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落しどころはあるのか? 水と油の日韓両国の「元徴用工問題解決案」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
文在寅大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 韓国の大法院(最高裁)が新日鉄住金の上告を棄却し、原告の4人の元徴用工に対して一人当たり1億ウォンの支払いを命じる判決を下してから丸一年が経った。

 最高裁判決から1か月後の11月29日には元徴用工6人と元勤労挺身隊遺族らが三菱重工業を相手に訴訟した上告審でも三菱に支払いを命じる判決が出た。

 この2件以外にも、元勤労挺身隊遺族ら23人が機械メーカーの不二越を相手に起こした裁判でもすでに一、二審で同様の判決が出ている(不二越は最高裁に上告中)。3件併せた賠償額は3億6千万ウォン。この他にもすでに今年4月に全羅南道・光州地裁に元徴用工54人が集団訴訟を起こしており、12月にも約50人が訴訟を準備している。

 さらに韓国のTV「JTBC」は昨日、「大手建設会社の熊谷組と西松建設に対しても訴訟の動きが出ている」と伝えていた。西松建設は10年前に中国の強制動員被害者らに対して和解金47億ウォン相当を支払い、記者会見を開いて正式に謝罪したことで知られている。韓国の「民主社会のための弁護士の集い」など支援団体が元徴用工らの要請を受け、両社に対する訴訟の準備を進めているようだ。

 最高裁判決後、元徴用工らは日本企業に対して数回話し合いを申し入れたようだが、拒否されたことからこれら企業の韓国内の資産を差し押さえ、すでに売却に向けた法的手続きに着手していることは周知の事実である。売却の可能性の高い資産は新日鉄と韓国の浦項製鉄が合弁で設立したPNRの株(19万4千株)と三菱重工業のロゴを含む商標権2件と特許権6件等。

 訴訟から13年、最高裁の判決から1年経っても、日本企業が補償に応じないため元徴用工支援弁護団では資産の現金化、売却を急ぐ方針だが、その一方で、この問題が日韓外交問題に発展し、関係悪化の要因となっていることから日韓政府間交渉による解決にも期待を寄せている。

 しかし、元徴用工問題での日韓両政府のスタンスは真逆で、韓国は最高裁の判決を「遵守する」との立場なのに対して日本は「国際法違反」との立場。従って、日本政府は韓国に対して「韓国政府が解決すべき問題」としているのに対して韓国政府は「三権分立で政府は介入できない」とのスタンスを崩してない。具体的に言うと、日本は「日韓条約で解決済なので日本企業は支払う必要はない」との立場なのに対して「敗訴した以上、判決に従って支払いに応じるのが筋」というのが韓国の主張である。双方の主張は水と油で溶け合いそうにないことがわかる。

 そうは言うものの、この問題が原因で日韓関係が「史上最悪の関係」に陥ってしまったことから日韓双方で妥協案、折衷案を模索する動きが出ているのも事実である。

 その一つが、韓国が6月に打診した「1+1案」(日韓両国の企業が自発的な拠出金で財源をつくり、慰謝料を支払う)だが、この韓国案は「日本としては受け入れらない」とすでに「No」の回答をしている。

 もう一つは、日本で検討されていると囁かれている韓国政府と韓国企業が経済協力名目で基金を創設し、これに日本企業も参加する案のようだが、これまた韓国が受け入れる可能性はゼロに近い。何よりも被害者とされる元徴用工らが納得しそうにないことだ。

 最高裁が支払いを命じたのは韓国政府にではなく、日本企業にであって、企業が応じれば終わる話というのが元徴用工らの言い分である。従って、加害者である日本企業の責任を韓国政府と韓国企業が共同で分担するのは道理に合わないとの立場だ。簡単な話が、韓国政府がこの問題で責任を負うことは日本企業に対する賠償責任を明示した最高裁の判決に反するとの主張だ。

 日本は54年前に交わした日韓請求権協定に基づき元徴用工らへの補償金を含んだ3億ドルの無償援助をしているので当時、支払い義務を怠った韓国政府に責務があるとの立場で一貫している。従って、韓国最高裁の判決には従うことは日本自らが国際法に反する行為を行うことになるとの解釈だ。

 元徴用工らが裁判を起こした目的が単に金銭だけでなく、日本政府の「責任認定」と「誠意のある謝罪」と「適切な保障」を得ることにある限り、韓国案にせよ、日本案にせよ、あるいは日韓両政府の折衷案が出されたとしても、解決は容易ではない。文政権としてもへたに妥協すれば、2015年12月に妥協して「慰安婦合意」を交わしたことで野党をはじめ世論の反発を招いた朴槿恵前政権の二の舞になりかねない。

 チョ・グク前法相を庇いきれず、辞任させたことへの失望から一部進歩勢力や支援団体らの離反が見受けられるが、さらに元徴用工問題で日本に譲歩、妥協すれば、文政権の支持基盤が揺らぎかねないだけに来年4月の総選挙を前に日本が受け入れられるような「政治決断」が文大統領に果たしてできるだろうか?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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