必殺仕掛人「金英哲(キム・ヨンチョル)」は一体、何者?

対南担当機関の「司令塔」でもある金英哲統一戦線部部長

 韓国及び米国から「危険人物」「好ましからぬ人物」として制裁対象に指定されている北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)党中央委員会副委員長(政治局員)が平昌五輪の閉幕式に出席するため陸路、韓国に入った。

 金英哲副委員長は国連の制裁対象にリストアップされている軍偵察総局の前局長で、現在は対南担当機関として知られる統一戦線部の部長の座にある。韓国ではスパイを送り込み、テロや破壊工作を行う工作機関とみられている偵察局や統一戦線部の長の訪韓に反対する声が野党を中心に高まっているが、北朝鮮との関係改善に意欲を燃やす文在寅政権は内外からの批判や反発を覚悟の上で、金副委員長一行を受け入れたようだ。 

 金英哲氏は1946年生まれの今年72歳の元軍人である。金正日総書記の出身母校である、革命遺児を教育する万景台革命学院を卒業後、16歳で入隊を志願。軍事境界線(DMZ)の民警中隊で4年間勤務した。その後、金日成軍事総合大学で学び、卒業後再び軍に復帰し、軍事停戦委員会の北朝鮮側連絡将校(少佐)となったが、折しも元山沖で1968年1月23日、米海軍の情報収集艦「プエブロ号」(乗組員83名)が北朝鮮の警備艇に拿捕される一大事件が発生した。

 公海上を航行していたと主張する米国は「プエブロ号」を引き渡さなければ、艦砲射撃も辞さないと空母「エンタープライズ」を動員し、海上封鎖に出たが、北朝鮮は領海侵犯を認めなければ釈放しないと譲らず、一触即発の状態が続いた。結局、米国が折れ、最終的にはスパイ活動を認める謝罪文書に調印し、乗組員らは釈放された。「プエブロ号」は現在も北朝鮮の戦利品として平壌市内の大同江に展示され、同国の反米教育や観光スポットとして利用されている。

 この件での功労で金英哲氏はとんとん拍子に出世し、43歳で少将となり、北朝鮮が1990年に盧泰愚政権を相手に行った南北総理会談のための南北高位級会談予備交渉では北朝鮮側の代表を務めた。また、1992年には3月から8月まで南北高位級会談軍事分科委員会の北朝鮮側の委員長の座にあった。

 実務交渉能力が長けており、金大中大統領が2000年6月に訪朝し、南北史上初めて実現した南北首脳会談では南北高位級会談儀典警護実務者接触首席代表、2007年の盧武鉉大統領が訪朝(10月)しての2度目の首脳会談後に開かれた南北国防長官級会談には代表として臨んでいる。

 先代の金正日政権の金英哲氏への信頼は厚く、2009年5月には軍総参謀部偵察総局の局長に任命されている。偵察総局は日本人拉致を担当した労働党の工作機関である党調査部(35号室)と大韓航空機爆破事件を引き起こした党作戦部及び平昌五輪会場がある江陵沖に潜水艦を浸透させ、ゲリラを送り込んだ人民軍偵察局を一本化した工作・情報機関である。

 金英哲氏が韓国で強硬派とみなされたのは偵察局長に就任した翌年の2010年3月に韓国哨戒艦(天安艦)撃沈事件(46人乗務員死亡)と11月に北朝鮮海岸砲による延坪島砲撃事件が相次いで発生したことに伴う。

 時の李明博政権は「天安艦撃沈事件」を「9.11テロ事件」と同等に捉え、断固対処する方針を示したが、南北首脳会談の可能性を探っていた李大統領は当初は、与党議員との会食の場で「証拠もなく、一方的に推測するのはよくない。 私は船を造ったことがあるから知っているが、波で折れることも、高波から急落下して簡単に壊れることもある。事故の可能性もある」と北朝鮮を刺激しまいとの発言に終始していた。

 このため野党のパク・ソンヨン議員(自由先進党)などから「政府は南北首脳会談のため真実を隠蔽、縮小しようとしている」「軍当局は北の犯行とみなしているのに青瓦台は事件初日から『北朝鮮との関係ははっきりしない』と北朝鮮の可能性を徹底的に遮断している」と攻撃される始末だった。

 当時情報機関のトップである元世勲国家情報院院長は国会情報委員会(4月6日)に出席し、「仮に北朝鮮がやったなら、偵察総局がやったかもしれない」と述べたものの、事件の首謀者を特定することはなかった。しかし、4日後の10日に韓国紙「セゲイルボ(世界日報)」が「人民軍偵察総局の犯行か?」の見出しを掲げた記事で「偵察総局長は人民軍上将の金英哲。海軍が遂行した軍事作戦ではなく、偵察局の犯行である。作戦は南浦海岸の下に位置するピパコッ潜水艦基地。金上将は第3次海戦後の昨年11月13日、韓国側に通知文を贈り、無慈悲な軍事報復を示唆していた」と伝えていた。

 金英哲氏は金正恩政権下でも出世街道を歩み、2012年には大将に昇進し、人民軍副総参謀長も兼ねるようになった。韓国の朴槿恵政権下の2013年に北朝鮮が3度目の核実験を行ったことに反発し、北朝鮮に対して独自制裁に踏み切るや、北朝鮮は対抗措置として開城工業団地の工場を一方的に閉鎖する措置を取ったが、これを主導したのも金英哲氏であった。

 また、偵察総局にはサイバーテロ、ハッカーを担当する部署があるが、2009年から米国のホワイトハウス、財務省、韓国の青瓦台(大統領府)、国会をはじめ、金融機関や放送局などの電子網が攻撃を受け、2014年には金正恩委員長の暗殺を題材にした映画「ザ・インタビュー」を製作した米ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)にハッカー攻撃が仕掛けられたが、韓国ではこれを首謀したのも金英哲氏とみている。

 金正日から金正恩政権と二代にわたって順風満帆だった金英哲氏だが、一時大将から上将に降格していた時期もあった。降格は2015年4月に判明したが、4か月後には大将に復帰し、平壌駐在外交官を召集し、朝鮮半島情勢についてレクチャーしていた。

 金英哲氏は2015年12月に交通事故死した金養建氏の後任として対南担当書記兼統一戦線部部長に就任している。政治局員、党軍事委員、党中央委員会副委員長、党統一戦線部部長の4つの党の肩書を持つ金英哲氏は党序列では15位にランクされている。

 野党が「極悪非道人」と非難している人物を国内の反対を押し切って受け入れただけに文在寅政権は金正恩政権からのそれなりの「土産」を期待しているものと思われるが、果たして金英哲氏のカバンの中に待望するものが入っているのだろうか?

 また、金英哲一行には対米担当者や通訳も含まれているとのことだが、すでに韓国入りしているトランプ大統領の愛娘、イバンカ大統領補佐官一行との接触が文大統領のお膳立てで果たして実現するのだろうか?

 文大統領ならずとも、世界が注目するところである。

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

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