北朝鮮の「軍師 官兵衛」は誰? 知られざる金正恩委員長の「影の参謀」

党・軍連合会議(2016年2月)で向かって右端が金京玉第一副部長

 「ピンチをチャンスに」ではないが、国連安保理による延べ10回にわたる制裁決議と日米韓及びEU諸国を軸とした外交圧力、そして最大規模の米国の軍事プレッシャーという三重苦に喘いでいた北朝鮮が年明け早々、一気呵成に和平攻勢を掛け、気が付けば、いつの間にか形勢を逆転させ、主導権を手にしてしまった感がある。

 「トランプ対金正恩」のチキンレースによる一触即発の状況を回避するため北朝鮮の平昌五輪参加を熱望する文在寅大統領を五輪参加表明と南北首脳会談提唱で取り込み、さらに文政権を使って非核化をちらつかせることでトランプ政権を手玉に取ろうとする起死回生の秘技はとても経験の浅い34歳の金正恩委員長の一人で成せる業ではない。当然、優れた知略と戦術を兼ね備えた策士、「軍師」がいるはずだ。

 「軍師」と言えば、戦国時代に織田信長に仕え、織田亡き後、毛利輝元など政敵との和平交渉を成功させ、外交で手腕を発揮し、秀吉の天下統一に大きく寄与した黒田官兵衛がいるが、金正恩党委員長にとっての「軍師」はおそらく策士、金京玉党組織指導部第一副部長(総括担当)であろう。

 周知のように北朝鮮は労働党一党独裁の政権である。韓国特使一行が金正恩委員長との面会のため訪れた労働党本部の権力の要は組織指導部である。

 党組織指導部は第1課から2課(中央)、3課(地方)、4課(軍)、5課(護衛司令部)、6課(国家安全保衛部)、7課(人民保安部)8課(司法府)、9課(内閣)、11課(対南工作部署)など延べ38課を管轄している。党・軍首脳及び政府閣僚の人事もすべて党組織指導部が担当する。

 部長が長年空席だった組織指導部は第一副部長が全てを仕切ってきたが、2014年3月までは金京玉(総括担当)、趙延俊(検閲担当)、黄炳誓(軍担当)の「三羽ガラス」が役割分担し、党、軍、国家を動かしてきた。そして、今なお第一副部長の座にとどまっているのは唯一、党本部の元締めでもある金京玉氏のみである。

 3人の中で一番年下の黄炳誓氏(75歳)は2014年4月に人民軍に転出し、軍トップの軍総政治局長に就任し、政治局常務委員や党軍事委員などの要職に就き、大将よりも一階級上の次帥の称号も与えられたが、昨年「規律違反」を理由に処罰され、解任されてしまった。今年2月に職責は不明だが、再び党組織指導部に舞い戻っていたことが確認されているが、順風満帆の経歴に傷が付いたことだけは確かだ。

もう一人の趙延俊第一副部長(81歳)は、初めてその名が知れ渡ったのは2012年4月11日の党代表者会で政治局委員候補に選出されてからで、「張成沢失脚」となった2013年12月8日の政治局拡大会議を仕切ったのが趙第一副部長であった。

 拡大会議では朴奉柱総理や金基南書記(当時)らが次々と演壇に上がって、張成沢氏を糾弾したが、最後に党員資格の剥奪と党からの除名、追放を発表し、国家安全保衛部に連行、逮捕を命じたのが趙第一副部長であった。しかし、その趙第一副部長も昨年10月に開催された党第7期第2次党全員会議での人事で、党組織指導部から離れ、党検閲委員長に移動している。

 唯一不動なのが金京玉第一副部長である。政治局入りしていないこともあって表向きの序列では二人よりも下位だが、実力でははるかに格上である。

 年齢不詳だが、80代前後とみられる金京玉第一副部長は27年前の1991年にはすでに組織担当の党副部長に就いていた。第一副部長に昇進したのは、金正日総書記が2008年に脳卒中で倒れた直後である。

 後継者の金正恩氏が党軍事副委員長としてデビューした2010年9月には金総書記の義弟、張成沢党行政部長や崔龍海党書記と共に党軍事委員に抜擢されている。同時に軍人でもないにもかかわらず金正日の実妹、金慶喜党軽工業部長(当時)や崔龍海氏らと共に大将の階級を与えられていた。金慶喜部長の夫である張成沢氏は同じ日に軍事委員に選出されながら、大将の階級が与えられたのは一年遅れの2011年であったことをみても、金京玉第一副部長への信頼がいかに絶大であったかわかる。

 労働機関紙「労働新聞」によると、金総書記が2011年12月17日に亡くなる直前の10月8日に後継者(金正恩氏)をしっかり支えるよう「遺訓」(遺言)を残していたが、「遺言」には1年内に後継者の金正恩党軍事副委員長を最高指導者の地位に就け、党からは金慶喜、張成沢、崔龍海、そして金京玉の4人が補佐するよう命じられていたと囁かれている。

 政治局常務委員の金永南最高人民会議常任委員長(90歳)や政治局員の楊享變(92)同常任副委員長ら長老を除くと、実力者とされる党幹部や軍幹部らは例外なく金正恩政権下で降格、更迭、異動、粛清、あるいは引退を余儀なくされ、表舞台から消え去っている。

(参考資料:金正恩委員長が解任、更迭しない3人の将軍とは誰?

 最近では2012年4月から反体制の動きを監視、摘発する秘密機関である国家安全保衛部を任され、盤石とみられていた金元弘国家安全保衛部部長(73歳)が粛清され、また、実力者と称される現在序列3位の崔龍海政治局常務委員(68歳)も2014年にたった2年で軍総政治局長を解任され、一時期「革命家教育」(地方で労働しながら再教育を受ける)など冷や飯を食わされた時期があった。

 金正恩委員長の地位確立のため叔父の張成沢国防副委員長をはじめ李英鎬軍総参謀長、玄永哲人民武力相らを処刑し、軍総政治局長を崔龍海から黄炳誓、金正角に替えるよう進言できる影の実力者こそが金京玉党組織指導部第一副部長である。

 めったに表舞台に出てこず、出ても後方か、端の方に座っている金京玉第一副部長こそが金正恩委員長の「影の参謀」と言える。

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。1986年 テレビ、ラジオで評論活動開始。98年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー 。2003年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会会員、日本ペンクラブ会員。著書に「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」(飛鳥新社)「世界が一目置く日本人、残念な日本人」(三笠書房)「大統領を殺す国 韓国」(角川)「金正恩の北朝鮮と日本」(小学館)「北朝鮮100の新常識」(マサダ)「韓国人と上手につきあう法」(ジャパンミックス)など20数冊

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