父親と同じ轍を踏むか!「日朝首脳会談の金正日」と「米朝首脳会談の金正恩」

珍しい金正日総書記と金正恩委員長のツーショット(北朝鮮の画報から)

 金正恩委員長が間もなく、米朝交渉への態度を表明する。打ち切るのか、それとも継続するのか、北朝鮮の非核化の成否がかかっているだけに世界中が固唾を呑んで見守っている。

 金委員長は先のベトナム会談で成果を上げることができず、手ぶらで帰国せざるを得なかった。勝ってくるぞと勇ましく誓って旅立ったわけだからまさに面目丸つぶれである。金委員長が「米朝交渉に意欲を失っている」(崔善姫外務次官)のは当然だろう。

 今後、事態が好転する要素はない。トランプ政権は一括妥結方式による北朝鮮の非核化実現を目指しているだけに「現段階では最善策」(李容浩外相)として北朝鮮が提示している段階的非核化案は受け入れられそうにない。まして、制裁強化こそが北朝鮮から譲歩を引き出す上で最も効果的なカードとして捉えているだけに北朝鮮が求めている制裁緩和は望み薄だ。結局のところ、金委員長が非核化交渉の凍結を宣言する可能性は極めて高いと言えよう。

 このままでは米朝首脳会談は2度で終了ということになりかねない。となると、奇しくも、小泉純一郎総理を相手に2度の日朝首脳会談で終わってしまった父・金正日総書記の二の舞となる。

 そもそも、米朝首脳会談と日朝首脳会談に臨む北朝鮮の決断と交渉スタイルは酷似している。

 北朝鮮は米国とはブッシュ政権の1990年からオバマ政権の2016年まで26年間、核問題をめぐって交渉を続けていたが、この間一度も米朝トップ会談が行われることはなかった。日本とも海部政権下の1991年から森政権までの2001年まで国交正常化を目指し、日本との外交交渉に臨んでいたが、これまたこの期間首脳会談が開かれることはなかった。原因は米国とは核問題解決の見通しがつかなかったこと、日本とは拉致問題がネックとなっていたからだ。

 金正恩委員長はトランプ大統領との会談を決断するまで「核は人民の命であり、国の宝である」(労働新聞)として「核放棄が目的ならば米国とのいかなる対話にも関心がない」(北朝鮮国連代表部)と言っていたのに180度方針を変え、2018年6月に非核化のための首脳会談に応じた。

 金正日総書記も日本が提起していた拉致問題については知らぬ存ぜぬで、日本がこの問題を持ち出すと「ありもしない拉致問題を持ち出した」(鄭泰和・前朝日国交正常化担当大使)と席を立ってしまう始末だったのにこれまた手のひらを反して、拉致の事実を認めた。それもこれも2002年9月に行われた日朝首脳会談のためだった。

 金正恩委員長の心境を代弁している崔善姫外務次官によれば人民と軍、軍需工業の当局者数千人は「決して核開発を放棄しないように」との請願を送り、非核化交渉に反対していたそうだ。金正日総書記の時も当時、軍部が「国家犯罪と日本が騒いでいる拉致を最高司令官である我が将軍様(金総書記)が敵国最高司令官である小泉(総理)に認めることは降伏に近いので絶対に認めてはならない」と猛烈に反対していた。しかし、どちらも独裁者であるが故に決断ができた。首脳会談決断の動機は両人とも関係正常化による経済再建にあった。

 金正恩委員長は2012年4月、人民大衆の面前で「これ以上、人民にひもじい思いをさせない」と誓い、2015年に36年ぶりに労働党大会を開催し、国家経済発展5か年計画を打ち出した。来年が最終年度となる金正恩政権下初の経済計画を成功裏に終わらせるには米国が主導している国連の経済制裁解除が不可避だった。金正日総書記もまた建国の父でもある金日成主席が果たせなかった「白米と肉汁と瓦吹の屋根」を人民に担保するには日本からの経済協力が不可欠であった。

 金正恩委員長は1回目のシンガポールでの首脳会談でトランプ大統領から「平和と繁栄に向けた両国国民の願いを踏まえ、新たな関係を築く」との約束を取り付けることに成功した。金正日総書記も1回目の平壌での首脳会談で小泉総理から「日本は正常化交渉に真剣に取り組む用意がある。私は北朝鮮のような近い国との間で懸念を払拭し、互いに脅威を与えない、協調的な関係を構築することが、日本の国益に資するものであり、政府の責務として考えている」との言葉を引き出すことに成功した。

 しかし、北朝鮮が完全なる非核化に向けての具体的な措置を取らないことからベトナムでの2度目の米朝首脳会談は事実上、決裂に終わった。日朝首脳会談も再度、2004年5月に平壌で開催されたが、「もう拉致被害者は存在しない」と北朝鮮が拉致問題の解決に消極的だったことから不発に終わってしまった。これ以後、首脳会談の道は閉ざされたままだ。

 米国は「先非核化、後体制保障」の立場を崩しておらず、日本もまた「拉致問題の解決なしに日朝国交正常化はない」との基本方針を貫いている。そして、両国ともその解決手法は圧力と制裁の継続にある。

 スイスで1985年に初めて開催された核軍縮を巡る米ソ(露)首脳会談は翌年アイスランドでの会談は決裂したものの1987年、ワシントンでの3度目の首脳会談で合意を見ているが、米朝が米露の道を辿るのか、それとも、日朝の道を辿るのか、金正恩委員長の決断が注目される。

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

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