記事が海外に流れ洗浄され、それがまた韓国に逆輸入するという構図がある。

 金正恩体制となった2012年2月、韓国の保守系メディアはこぞって「昨年10月に北部の安寧にある金正淑(金正日の実母)の銅像が破損しているのが見つかった」「昨年4月には平壌の朝鮮労働党創建記念塔も壊されていた」「9月には大学や主な市場で金正恩世襲に反対する落書きがみつかった」との「情報」を伝えた。どれも反体制グループの存在もしくは民衆の不満を彷彿させる内容だった。

 ネタ元は情報機関「国家情報院」で、李明博保守政権下の与党(セヌリ党)議員に流し、これを韓国の保守系メディアが伝え、翌日には日本の大手紙に「体制批判?銅像破損や落書き」との見出しのソウル発の記事が載り、それをまた韓国のメディアが受け、「日本の有力紙が伝えた」と報じ、信憑性を持たせた。マネーロンダリングに似た言わば、インフォメーション・ロンダリングである。

 今回の「金正恩重篤説」も▲新型コロナウイルスが北朝鮮にも蔓延している可能性がある▲肥満で心臓に疾患がある金正恩委員長が感染を恐れて、避難している可能性がある▲4月15日の恒例の宮殿参拝に出て来なかったの「3つの要素」が重なって「健康不安」が取り沙汰され始め、そこへ韓国の北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNK」が絶妙なタイミングで「金正恩が心血管疾患の手術を受けた」(4月20日)と報じ、これを真に受けた米CNNが翌日、正体不明の「米政府筋の話」として「金正恩氏が手術を受け、手術後に合併症が発症し、危機状態にある」と補足して伝えたことから「重篤説」が世界中に伝播されることになった。仮にCNNが伝えなかったら、ここまで大騒ぎになることはなかっただろう。

(参考資料:「金正恩重篤説」を否定する韓国政府の5つの「根拠」

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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