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「分かっちゃいるけど止められない」金正恩委員長の喫煙

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
どこに行ってもたばこ欠かせない金正恩委員長

 金正恩委員長が3月5日、韓国特使団と会食した際、特使団団長の鄭義溶大統領府国家安保室長から禁煙を勧められる一幕があったと、朝日新聞が複数の南北関係筋の話として報じていた。

 同紙によると、72歳の鄭氏が息子ほど歳の離れた34歳の正恩氏に「たばこは体に悪いので、お止めになったらどうですか」と勧めたところ、同席していた李雪主夫人が「いつもたばこを止めて欲しいと頼んでいるが、言うことを聞いてくれない」と手を叩いて喜び、正恩氏は笑っていたとのことだ。

 金正恩委員長が名立たる愛煙家であることは周知の事実である。金正日総書記の料理人で知られる藤本健二氏の話では、金正恩委員長は10代半ばから親に隠れて喫煙していたそうだ。従って、喫煙歴は足掛け17年となる。お気に入りは外国のイブ・サンローランと国内産では「7.27」(「7.27」とは朝鮮戦争戦勝記念日の7月27日を指す)という銘柄である。

 祖父の金日成主席も父の金正日総書記も愛煙家であった。金主席は還暦過ぎたあたりからはキューバのカストロ議長に勧められたのか、時たま葉巻のようなものを吸っていた。金総書記は外国製のダンヒルにマルボロを好んで吸っていた。

 金正日総書記の生存の頃のドキュメントフィルムをみると、たばこを手にした場面が頻繁に出てくる。面白いのは、側近が灰皿をもって金正日委員長について回っていたことだ。

 金正日総書記は2001年に訪中した折、中国の幹部に「健康に悪いので禁煙した」と語っていた。当時、北朝鮮のメディアは「喫煙は心臓を打ち抜く銃と同じだ」との金総書記の言葉を紹介し、国民に禁煙を奨励していた。

 しかし、金総書記は2009年に再びたばこをふかし始めた。同年4月14日、平壌の中心を流れる大同江の辺で行われた金日成主席生誕97周年を祝う花火大会を鑑賞した際に金総書記のテーブルの前に灰皿が置かれていたことから判明した。この年の9月にロシアの文化使節団を率いて訪朝し、金総書記と面会した音楽家のパーペル・オフシャンニコフ氏が「米国のマルボロを吸っていた」と証言したことで決定的となった。

 金総書記が長年禁煙していたたばこを復活したことについては「太り過ぎないため」の説と激務による「ストレス軽減のため」の説が交錯していたが、理由はどうであれそれから2年3カ月後に金総書記は父・金日成主席同様に心臓発作を起こして急死してしまった。

 祖父も父もいずれもヘビースモーカーであったが、それでも喫煙の際は場所柄を弁えていた。ところが、ヘビースモーカーのDNAを引き継いだ金正恩委員長の場合、TPOに関係なく、喫煙する。どこに行っても、たばこを離さない。歩きながらでも、また座っていてもテーブルには必ず灰皿が置かれていた。

 最も驚いたのは、2015年2月に元山の愛育院を視察した際、幼児らが集まっている愛育院で右手にたばこをくわえていたことだ。音楽会や舞踏会でも、妊婦の李雪主夫人が隣に座っていても、また元老らの前であろうが、おかまいなしに平気で吸っていた。

 この年の9月3日、モランボン楽団の公演では両脇には黄炳誓人民軍総政治局長(当時)と金基南党政治局員(当時)が座っていたが、黄炳誓局長は76歳、金己男政治局員に至っては87歳だった。当時31歳の若輩の金委員長からすれば、二人は父親、祖父のような存在であった。ところが、場内でたばこを吸っていたのは金委員長一人だけだった。いかに部下とはいえども、長老らの前での喫煙は朝鮮半島の礼儀作法として許されるものではない。結局、金委員長だけは別格として喫煙が許されていたことになる。

 そんなヘビースモーカーの金正恩委員長も一度は禁煙を試みたことがあった。

 一昨年(2016年)の労働新聞(4月24日付)に「たばこが人体に与える影響」との記事が掲載された。記事には金委員長が「革命をやろうとするな、体も健康でなければならない」と言ったと書かれてあった。

 労働新聞にはその後、喫煙が原因による肺癌発生に関する記事が掲載され、平壌を中心に全国各地に禁煙研究所が設立されるなど禁煙を本格的に奨励している事実も判明した。喫煙研究所は喫煙者の相談窓口となっており、喫煙者に対しては世界保健機構(WHO)が認定した禁煙栄養錠剤や禁煙パイポなど禁煙に関する健康製品や喫煙によって発生する疾病を治す医薬品などが補給されていた。

 禁煙キャンペーンは金委員長の許可なく勝手には始められない。ということは、金委員長が自ら音頭を取って禁煙したことになる。実際に金委員長が手にたばこをくわえている写真は2か月以上にわたって配信されなかった。たばこを手にしている姿は2016年3月15日の弾道ロケット大気圏再突入環境模擬試験に立ち会った時が最後でそれ以来、その種の写真は公開されることはなかった。金委員長は5月30日かその前日に行われた中朝バスケットボール親善試合を観戦していたが、テーブルには灰皿が置かれていなかった。

 ところが、3か月もしない6月4日に新たに建設された万景台少年団野営所を視察に訪れた際にはたばこを手にしていた。約80日ぶりの喫煙写真の公開であった。それもよりによって子供らが集う少年団野営所での喫煙であった。

 金委員長は今月1日、平壌で行われた韓国歌手らの公演を夫人と共に鑑賞したが、北朝鮮の映像を細かくチェックすると、実際に吸っていたかどうかわからないが、横のテーブルに灰皿が置かれていた。

 「ハナ肇とクレージーキャッツ」の植木等の爆発的なヒット曲「スーダラ節」の歌詞に「これじゃ身体に いいわきゃないよ分かっちゃいるけど やめられねぇ」とのフレーズがあるが、今の金委員長の心境を表しているのではないだろうか。ストレス発散や肥満防止のため手離せないのだろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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