あの北朝鮮レストラン女性従業員らの「集団脱北」は韓国情報機関による「拉致」!?

韓国当局が中国から脱北したと発表した北朝鮮レストラン従業員(韓国統一院)

 今から2年前に中国(浙江省寧波市)で発生した北朝鮮レストラン(柳京食堂)女性従業員13人の韓国への集団亡命事件は本人らの意思に基づく自発的な「脱北」ではなく韓国当局による「拉致」の疑いが強まっている。

 訪韓したトーマス・オヘア・キンタナ国連北朝鮮人権特別報告者は昨日(10日)、脱北した柳京食堂の支配人及び一部女性従業員らと面会した結果、「(従業員のうち)一部はどこに行くかも分からないまま韓国に来た。騙されたとも言える」と述べ、さらに「彼らが中国から自分の意思に反して拉致されたのならば、犯罪と見なされ得る」と記者会見で語っていた。

 北朝鮮が大陸間弾道ロケット(ICBM)のエンジン燃焼実験に成功した2016年4月8日、韓国政府はこの前代未聞の「集団脱北」を大々的に公表し、金正恩政権に大きな衝撃を与えた。

 出身成分(家柄)もよく、党への忠誠心も強い、外貨獲得のため選抜された先鋒隊がこぞって亡命したこと、また、海外在住者は離反者を出さないよう相互監視体制下での集団生活を義務付けられているが、従業員全員が行動を共にしたこと、加えて36年ぶりに開催される労働党大会(5月6日)を前に発生しただけに当時、金正恩政権が受けた衝撃は測り知れないものがあった。

 党に最も忠実で、思想的にも鍛錬されているはずの、それも韓国に亡命すれば、両親や兄弟らがどのような目に遭うか誰よりも分かっているはずの彼女らの亡命の動機が当時、不明だった。

 「営業不振により本国に召還され、処罰されるのを恐れ、悲観したため」との見方もあったが、業績不振が原因ならば、責任者が処罰されることはあっても一般従業員にはお咎めはないはずだ。また、韓国当局が言うように「自由や韓国への憧れから」だとしても、そう簡単に親、兄弟を捨てられるだろうかとの疑問も指摘されていた。

 彼女らは海外に出られるだけでもそれなりに恵まれている立場にあった。それだけに亡命の動機が知りたいところだったが、今日まで記者会見もセットされず、彼女らの口から動機について語られることは一度もなかった。当時、北朝鮮の対応にも不可解なことがあった。

 北朝鮮は「脱北」が単独にせよ、家族単位にせよ、集団にせよ、よほどのことでない限りこれまで「拉致された」と騒いだりはしなかった。国家の恥に繋がることから「脱北」そのものを覆い隠し、徹底的に無視してきた。仮に脱北であることがはっきりした場合は、ドミノを防ぐため「脱北者」らを「人間の屑」とか「裏切り者」扱いにして収束を図る、これが北朝鮮の常套手段であった。

 韓国政府が「集団脱北」を公表(4月8日)した当初は、対韓宣伝メディア「我が民族同士」を通じていつものように「人間の屑」で対応したのだが、13人と同じ職場の同僚7人が帰国してから様相が一変した。赤十字委員会を通じて引率者の男性支配人を除く「12人は誘引、拉致された」との談話(4月12日)を発表したのだ。

 続いて、4月20日にはCNNの記者を招き、平壌の高麗ホテルで帰国した7人を引き合わせ、インタビューをセット。4月24日には「人間の屑」と罵っていた対韓宣伝メディア「我が民族同士」にそのインタビューが放映された。それでもこの時点での北朝鮮の反応はまだ対外、対韓向けに限られていた。過去のケースでは、このまま国民に知らせぬまま、外に向けて一方的に主張するだけ主張して矛を収めるのが常だったが、この時は明らかに違っていた。4月29日付けの労働新聞に赤十字委員会と祖国平和統一委員会の談話や声明を掲載し、国民にもこのことを知らしたのだ。

 この日を境に北朝鮮は堰を切ったかのように事件を取り上げ、5月3日には党大会取材のため平壌入りしていた外国メディアを呼び、7人の従業員と12人の家族らによる共同記者会見をセット、その模様を国内でもテレビで流した。10日後の5月13日には再びCNNを呼び、家族らにインタビューさせ、「娘に会わせろ、娘を返せ」と訴えさせた。

 極めつけは、12人の親らが国連人権理事会議長と国連人権最高代表に書簡を送り、真相究明と送還の協力を求める一方で、韓国の赤十字総裁にも同様の書簡を送りつけていた。こうしたことから韓国内でも徐々に「自発的な意思で韓国に入国した」との政府当局の発表を怪しむ雰囲気が広がり、ついには「民主社会のための弁護士会」(民弁)が所管の国家情報院に女性従業員らとの「緊急面会」を要請する事態に至った。

 北朝鮮や「民弁」の要求に対して韓国の該当部署「統一院」や「国情院」は「13人は強制によるものでなく、本人らの意思による」亡命であり、北朝鮮の主張は言いがかりであり、エリート集団の脱北による国内への衝撃と動揺を防ぐため、国際的イメージ失墜を挽回するための単なる「詭弁に過ぎない」として取り合わなかった。北朝鮮側が求めた板門店やソウルなどでの家族との面会も、国際人権団体や弁護人など第三者の接見も一切許可しなかった。

 当初から▲中国から第三国経由の一泊二日のソウル入りは韓国当局の手引きがなければ不可能であった▲引率者である男性支配人が金銭トラブルを抱え、韓国情報機関に抱き込まれていた▲「制裁が効いている」「金正恩体制は揺らいでいる」ことの証として脱北を誘導する必要性があった▲苦戦が伝えられる総選挙(投票日4月13日)の対策として「脱北事件」を起こす必要があった。(選挙前に大々的に発表したのに選挙後は完全黙秘してしまった)など様々な疑惑が指摘されていたが、今回の男性支配人と従業員らの「証言」により朴槿恵政権下の国家情報院による「企画脱北」の可能性が一段と高まった。

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

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