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「北朝鮮処刑・粛清報道」はスクープか、誤報か!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
米朝首脳会談のためベトナムに随行した金正恩委員長の妹、与正氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ベトナムのハノイで2月下旬に行われた2度目の米朝首脳会談が決裂したことへの責任を取らされ、司令塔の統一戦線部の金英哲部長が重労働に処せられ、参謀格の金聖恵・策略室長(女性)が強制収容所に送られただけでなく、ビーガン国務省北朝鮮担当特別代表の相手となった金革哲・対米特別代表に至っては哀れにも処刑され、そして金正恩委員長の実妹の金与正・党第一副部長までもが「謹慎されている」との「朝鮮日報」の報道は衝撃的だ。事実ならば、一大スクープである。

 韓国政府当局も、米政府もまだ追認してないことから現状では「未確認情報」あるいは単なる「説」に過ぎない。

 韓国発の北朝鮮情報はどれもこれも裏の取りようのないものばかりだ。後に事実として判明したものもあったが、ガセネタも結構あった。

 「ガセ」の一例が、2016年2月の李永吉・総参謀長(大将)の「処刑」報道だった。「軍内に派閥をつくり、分派活動をした」ことが理由で「李参謀長が処刑された」と韓国で報道された。金正恩政権下の2013年に58歳で総参謀長に抜擢され、金委員長の腹心とみられていただけに処刑は驚きであった。しかし、数か月後に李大将は姿を現した。第一副参謀長に降格させていたものの健在が確認された。明らかに韓国の誤報であった。

 しかし、今回の場合は、ベトナムで金委員長を失望、落胆させただけでなく、威信低下に繋がりかねない「失態」を演じただけに担当者らが責任を負わなければならないこと、また、過去のケースからして「北朝鮮ならばこうした粛清が行われてもおかしくはない」との先入観もあって「事実」として受け止められているようでもある。

 確かに「不正」や「不祥事」だけでなく、「失政」や「ミス」を理由に粛清されたケースは先代の金正日時代にも数多くあった。

 例えば、未曾有の食糧危機に直面していた1997年には農業担当の徐寛熙・党書紀が農業政策の失敗と食糧危機の責任を取らされ、「米帝国主義の指示を受け、我が国の農業を破綻させたスパイ」との罪名で処刑されている。

 また、1998年には権煕京・対外情報調査部部長が韓国で「北風事件」(対峙する韓国情報機関から袖下を貰い、韓国の大統領選挙で保守候補に有利になるよう工作を仕掛けた事件)が発覚するや責任を取らされたが、この時もソ連大使時代の公金横領容疑と合わせて「ソ連のスパイ」容疑でこれまた処刑されている。

 さらに、2002年に小泉―金正日首脳会談をセットした「ミスターX」こと柳敬・国家安全保衛部副部長も2011年に不正蓄財及び韓国に機密を漏らしたとの「スパイ罪」で銃殺されている。この他にも崔承哲・統一戦線部副部長が2009年に対韓政策の失敗で、また朴南基・党計画財政部長はデノミ政策失敗で2010年に相次いで処刑されている。

 こうした過去のケースからして、金革哲・特別代表が「米帝に抱き込まれ、首領に背信した」との「米国のスパイ」容疑で「美林飛行場で処刑された」との「朝鮮日報」の報道に誰もが「有り得るかも」と思うのは不自然なことではない。しかし、別な角度からみると、「朝鮮日報」の記事は今一つ、根拠薄弱である。

 例えば、金英哲部長は左遷され、中朝国境に近い慈江道で現在、「革命家教育(強制労働と教育)を受けている」と伝えているが、金英哲部長は4月に行われた人事異動ですでに部長の任を解かれている。そのことは韓国の情報機関である国家情報院が4月末の時点で確認しているので衝撃的なことではない。

 何よりも、不自然なのは4月の人事で最高幹部のポストである党政治局員(21人)も金委員長を補佐する党中央委員会副委員長(10人)も、さらには最高政策指導機関である国務委員会委員(14人)に再選されていることである。失脚が事実ならば、寛大であるはずはない。当然、これらの要職を全て解かれてしかるべきだ。

 北朝鮮が金英哲部長を更迭させたのは、トランプ政権に対してポンペオ国務長官を米朝交渉の場から外すよう求めていることと関係しているようだ。

 米国は昨年6月のシンガポール首脳会談直後から再三、北朝鮮に対して統一戦線部ではなく、外務省が、また金英哲部長ではなく、李容浩外相を対米交渉人にするよう求めていた。一転、北朝鮮はポンペオ国務長官を外させるため先手を打って、金部長を外したとみることもできるのではないだろうか。

 「朝鮮日報」の報道でもう一つ理解に苦しむのが金与正氏の「謹慎」である。

 長期(4月11~5月30日)にわたって動静が不明であることから「出過ぎた行動」が問題となり、兄(金委員長)の指示で「謹慎されている」と伝えているが、金与正氏の長期不在は異例でもなければ、今回に限ったことではない。

 例えば、2015年には3月12日から5月29日までの47日間、姿を現さなかったこともあった。また2016年には6月29日の最高人民会議第13期第4次会議に出席して以来8カ月以上、公の舞台から姿を消したこともあった。

 今年32歳の与正氏にも家庭がある。昨年3月には第二子を出産したばかりだ。子育てもしなければならない。数年前から骨結核を患っているのが事実ならば健康不安も抱えている。

 一昨年10月に党政治局員候補に選出されてから兄を補佐する仕事が増え、昨年は平昌五輪(2月)に派遣され、4月は板門店での南北首脳会談、5月は大連訪中、9月は平壌での南北首脳会談、そして10月の平壌でのポンペオ国務長官との会談などに随行、同席するなど多忙を極めていた。従って、ベトナム訪問後に休養を取ってもおかしくはない。「粛清」を報じた「朝鮮日報」の記者には「長期休養」が「謹慎」に映るのかもしれない。

 世界中を駆け巡ったこの報道に北朝鮮が静観するのか、それとも即座に対応するのかによって真偽は判明するのではないだろうか。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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