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「西海衛星発射場」解体が事実ならば 北朝鮮は人工衛星を断念したのか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮北西部の東倉里にある「西海衛星発射場」の発射台(写真:ロイター/アフロ)

 米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は一昨日(23日)、北朝鮮北西部の東倉里にある「西海衛星発射場」で主要施設の解体が始まったようだと最新の商業衛星写真を分析した結果、明らかにした。

 数日前に撮られた衛星画像によれば、加工用の建造物や弾道ミサイル向けの液体燃料エンジンなどの試験に使われていたロケットエンジン発射台が撤去され始めた形跡があるとのことだ。この一報にトランプ大統領は早速「嬉しく思う」とコメントし、韓国大統領府も「非核化に良い影響を与えるだろう」と歓迎していた。

 韓国情報当局は昨日(24日)、北朝鮮が20日から22日にかけて「西海衛星発射場」にある全長67メートルの発射台に設置されていた大型クレーンを一部解体したと明らかにした。事実ならば、北朝鮮は人工衛星の発射も断念したことになる。

 北朝鮮は2012年4月、同12月、そして2016年2月と計3度、この「西海衛星発射場」から地球観測衛星と称する人工衛星(光明星3号、4号)を打ち上げてきた。一連の打ち上げは2012年から始まった「宇宙開発5カ年計画」に基づくもので、この計画は2016年に一応終了している。

 しかし、金正恩委員長は2016年2月に「光明星4号」が発射された際「実用衛星をもっと多く発射せよ」と担当幹部らに直接指示し、これを受けた北朝鮮の国家宇宙開発局(NADA)は7か月後には推進力を3倍に増やした新型の停止衛星運搬ロケット用大出力エンジンを開発し、その地上噴出実験を成功させていた。当時、米航空宇宙研究機関の「エアロスペース」は「38ノース」への寄稿文で「北朝鮮が公開したエンジンは小型無人用探索装備を発射するには十分だ。停止軌道に通信衛星など多様な低高度偵察衛星を発射するのに適している」と解析していた。

 金委員長は昨年の新年辞でも「これ(2016年2月の打ち上げ成功)により宇宙征服に向かう道が敷かれた」と演説し、北朝鮮メディアは競って「平和的宇宙開発の権利」を主張する記事を掲載していた。例えば、労働新聞は昨年12月25日付で「平和的宇宙開発を一層推進し、広大な宇宙を征服していく」と、今後も開発研究を進めていく意思を明確にしていた。労働新聞が「宇宙開発の権利」を主張する記事を掲載したのは昨年12月の1か月だけで3回。人工衛星の研究・開発が金正恩政権の重要な国策の一つであることがわかる。

 また、ロシアの政府系メディアも昨年11月に訪朝したロシアの軍事専門家のコメントとして「北朝鮮が地球観測衛星1基と通信衛星1基の開発をほぼ完了した」と伝えていた。北朝鮮の国家宇宙開発局の幹部はこのロシアの軍事専門家との面談で「数メートルの解像度を持つ重さ100kg以上の地球観測衛星と静止軌道に投入する数トン以上の通信衛星をほぼ完成させた」と語っていた。

 北朝鮮のミサイルには「火星」や「北極星」という名称が付けられているが、人工衛星に限っては「光明星」と呼称している。

 昨年7月に発射された中長距離弾道ミサイル「火星14号」は全長19m、12月に発射された大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15号」は全長22m、いずれも2段式であるそれに比べて「光明星」は全長30.0m(直径2.4m 重量91トン)、3段式で一回りも、二回りも規模が大きい。

 「宇宙開発は我々の自主権の権利行使である」との立場に立つ北朝鮮は国際社会が批判しようが、安保理が制裁を掛けようが、これまで人工衛星の開発、発射を中断することはなかった。現に2012年2月29日にオバマ政権と交わした合意で「実りある会談が行われる期間は長距離ミサイルの発射を行わない」ことを約束したにもかかわらず人工衛星は別物として僅か1か月半後の4月13日に米国の説得を振り切る形で打ち上げていた。

 国連は安保理議長声明で発射を非難したが、北朝鮮は外務省声明(4月18日)で「平和は我々にとって何より貴重だが、民族の尊厳と国の自主権はより尊い」と述べ、翌日、宇宙空間技術委員会の名で人工衛星打ち上げの継続を宣言し、同年12月に再度トライしていた。

 仮に金委員長がシンガポールでの首脳会談でトランプ大統領に人工衛星発射場と称している東倉里の「西海衛星発射場」の解体、閉鎖に同意したならば北朝鮮自らが「西海衛星発射場」が長距離弾道ミサイル(テポドン)の発射場であったことを認めたことになる。

 実際に北朝鮮は人工衛星と喧伝していたが、2009年4月の「光明星2号」発射成功の際の祝賀宴では当時人民武力相(国防相)の金英春次帥が「発射成功で強大な軍力を再び世界に誇示した」と演説し、また、2016年2月の「光明星4号」の発射成功の際にも尹東絃人民武力相次官が成功を祝う平壌市集会で「米帝もいかなる侵略者も、正義の水素爆弾と最長距離運搬ロケットまで装備した我が軍の強力な威力の前でこれ以上生きられないだろう」と演説していた。これらの発言は「衛星」ではなく、軍事目的の長距離弾道ミサイルの発射であることを暗に認めたことに等しい。

 父親の金正日総書記は2000年にミサイルの問題でクリントン政権と交渉した際、ミサイル開発を中止する条件として3年間で30億ドルの支援を要求し、人工衛星については「米国が代わりに打ち上げてくれれば、発射しない」との条件を提示していたが、金正恩委員長は見返りに何を要求するつもりなのだろか。

 それとも「西海衛星発射場」だけ閉鎖して1998年、2006年、2009年と3度発射した日本海に面した咸鏡北道花台郡の舞水端にある「東海衛星発射場」で今後も「人工衛星」の発射を続けるつもりなのだろうか。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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