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昨年とは180度変わった安倍総理の国連での「北朝鮮関連発言」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
安倍総理を前に金正恩委員長の親書を自慢するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 安倍晋三総理の国連演説での北朝鮮関連発言は昨年とは180度異なっていた。一つは北朝鮮に割いた時間と、もう一つはその内容である。

 昨年は「私の討論をただ一点,北朝鮮に関して集中せざるを得ない」と断ったほどで、北朝鮮関連が全体の80%を占めていたが、今年の演説では北朝鮮関連は全体の10%程度と短かった。

 内容面でも昨年とは大違いで、常套句の「圧力」という単語は一切使うことはなかった。

 昨年の演説では北朝鮮を「犯罪集団」、金正恩委員長を「ロケットマン」と扱き下ろし、「北朝鮮を完全に破壊する」と発言したトランプ大統領に連帯し、金委員長を「史上最も確信的な破壊者」「独裁者」と規定し、「全ての選択肢はテーブルの上にある」とする米国の立場への全面的な支持を表明していた。実際、昨年の演説で印象深かった発言を幾つか列挙してみよう。

 「我々が営々続けてきた軍縮の努力を北朝鮮は一笑に付そうとしている。不拡散体制はその史上最も確信的な破壊者によって深刻な打撃を受けようとしている」

 「冷戦が終わって二十有余年,我々はこの間,どこの,どの独裁者に,ここまで放恣にさせたでしょうか。北朝鮮にだけは我々は結果として許してしまった。かつ,これをもたらしたのは,対話の不足では断じてない」

 「我々が思い知ったのは対話が続いた間,北朝鮮は核,ミサイルの開発を諦めるつもりなどまるで持ち合わせていなかったということである。対話とは北朝鮮にとって我々を欺き,時間を稼ぐためむしろ最良の手段だった」

 「対話による問題解決の試みは,一再ならず,無に帰した。なんの成算あって我々は三度,同じ過ちを繰り返そうとするのか。必要なのは対話ではない、圧力だ」 

 今年はどうか?

 安倍総理は「昨年この場所から、拉致、核・ミサイルの解決を北朝鮮に強く促し、国連安保理決議の完全な履行を訴えた私は、北朝鮮の変化に最大の関心を抱いている」と冒頭に述べた上で「今や北朝鮮は歴史的好機を掴めるか、否かの岐路にある。手つかずの天然資源と、大きく生産性を伸ばし得る労働力が北朝鮮にはある」と北朝鮮の潜在力を強調し、「拉致、核・ミサイル問題の解決の先に不幸な過去を清算し、国交正常化を目指す日本の方針は変わらない。私達は北朝鮮がもつ潜在性を解き放つため助力を惜しまない」と北朝鮮にラブコールを送っていた。

 また、懸案の拉致問題の解決に向けて「私も北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切って、金正恩委員長と直接向き合う用意がある」と金委員長に対して対話を呼び掛けていた。

 安倍総理は明らかに圧力から対話に舵を切っている。そのことは、河野太郎外相の発言をみても明らかだ。

 河野外相は昨年9月、米コロンビア大学で講演し、北朝鮮の核・ミサイル開発を「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と位置付けた上で、「160カ国以上の国が今一番の世界の脅威である北朝鮮と国交を結んでいるという事実を信じられるだろうか」と疑問を提起し、「今は朝鮮半島の非核化に向けた具体的な行動を促すよう国際社会全体で圧力を最大限強化すべきである」として北朝鮮と外交関係を結んでいる160以上の国々に対し「外交関係・経済関係を断つよう強く要求する」と圧力一辺倒だった。

 安倍総理も河野外相も北朝鮮の弾道ミサイルが立て続けに日本の上空を飛び越えてきたことへの怒りと同時に強固な日米関係を内外にアピールするため強硬に対応せざるを得なかったと言えるが、それにしても随分と様変わりしたものだ。

 北朝鮮が2月に平昌五輪への参加を表明し、韓国の文在寅大統領との南北首脳会談に応じる意向を表明した際には日本政府は「北朝鮮は時間稼ぎしている。北朝鮮の微笑外交に惑わされるな」と露骨に警戒心を露わにし、トランプ大統領までもが金委員長との首脳会談に応じるや「文大統領も、トランプ大統領も北朝鮮に騙されている」と警鐘を鳴らしていたが、今やその面影は微塵もない。

 安倍総理自らが平昌冬季五輪レセプション会場で金永南最高人民会議常任委員長に接触する一方、金委員長との首脳会談に臨む文大統領に「日朝平壌宣言に基づき、国交正常化を目指す考えに変わりはない」との金委員長宛のメッセージを託す一方、トランプ大統領との共同記者会見(4月18日)や日中韓首脳会談(5月9日)では「北朝鮮が正しい道を歩けば、日朝平壌宣言に基づき、不幸な過去を清算し、国交正常化の道も開かれるだろう」と連呼していた。「経済協力」についても口にしていた。

 金正恩委員長についても「核心的な破壊者、独裁者」から一転「速いスピードで、非常にダイナミックな判断をしている。会った人によると、最終的に一人で判断し、判断に自信を持っているようだ。国際社会の出来事を熟知し、自分の国にどういう問題があるかよく知っているという。問題を解決する必要性について十分に認識している可能性はある」と評価が変っている。

 安倍総理は6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談の直前から「拉致問題は最終的には私と金正恩委員長の間、朝日間で解決しなければならない」(6月7日)と言い出し、米朝首脳会談後には「相互不信という殻を破って一歩踏み出し、解決したい。信頼関係を醸成していきたい」(16日)という言葉を使い始めたが、今回の国連演説でも「北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切って、金正恩委員長と直接向き合う用意がある」ことを強調していた。

 金正恩委員長は安倍総理のメッセージを伝えた文大統領に「適切な時期に日本と対話し、関係改善を模索する用意がある」と日朝首脳会談に応じる意向を表明したようだが、「適切な時期」が今年中なのか、来年なのか、二回目の米朝首脳会談の時期同様に関心を払わざるを得ない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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