哀れ、金正男! 知られざる「海外逃避行」

殺害された金正男氏

最大の庇護者である父・金正日総書記死去(2011年12月17日)以後、長男である金正男氏の動静が注目されていたが、ここ数年間はほとんど目撃されることはなかった。

父親生存中の2011年までは日本人ジャーナリストのインタビューには快く応じていたが、2011年5月に東京新聞の五味洋治記者と会ったのが最後だ。(但し、五味記者とはこの年の12月までメールでの交信はあった)

翌2012年4月にシンガポールのホテルで韓国人実業家によって目撃され、2か月後の6月には韓国の日刊紙「文化日報」(6月26日付)が「正男は弟の正恩が執権して以後、身の危険を感じ、世界各地を転々としている」と報じていた。

仮に身の危険を感じているなら、平壌に帰国する筈はないのに不思議なことに翌日の日刊紙「東亜日報」(6月27日付)は「正男は5月に一時帰国した」と正反対のことを報じていた。「東亜日報」は「正男は身辺に危険があるのではなく、むしろ北朝鮮の指示で、(外国からの)投資誘致などの任務を実行しているのではないか」と、「文化日報」とは異なる解釈だった。

「東亜日報」は正男氏が「この年の初めにプーチン大統領の地元、サンクトペテルブルクやシンガポールに姿を現した」と伝えていた。同紙は「ロシアが最近、北朝鮮の対露債務を削減したこともシンガポールが北朝鮮のテクノクラートを呼び、市場経済の勉強をさせていることにも正男氏が何からの役割を担ったのではないか」と憶測していた。ちなみにロシアには正男氏の実母、孫ヘリムの墓がある。

北朝鮮のためビジネスをしているのか、それとも逃避、潜伏しているのか、正男氏については韓国では二つの見方に分かれていたが、3か月後に今度は日刊紙「朝鮮日報」(2012年9月27日付)が北朝鮮の国家安全保衛部の工作員(A氏)が「保衛部から金正男を探し出して,暗殺しろ」との命令を2010年7月から受けていたとの記事を掲載した。暗殺指令を受けたが失敗し、この工作員は北朝鮮に宣伝ビラを撒いている脱北団体に接近しろとの次の指令を受け、脱北者を装ってこの年(2012年)の6月に韓国に侵入したとのことだ。「朝鮮日報」もまた、正男氏が追われ、狙われているとの説だった。

正男氏の消息が公式に確認されたのは、2012年12月18日で、場所はマレーシアであった。韓国の文化放送(MBC)のバンコク特派員がマレーシアのクララルンプールのホテルのロビーで5分という短い時間であったものの正男氏との接触に成功していた。当時マレーシアの北朝鮮大使は、叔父の張成沢労働党行政部長兼国防副委員長の甥、張勇鉄であった。

後見人であった叔父の張成沢国防副委員長が2013年12月に粛清、処刑されたことから俄かに正男氏の動静が注目されたが、年が明けた2014年1月にも「マレーシアの韓国料理店に姿を現した」と「中央日報」(2014年1月21日付)が報じていた。

正男氏が最後に目撃されたのは、フランスのパリで、時期は8か月後の2014年9月。現地時間の9月29日午前8時にパリのシャンゼリゼ通りに面したホテルに黒いジャンパーに青のズボン姿の正男は女性と現れ、朝食を取っていたところ「東亜日報」の記者に目撃され、突撃インタビューを受けている。

インタビューでは異母弟の正恩委員長の指導ぶりについて「よくわからない」、亡命説については「絶対に言えない」と答え、同伴者については「家族でもあり、友人でもある。個人のプライバシーについて聞かないでもらいたい」と答えていた。

フランスにいたのは、息子のハンソル君が留学していたからだ。ハンソル君は2011年10月にマカオを離れ、ボスニアに留学し、パリ政治学院に留学していた。ちなみに正男氏は幼年時代にジュネーブ国際学校に留学し、フランス語に堪能だ。またフランスには1996年にフランスに亡命した叔母と従兄弟(李南玉)も滞在している。フランスは北朝鮮と国交がないので、安全地帯としてフランスで亡命生活をしていたのではとの見方もあった。

正男氏については2012年11月頃からシンガポールなど第3国への亡命説だけでなく驚いたことに韓国への亡命説さえ流れていたが、国家情報機関である「国情院」の元世勲院長(当時)はいずれも否定していた。しかし、叔父の張成沢氏に続き、親類の張勇鉄氏までが2014年1月に帰国した後、消息を絶ったことから身の危険を感じていたようだ。

北朝鮮が2010年10月10日に党代表者会を44年ぶりに開き、三男の正恩氏を後継者に決め、かつ党創建65周年の記念式典に華やかにお披露目させたまさにその日に「私は3代世襲に反対する」と問題発言をしていたことから命を狙われていたのかもしれない。

本国召還に応しなったからなのか、あるいあ韓国や米国への亡命を恐れたからなのか、それとも、父親の海外資産を管理していた金庫の鍵を渡さなかったからなのか、仮に北朝鮮の犯行だとした場合、その動機が最大の謎だ。

父親の正日総書記は「あの子(正男氏)は悪い人間ではない。ちゃんと面倒をみてあげるように」と妹の金慶淑に遺言を残していたと言われていたが、父亡き後、また最大の後見人だった叔父も処刑され、叔母までも実質的に失脚し、隠遁生活を強いられた時点で正男氏の「命運」が決まっていたようだ。何とも、哀れ極まりない。

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

有料ニュースの定期購読

「辺真一のマル秘レポート」サンプル記事
月額540円(初月無料)
月3、4回程度
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌ではなかなか語ることのできない日本を取り巻く国際情勢、特に日中、日露、日韓、日朝関係を軸とするアジア情勢、さらには朝鮮半島の動向に関する知られざる情報を提供し、かつ日本の安全、平和の観点から論じます。

Facebookコメント

表示

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。

世界を発見する、想いを伝える

Yahoo!ニュース個人編集部ピックアップ