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シンガポールは北朝鮮の「モデル国」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮がモデルとするシンガポール

 史上初の米朝首脳会談の会談場所はシンガポールに決まった。第一に平壌、第二に板門店(パンムンジョム)を希望していた北朝鮮が最終的に折れた格好となった。

 朝鮮半島以外ならばシンガポールは外交的に孤立している北朝鮮にとって申し分ない開催地である。

 何よりも、シンガポールとは外交関係がある。北朝鮮は韓国よりも2年早い1968年にシンガポールに通商代表部を設置し、貿易を開始し、翌年には総領事館、そして1975年には大使館を設置している。政治、外交、軍事面でシンガポールが非同盟であるという点に親近感を寄せている。

 また、経済面での付き合いは古く、シンガポールは北朝鮮の上位6番目の貿易国(1,299万ドル=2016年)である。シンガポールが国連決議に基づき制裁措置を取るまでの2016年10月まではノービザによる入国が可能であった。北朝鮮から貿易商社や船舶などが多数進出し、外貨獲得の拠点の一つになっていた。

 しかし、国連の制裁決議により昨年11月から貿易は中断したままだ。シンガポールは北朝鮮出稼ぎ労働者の労働許可も出してない。このため今年3月に北朝鮮外務省代表団がシンガポールを訪れ、貿易再開の糸口を探っていた。

 北朝線からすれば、シンガポールは距離的にもそう遠くはない、平壌からシンガポールまで距離にして4,700km、飛行機で約6時間30分ぐらいのところに位置しており、金正恩委員長の専用機(IL-62M)「大鷹1号」のノンストップ飛行が可能だ。

 シンガポールは治安も安定しており、警備面でもさほど心配はすることもない。秘密保全にも問題はなく、過去に米国や日本、さらには韓国との非公式、秘密接触も度々ここで行われてきた。

 インフラ整備も完璧で、国際会議の経験も豊富である。習近平主席と馬英九総統との史上初の中台首脳会議(2015年)が開かれ、またアジア最大規模のASEAN安全保障会議も開かれている。

 北朝鮮は先代の金正日総書記の時代からシンガポールに多大な関心を寄せていた。シンガポールが建国の父・リー・クアンユー首相当時、一党独裁体制下で目覚ましい経済成長を遂げていたからだ。

 北朝鮮の建国の父・金日成主席は生前「南北が統一すれば、スイスのような国を目指す」と公言していた。米国、中国、ロシア、そして日本の4つの大国に囲まれた朝鮮半島が生きる道は東西どちらの陣営にも付かないスイスのような永世中立国になるのが目標であると言っていた。しかし、二代目の金正日総書記の体制になってからは理想の国がスイスからシンガポールに取って代わった。

 金総書記は国土が719平方キロメートル、人口が561万人の小国ながら貿易によって栄えたシンガポールのような国造りを目指していた。政府与党・人民行動党の一党独裁政治体制下で小国が貿易、交通及び金融の中心地となっているからだ。

 シンガポールは世界第4位の金融センター、外国為替市場及び世界の港湾取扱貨物量で上海と並ぶ世界2大貿易港となり、一人当たりGDP57,713ドル(17年)で9位(日本38,439=25位、韓国29,891=29位)と、6世帯に1世帯が金融資産100万ドル以上を保有していると言われている。

 シンガポール港の特色は全世界の中継コンテナ流通量の15~17%を取り扱うハブ港であることだ。取り扱うコンテナ貨物の8割は、周辺諸国への積み替え貨物だといわれている。それもこれも、シンガポールがアジアと欧州、中東、そしてオーストラリアを結ぶ交通の要衝、東西貿易の拠点となっているからだ。

 活発な貿易に伴い、観光業も成長し、2016年基準で1、291万人に上り、世界観光客ランクで28位)でポルトガル(1,142万人=30位)よりも多い。

 金正日政権(1994-2011年)は当初、クリントン政権との間で核問題が解決すれば、韓国、中国、ロシアとの国境を開放して、経済特区を設け、外国資本を積極的に誘致し、第二のシンガポールを目指していた。しかし、2001年に登場したブッシュ政権が北朝鮮、イランと並んで悪の枢軸と名指ししたイラクを軍事攻撃で崩壊させたことに危機感を抱き、核とミサイル開発を最優先とする「強盛大国」「先軍政治」に路線を転換してしまった。

 東西海に面した北朝鮮も地理的には世界第二位の経済大国・中国と国境を接し、日本海を挟んで世界第三位の日本と面している。また、北方にはロシア、南方に韓国と陸を接しており、日本の後方には世界第一の米国が控えている。地理的にはシンガポール同様に有利な地位に位置している。

 日本海に面した羅先港(水深10メートル)は不凍港である。5つの埠頭があって、1万トンクラスの船舶数十隻が同時停泊可能である。石油専用停泊地には3236mの送油パイプと浮標施設もあり、25万トンクラスの石油タンカーも停泊させることができる。さらに、清津港(物流処理能力が700万トン)もある。埠頭全長は2、138mで、同時に5千トンから1万トンクラスの貨物船を13隻停泊させることが可能である。中国(黄海)側には南浦港がある。

 羅先港だけでも全面使用となれば、2年後の2020年には全体として400万トンのコンテナ物流が発生する。北朝鮮には港使用料だけで国内総生産(GDP)の1.6%にあたる4億3千万ドルが入る。

 父親が果たせなかったシンガポールの道を歩めるかどうかは金正恩委員長の非核化への本気度にかかっていると言えそうだ。

 (参考資料:米朝首脳会談の「会談場所」は米国が、「開催日」は北朝鮮が選択!?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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