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黒崎愛海さん行方不明事件公判9日目「著しい共感力の欠如」と散々だった精神鑑定、そして終身刑求刑へ

プラド夏樹パリ在住ライター
公判9日目の様子を報道するテレビ局France3のサイト 筆者撮影

4月8日、黒崎愛海さん行方不明事件の公判9日目は精神鑑定の結果が、精神科医と心理士によって発表された。そして11日(月曜日)、各メディアが予想していたように終身刑が求刑された。12日(火曜日)に6人の陪審員と3人の裁判官が合議して言い渡される模様だ。

「僕はカリスマ性がある」と自己評価

8日、最初に鑑定を発表したのは2020年7月にブザンソンの拘置所で被告を診断したカンテリノ医師だった。

「被告は簡単な質問に対して回りくどい回答をし、相手を狼狽させる傾向がある。また他人を操ろうとするところがあるが精神疾病ではないし、既往歴もない」とした。知的レベルは平均以上、刑法上の責任能力はあると判断した。

次は心理士のカヴィニョ氏でこちらは、2020年の11月に7時間、被告を鑑定した結果を発表した。

同氏は、「拘置所に収容されているのにもかかわらず、特にストレスを感じている様子はなかった。話は信憑性に欠け、回りくどく、抽象的な言い回しをするので、診察にも時間がかかりました」と、被告に対する第一印象について語った。

さらに、被告の自己愛的な傾向の原因は父親にあると指摘した。「父親が被告に大きな期待をかけており、『パパは僕の大ファンなんだ』」と言ったという。さらに、自己愛的な傾向が非常に強く、「カリスマ性がある」と自己評価しているとも。

黒崎愛海さんとの関係については、被告は「一目惚れだったが、彼女は未熟で、カップルとは何かを理解せず、毎日の生活の中で、僕に対する敬意に欠け、真面目に二人の関係に取り組んでいなかった。それなのに、『外国人のカッコイイ恋人がいるのよ』と周囲に自慢していた」と語ったという。

下の画像は、「愛海さんが2人の関係に真面目に取り組んでいない」と考えた被告が愛海さんに送りつけた最後通牒ビデオで、悪い言葉を使わない、意地悪をしないなど5条件を守らなければ別れると脅迫したものだ。(公判3日目に関する筆者の記事を参照)

続いて心理士は、被告の性格について「おしゃべりで表面的な魅力があるが、共感力に欠け、愛情が希薄。常に相手に対して権力を握ろうと戦略を練る支配的な性格」と鑑定した。

自己愛が強く、感情が希薄

そして、裁判長が「被告は、『愛海さんとブザンソンで再会した時に泣いた』と供述していますがどうでしょう?」と質問すると、「被告は私に対しては、そのことについてあまり語りませんでした」と答えた。「彼は一般的な事柄に関しても、自分の感情のついてあまり語らない人で、感情が希薄なタイプです。でも、自己愛が強いので、弱い立場に追い込まれてコントロールを失うことに対して過剰に反応し、感情が爆発することもあり得ると思います。また、彼のように共感力に欠ける人でも、感情を吐露するフリをしたり、あるいは反対にやりすぎたり、演出することもあり得ますから」と説明した。

裁判長が「被告は、愛海さんには彼に対する敬意が足りない、Facebookのアカウントから男性を友達リストから外せと言っていますが、どう思われますか?」と質問する。これに対して、心理士は、「もちろん嫉妬心でしょうが、彼女が他の男性と恋するのがイヤというよりは、彼女から『他の男性の方が優れている』と価値判断されること、つまり比較されることを恐れていたのでしょう」と。

次いで、シュヴェールドルフェール弁護士が「被告は、最後に二人が会った夜に愛海さんと情熱的なセックスをしたと主張しています。しかし、シーツに精液の痕跡は残っていないし、被告は『コンドームはトイレに流した、コンドームの袋は愛海さんの部屋のゴミ箱に入れずに自分で持ち帰った』と主張しています。彼女に拒絶されて、カッとなったのではないでしょうか?」と仮説を述べる。それに対して、心理士「こういうタイプの人にとって、女性から拒絶されることは耐えがたいことでしょうね」と答える。

上の画像は、終身刑求刑を聞いてもビクともしなかったセペダ被告。

自白しないのは、真実を知るのは自分だけと感じるためか?

続いて同弁護士は、「ここまで状況証拠が出ていても、被告が自白しないのは、自分だけが真実を知っていると感じることの快楽、そしてすべては自分次第と感じることで自分の権力を確認したいからでしょうか?」と聞くが、同心理士は、「推定無罪の原則があるのでそこまでは、私には申し上げられません」と慎重に答えた。

被告の支配的な性格が列挙されることに耐えられないのか、第一列に座っている被告の父親はイライラするそぶりを見せる。腕を振り回しながら法廷から退出。

次は、被告の代理人ラフォン弁護士が質問した。「共感力の欠如とおっしゃいますが、何が原因なのでしょう?」と。同心理士は、「子供の時のトラウマでしょうか?また、被告の出身はラテンアメリカの富裕層ですが、そういった環境も関係しているかもしれません。彼らは、容易に感情の吐露をしないからです。明らかに、彼は、私たち普通の人間の感情を持たず、ものの捉え方も異なっています。鑑定の最中に、私自身、『この人は、別の惑星から来た人かしら』と思ったことがあります。普通に、自然に会話ができないなどと言ったことからも言えますが」。

各メディアが終身刑を予想

最後に、裁判長が、被告に拘置所での生活について質問する。彼は、拘置所内でここ一年、サイコセラピーを受けていると言い、「日常生活は難しい状況です。日に23時間、たった7平方メートルの独房で過ごすこともあり、時にはまったく外の空気にあたらずに24時間過ごします。父親と数回面会しただけで、誰とも会っていない、だから人に心を開いて話すことが難しくなってしまいました」と語った。

閉廷後、黒崎さん家族の代理人であるガレー弁護士がインタビューに応えた。「お母さんと妹さんは、きっと遺体の場所を突き止めることができるだろうという思いでこの裁判に臨んだため、被告が自白しなかったことにひどく絶望しています」と語った。「では、この裁判は失敗だったのでしょうか?」と質問され、「自白に導くことができなかったという点では失敗。でも、黒崎さん家族が法廷で充分に意見陳述できたことは、ある意味、この5年間の努力の一つの結果と言ってもいいでしょう」と、残念そうに答えた。

また、同じく、法廷後のインタビューで、シュヴェールドルフェール弁護士は、「厳しい求刑になるだろう」と予告した。「鑑定人は被告には暴力的な事件を起こした履歴がないと言いましたが」という質問に対して、「カップル間での殺人事件の場合、暴力的な事件の履歴を持たない人が殺してしまうというのはあり得ることです」と。

情熱ゆえの殺人から支配欲ゆえの殺人へと解釈が進歩

また、以前は情熱ゆえの殺人と、いささかロマンチックに考えられていたカップル間での殺人事件が、現在は、支配欲ゆえの殺人と考えられるようになったことについても言及した。

被告代理人のラフォン弁護士は、サルコジ元大統領や有名人のセクハラ事件を担当することで有名なため、これまであまりインタビューに応じない人であったが、今回はコメントをした。「これまでに何度も重罪裁判所で弁護しましたが、これほど辛く、動転した裁判はありませんでした。彼は最初から最後まで、5年間、自分は無罪と主張しました。その点では一貫性があり、これが、彼が定めた弁護の方向性です。何が起きたか、それはミステリーのままですね」と、事件の明らかな解明には至らなかったことを認めた。

月曜日は論告、求刑が行われたが、次の3点が重要視された。

1.被告は意図的に愛海さんを殺したか?

2. 殺人は計画的だったか?

3. 「被告は愛海さんの元パートナーだった」と位置付けるか?

メディアは、「もし、被告は愛海さんの元パートナーであったと位置付けられた場合は刑が加重されるので、犯行が、計画的なものであったかどうかにかかわらず、終身刑が求刑されるだろう」と報道した。そして、4月11日、予想通り、終身刑が求刑された。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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