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北朝鮮から消えた「反米スローガン」ー金正恩政権は「反米の旗」を下ろしたのか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
長距離弾道ミサイル(人工衛星)発射成功祝賀公演のワンシーン

 昨日の6月25日は朝鮮戦争勃発日(1950年6月25日)である。今年で68周年である。

 北朝鮮は毎年この日から休戦日(1953年7月27日)までの約1か月間「反米月間」に定め、全国各地で国を挙げての大々的な反米キャンペーンを展開してきた。しかし、今年はどうやら取り止めたようだ。

 この1か月は集会、示威から始まって様々な反米運動やイベントが行われるのが常である。街頭には「打倒米国」「ヤンキーゴーホーム」の横断幕やポスターが掲げられ、テレビでは朝鮮戦争関連の映画やアニメなどが放送され、米国への人民の憎悪を煽ってきた。

 過去3年間の「反米月間」をチェックしてみると、2015年には労働新聞などメディアが「朝鮮戦争は米国によって引き起こされた侵略戦争」という社説や論説、署名入り記事を一斉に掲載していたほか、朝鮮中央放送は「米軍は朝鮮戦争で細菌を使用した」と米国の「野蛮性」を糾弾していた。これに煽られるかのように労働者や農民、教職者らが職場で糾弾集会を開き、反米の気勢を上げていた。

 そして、25日の当日には政治局常務委員の朴奉柱総理ら党幹部らが出席し、金日成競技場で平壌市群衆大会が開かれていた。反米集会は首都・平壌に限らず、各市、道でも行われ、当然、人民軍でも陸・海、空の各単位で「決起集会」が行われていた。

 また、この年は朝鮮戦争勃発65周年という節目の年ということもあって当時、最高権力機関であった国防委員会の名で声明が出されていた。声明は「盗人米帝の対朝鮮敵視敵対政策とそれに伴う前代未聞の孤立圧殺策動を踏みにじる我が軍隊と人民の挙国的反米闘争は新たな高い段階に達したことを宣言する」と謳っていた。

 一昨年の2016年も全国各地で群衆大会が開かれ、会場を金日成広場に移して行われた平壌市群衆大会では朴総理のほかに金正恩委員長の最側近である崔龍海政治局常務委員も出席した。この年は平壌市では群衆大会とは別途に新たに平壌市青年学生らによる「復讐決議集会」も開かれていた。

 また、朝鮮戦争での米軍の野蛮な虐殺の象徴として建てられた信川博物館に「軍隊や人民が連日訪れている」との北朝鮮メディアの報道も目を引いた。北朝鮮は信川では「米軍によって住民の4人のうち1人が虐殺された」と主張している。さらに、朝鮮戦争で投下された50kg~250kgの米軍の不発弾がいたるところで発見されたとの報道もあった。

 この年は、反米月間を記念した切手も発行されていた。切手の宣伝画には「忘れてはならないオオカミの米帝を!」「朝鮮人民の不倶戴天の敵、米帝侵略者らを消滅させよう!」などの文字が印字されていた。

 昨年の67周年の反米月間でも例年同様のキャンペーンが展開されたが、前年と同じく金日成広場で行われた平壌市群衆大会では大会終了後に市民らによる大規模の示威も行われていた。

 米軍の不発弾も「これまでの間に80万個が発見、除去された」との報道もあった。この種の報道は戦争の傷跡が今も去ってないとして米国への憎しみを助長することにその狙いがあった。

 また、昨年も前年同様に反米月間を記念しての切手が二種類発行されていたが、一つはホワイトハウスに向けミサイルが飛んでいく風刺画が描かれており、もう一つは人民の拳で米星条旗がひきちぎられる場面が描かれていた。これら二種類の切手は、米国とは言葉ではなく、銃台で決着を付けなければならない、米国の強硬策には超強硬で対抗しなければならないとの当時の北朝鮮の雰囲気を表したものであった。

 さらに、休戦協定日を前に、米国の独立記念日にあたる7月4日に米国の西海岸まで届く中長距離弾道ミサイル(ICBM級)の「火星14型」を発射させていた。

 北朝鮮が休戦から65周年目にして反米キャンペーンを中断したとすれは、先のトランプ大統領とのシンガポールでの首脳会談で「米朝は平和と繁栄に向けた両国国民の願いを踏まえ、新たな関係を築くことを約束する」との共同声明を交わしたこと、トランプ政権が北朝鮮にとっては待望だった米韓合同軍事演習の中断を決定し、誠意を示したこと、さらにはトランプ大統領が金委員長の訪朝要請に「適切な時期に訪朝する」と受託したことへの「返礼」と言っても過言ではない。

(参考資料:4度目の正直の「相思相愛」の米朝首脳会談

 クリントン政権下の2000年、父親の金正日総書記はこの年の10月9日に訪朝したオルブライト国務長官(当時)に「クリントン大統領が我が国を訪問され、我々との間で平和協定を結び、国交を正常化するならば、その日を期して反米の旗を降ろし、親米となる」と言ったと伝えられているが、金正恩政権は18年目にして、米国からの体制保障を引き換えに本当に反米の旗を下ろす決断をしたのかもしれない。

 

 なお、ホワイトハウスのNSC(国家安全保障会議)のスポークスマンは北朝鮮が反米キャンペーンを自制したことについて「肯定的な変化は大きな主動力になる」と歓迎の意向を表明していた。

https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20180419-00084194/(参考資料:「先軍政治」の旗は下ろされるのか―音無しの構えの「朝鮮人民軍」

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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