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軍閥の台頭を警戒する金正恩委員長 8年で8人目の人民武力相人事!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

 韓国の国防部長官にあたる人民武力相に金正寛次官が任命されていたことが朝鮮中央通信の昨日(22日)の報道で判明した。

 年末に開催された朝鮮労働党中央委員会総会で政治局候補委員に選出されていたこと、また、中将から2階級上の大将の階級章を付けた写真が公開されていたことから予想されていたことだ。

 金正寛氏の存在が明らかにされたのは、2017年5月13日に金正恩委員長が人民武力省の建設関連施設を視察した際に「人民武力部次官である陸軍中将」として紹介されてからだ。

 金正寛氏は一昨年(2018年8月)、金正恩委員長が葬儀委員長となった金英春元軍総参謀長の葬儀の序列では全体で53位、軍人としては15位だった。今回、序列上の徐興賛第一次官(大将)や先輩の尹東鉉次官(上将)を出し抜く形となった。金委員長肝いりの東海岸リゾート開発(元山・葛麻地区と温泉観光地の建設)など主な建設を手掛けてきたことを評価されたようだ。それにしても、金正恩政権下(2012年~)での軍首脳人事は実に目まぐるしい。

 人民武力相は金永春→金正角→金格植→張正男→玄永哲→朴英植→呂光鉄→金正寛とすでに8人目だ。前任の呂大将は2018年5月に就任し、まだ2年も経っていない。

 軍総参謀長も昨年末に李永吉大将から砲兵司令官の朴正天大将に交代させているが、これまた7人目だ。軍トップの総政治局長も現在の金守吉大将ですでに4人目である。先代の金正日体制(1994-2011年)と比較すると「軍三役」の異動が際立っていることがわかる。

 父・金正日総書記は17年間の在任中、軍首脳を頻繁に交代することはなかった。人民武力相は半分の4人だ。

 呉振宇人民武力相は1995年2月に亡くなるまで19年間、そのポストにあった。後任の崔光次帥は1年4カ月と短かったが、任期中に死去したことが原因である。3人目の海軍出身の金益鉄次帥は1997年2月から2009年2月まで12年間も在任していた。

 総参謀長の交代も3度しかなかった。軍総政治局長の交代は一度もなかった。趙明禄次帥が1995年10月に就任して以来、亡くなる2010年11月まで15年間、その要職にあった。

 「軍三役」の頻繁な入れ替えは金正恩委員長の軍首脳への懐疑心の表れと言えなくもない。裏を返せば、軍首脳の間に金委員長への不満が鬱積していることの表れと言える。

 「先軍政治」下の金正日政権下では軍首脳は厚遇されていた。例えば、呉振宇人民武力相や李英鎬総参謀長は政治局常務委員かつ党軍事副委員長のポストにあった。しかし、金正恩政権下では政治局員、軍事委員止まりで、政治局常務委員にも党軍事副委員長に就くこともできない。新任の金正寛人民武力相や朴正天総参謀長に至っては政治局員よりも格下の候補委員である。

 振り返れば、軍No.1の李英鎬総参謀長が金正恩政権発足から間もない2012年8月に電撃解任された際、朝鮮中央テレビは2か月後の10月30日、金日成軍事総合大学での金正恩委員長の演説を約12分にわたって放映したが、金委員長は李総参謀長を念頭に「党と指導者に忠実でない者はいくら軍事家らしい気質を持ち、作戦、戦術に巧みだとしても、我々には必要ない。歴史的教訓は、党と指導者に忠実でない軍人は革命の背信者へと転落するということを示している」と発言していた。

 また、56歳の若さで抜擢された李永吉総参謀長が2016年1月に電撃解任された時も、解任直後の2月2日に開催された党中央委員会と人民軍党委員会の連合拡大会議で金正恩委員長は「人民軍隊は最高司令官の命令一下、一つとなって最高司令官の指示する方向だけ動くように」と自ら訓示していた。

 金委員長が一般席に座っていた軍首脳らに向かって見下ろすかのように「自分の命令に服従せよ」と演説をぶったのは、祖父の金日成主席の時代も、父・金正日総書記の時代もなかったことだ。前年の労働新聞に「人民軍指揮官らは最高司令官にはたった一言、『かしこまりました』とだけ言えば良い」との記事が掲載されていた。

 軍首脳を頻繁に交代させるのは軍を掌握していることの証であると同時に軍首脳部に絶大な信頼を置いてないことの表れでもある。軍歴のなさと、36歳の若さゆえに「侮られているのでは」との軍首脳への懐疑心があるとすれば、軍閥を警戒し、今後も軍首脳の人事が頻繁に行われることになるだろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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