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訪米した金英哲副委員長が持参した「金正恩親書」――トランプ大統領の早期訪朝を要請か!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
偵察総局長時代の金英哲党国務副委員長

 史上初のシンガポールでの米朝首脳会談(6月12日)を前に北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)国務副委員長(統一戦線部長)が明日(米国時間30日午後)ニューヨークに入るようだ。

 金英哲副委員長のニューヨーク訪問はトランプ大統領自身もツイッターで「金英哲が今、ニューヨークに向かっている」と明かし、またホワイトハウスのサンダース報道官も「金英哲がニューヨークを訪れ、今週中にポンペオ長官と会う」と正式に認めている。

 国連総会出席のためニューヨークを訪れる外相を除けば、北朝鮮高官の訪米はクリントン政権下の2000年10月の趙明録(チョ・ミョンノク)国防委員会第一副委員長以来18年ぶりの「珍事」となる。

 当時、軍No.1の軍総政治局長の座にあった趙明録次帥は金正日国防委員長(総書記)の特使としてワシントンを訪問(10月9―12日)し、国務省でオルブライト国務長官と会い、その後、ホワイトハウスでクリントン大統領と面会し、金正日総書記の親書を伝達している。

 こうした前例から、金英哲副委員長もニューヨークでポンペオ国務長官にあった後、ワシントンを訪れ、トランプ大統領に会い、金正恩委員長の親書を伝達する可能性も取り沙汰されている。ポンペオ長官が4月にCIA長官として訪朝し、また5月にも国務長官として再度平壌を訪れ、金正恩委員長と会談していることへの「返礼」との見方がなされている。

 仮に、「トランプ・金英哲会談」が実現すれば、北朝鮮にとってはまさに18年前の出来事の再現となる。

 今から18年前の2000年6月に金正日総書記は韓国の金大中大統領と史上初の南北首脳会談を行ったが、その場で金総書記は金大中大統領にクリントン大統領との首脳会談の仲介を依頼していた。

 金大中大統領の仲介が実を結び、4か月後の10月、金総書記は最側近の趙明録次帥をワシントンに派遣したが、趙明録訪米最終日の10月12日、米朝は以下の3項目の共同コミュニケを発表していた。

 ▲双方は、一方の政府が他方に対して敵対的な意思を持たないと宣言し、今後過去の敵対感から脱し、新たな関係を樹立するためあらゆる努力をするとの公約を確認した。

 ▲自主権を相互尊重し、内政不干渉の原則を確認する。双務及び多務的な空間を通じた外交接触を正常に維持していくことが有益であることに留意した。

 ▲(北朝鮮は)ミサイル交渉中はすべての長距離ミサイルの発射を中止する。

 趙特使はクリントン大統領に金総書記の親書を伝達したが、中身はクリントン大統領の平壌訪問要請であった。

 クリントン大統領は核とミサイル開発放棄を訪朝条件とし、趙特使帰国後に直接金総書記からその意思を確認するためオルブライト国務長官を平壌に派遣(10月23日―24日)した。米朝史上初の国務長官の北朝鮮訪問だった。

 オルブライト長官は金総書記から1994年に交わした核合意(ジュネーブ合意)の履行とミサイル問題の解決の意思を確認し、さらには平和協定締結後も駐韓米軍の容認を取り付けたことでクリントン大統領に訪朝を進言。これによりクリントン大統領は訪朝の準備に取り掛かった。

 当時、オルブライト長官一行をマスゲームで歓待した金総書記は「クリントン大統領が我が国を訪問され、我々との間で平和協定を結び、国交を正常化するならば、その日を期して反米の旗を降ろし、親米に転じる。韓国以上に親米になる」と言ったと伝えられている。

 しかし、当時、中東問題などが足かせとなってクリントン大統領の訪朝は実現しなかった。訪朝が不発に終わったことについてクリントン大統領は後に自身の回想録「我が人生」(2004年に出版)で当時の状況を次のように回顧していた。

 「当時、私の任期は残り10週間しか残されてなかった。アラファト(パレスチナ解放機構議長)の袖をつかみ、彼の目を見ながら、北朝鮮の長距離ミサイルを中断させるための協定を結ぶために北朝鮮に行かなければならない、と言ったところ、アラファトから、今回で中東和平協定を結ぶことができなければ、5年は無理と、直訴された」

 クリントン氏はその後も講演の場で「(オルブライト訪朝結果を基に)北朝鮮に行けば、(ジュネーブ合意に続き)ミサイル協定も締結できると確信していた」として、「任期中にそれが実現できなかったことが最も悔やまれる」と振り返っていた。

 偵察総局長時代(2009年5月―2015年12月)に起きた韓国哨戒艦撃沈事件や米国へのサイバー攻撃などで米国から「好ましからぬ人物」として制裁対象に指定されている金英哲副委員長は本来ならば米国には入国できないはずだ。南北首脳会談成功のための特例として入国が認められたようだが、トランプ大統領が「制裁対象人物」と面談するにはあまりにもハードルが高すぎる。そもそも北朝鮮の外交官ら要人は国連代表部のあるニューヨーク以外は移動できない。国連駐在の北朝鮮大使らも行動範囲を制限されている。

 それでも、二度訪朝し、金英哲氏と共に首脳会談のお膳立てをしたポンペオ長官曰く「金英哲氏は立派なパートナーである」と認めていることから金正恩委員長の親書を持参しているならば、トランプ大統領も米朝首脳会談の中止を発表した際に首脳会談をやりたければ、電話をするなり、手紙を寄こすなり、直接言ってもらいたいと語っていたことからトランプ大統領が面談する可能性も決してゼロではない。

 要は、金英哲副委員長が持参したその親書の中身だ。もしかすると、18年前に父親が求め、実らなかった悲願である米国大統領の訪朝要請かもしれない。

 金正恩委員長は米国が求める完全で、検証可能で、不可逆的な非核化に応じるにはそれに見合った体制保障の確約が必要であると米国に迫っているようだが、トランプ大統領の訪朝こそが何よりもその確約の証と言えなくもない。

 シンガポールでの米朝首脳会談後の来るべき早い時期、最短で朝鮮戦争休戦協定締結日の7月27日か、ひょっとすると、9月9日の建国70周年式典への出席を打診するかもしれない。

 まずは、「トランプ・金英哲会談」が実現するかどうかを注視したい。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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