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黒崎愛海さん行方不明事件公判7日目と8日目 お母さんの証言を拍手で受けとめた傍聴席。自白はあるか?

プラド夏樹パリ在住ライター
ル・モンド紙4月8日版 筆者撮影

被告が「愛海は海が大好きだった」と過去形で話したことに驚いた従兄弟

4月6日は、黒崎愛海さん行方不明事件の公判7日目だった。上記は、当日、黒崎さん家族が代理人であるガレー弁護士と手をつないで入廷する様子だ。

この日、裁判長はセペダ被告の従兄弟、ホアン・フェリペ氏がした重要な供述について言及した。被告は、フランスで愛海さんと過ごした後に、当時、スペインのバルセロナに暮らしていた同氏宅に泊まった。彼は、現在チリに帰国しており、ビデオリンク方式での法廷証言を拒否した。

しかし、仏警察に対して彼が応じた供述によると、被告は、医師であるフェリペ氏に「首吊りした人がいたらどうすればいいのか?」、「どうして首吊りをすると人は死ぬのか?」、「首吊りと、首を切るのとどちらが早く死ねるか?」などの質問をしたという。また、ある時、被告が「愛海は海が大好きだった」と過去形で話したことに、同氏はハッとしたという。その後、2016年12月末に、同氏が被告と電話で話した時に、被告は「容疑者引き渡しについて、チリとフランスは条約を結んでいない」、「無罪になるだけの十分な証拠がある。家族の支持もあるから、安心だ」と話していたということだった。

4人で暮らす女性だけの家族の中に入り込んだ最初の男だった

午後は、黒崎さんのお母さんと妹さんが意見陳述し、その様子が多くのフランスのメディアに報じられた。

全国紙ル・モンド紙は『セペダ裁判、世界共通の母親の苦悩』、『セペダ裁判、一人の母と3時間半の苦悩の言葉』、また、首都近郊の日刊紙パリジャン紙は『愛海殺人事件:「この最低の嘘つき男」と被害者の母が容疑者に投げつけた言葉』、ブザンソン近郊の地方紙L’Est républicain紙は『「この男を殺してやりたい!」、心を揺さぶられる愛海さんの母の叫び』、全国紙フィガロ紙は『ニコラ・セペダ裁判:黒崎愛海さんの母の怒りと苦悩』というタイトルで報じた。

ル ・モンド紙4月7日版の抜粋を下記に訳してみる。(黒崎さんのお母さんと妹さんは日本語で証言し、それを法廷通訳が仏語にし仏メデイアが報道した記事を、私が再度日本語にするので、原文とは表現の違いがあることをご了承ください)

黒崎さんのお母さんは、愛海さんの子どもの頃の様子から高校時代に仏語を第二外国語として選択、「フランスへ行くことを夢見ていた」と話す。また、離婚していたお母さんの経済的な負担を軽減するために、私立ではなく筑波大学を選び、アルバイトをして大学に通ったとも。そしてセペダ被告と2014年に出逢ったことについて、「同じ大学の経済学部の学生だった被告は、4人で暮らす女性だけの家族の中に入り込んだ最初の男だった」と明かした。

愛海さんは奨学金を得て2016年9月にフランスに渡るが、数日後、家族にメッセージを送る。「ニコ(被告のこと)が執拗にどこに行ったか、誰と友達になったかと聞くの。私のことを嘘つき呼ばわりして、フランス人の男とは付き合うなと言う」、「私にはもうニコのことを自分が愛しているのかどうかわからない。ニコは私のことを愛しすぎる。山のようなメッセージを送ってくるのでかわいそうだなと思うだけ」と。

そして9月末に「今度こそ、本当にニコとは別れました。しつこくてうるさかったわ」、そして次のメールに「ニコは別れに絶望して頭がおかしくなったみたい。フランスに来ると言ったから、やめてと言っておいたけど」とあったという。

お母さんは心配し始める。12月4日の朝、愛海さんはお母さんにメッセージを送る。「お母さん、学生寮の周りの道が凍っているよ」。お母さんは「暖かい服と手袋持っているの?」と聞き、彼女は「大丈夫、持っている」と。それが最後のメッセージだったという。

「世界共通の母親の悲しみを共有するのに、通訳はいらない」

その後、愛海さんが行方不明になってから、お母さんは、セペダ被告に彼女の行方を尋ねるメッセージを送るが、返事はなかったという。「彼は一度も私に連絡しなかった。これが日本とチリの文化の違いで説明できますか?私は何度も自殺しようとしました。壁を頭に打ち付けて、走っている車から飛び降りて。でも、私には育てるべき他の2人の娘がいるのです!」

ル・モンド紙は「それはもう言葉ではなく、苦悩の叫びだった。法廷は転覆する船のように揺れた。世界共通の母親の悲しみを共有するのに、通訳はいらない」と表現している。

黒崎さんのお母さんは、「世界中のすべての若い女性のために、この怪物を自由にしておいてはいけないのです。私は、地上のすべての女性を守るために、命を賭けます」と言った後で、今度は1m後ろのセペダ被告の両親に向かって言った。「公判の初日から、彼らは毎日、私の目の前で息子と抱き合っている。息子には良い教育を与えたとおっしゃいましたね。でも、親の義務は子どもを助けることだけではないはずです。過ちを犯したら正しい道を示すこと、真実を真正面から見つめることを教えることも、親の義務です」と毅然とした態度も見せた。

L’Est républicain紙は、最後の部分についてこう伝える。

「通訳はもはや自分の感情を抑制できず、涙声になっている。黒崎さんのお母さんは、最後に、涙ながらに『どうぞみなさん、愛海がここで、この国で生きていたことを忘れないでください』と言って、陪審員と裁判官に謝辞を述べた。くるみさんが迎えにきて、座席に戻るお母さんを支えた。シーンとした法廷内の傍聴席から拍手が湧き上がった。本来ならば禁止されている事だが、裁判長は止めようとしなかった。黒崎さんは、赤ちゃんを抱きしめるように、愛海さんの写真を、しっかり、何度も何度も抱きしめた」

「私は被告の冷酷さ、残酷さを実感しました」

続いて愛海さんの妹であるくるみさんの証言台に進んだ

「私たち家族3人は、全員、自殺を考えました」、「姉を殺した犯人を見るのが恐ろしく、裁判に来るのは怖かった。でも、私は真実が知りたいのです。この裁判で、私は被告の冷酷さ、残酷さを実感しました。被告は、毎日、愛海のことを考えていると言いました。でも、法廷で彼女の写真を見ても、彼は顔色一つ変えなかったではないですか」と。そして最後の力を振り絞って、「私が望むのは、姉を見つけて喪に服したい、それだけです。どこにいるのですか!」と。そして、被告の両親に向かって、「もし、セペダ被告のご両親が息子を本当に愛しているならば、自白するように言うべきです」と言って証言を終えた。

ところが、被告の反応といえば

「なんと言っていいかわかりません。お母さんと妹さんの証言を聞いて、大変感動しました。お慰めするためにいったいどうしたらいいのでしょう」だけだったのである………。

閉廷後、黒崎さん家族の代理人であるガレー弁護士は、「何を言っても、被告は大理石のように無感動で平然としている。その態度は恥知らずと言っても良いほど。『黒崎さん家族を慰めるために何かをしたい』などと、のうのうと言うこと自体が、暴力そのものだと感じました」とコメントした。また、試練だったに違いない今日の公判後の黒崎さん家族の様子については、「彼女たちは、閉廷後に、傍聴人及び関係者から温かい言葉をかけられ、少々戸惑っているようです。これほど、みなさんが共感してくれるとは思っていなかったようです」と。黒崎さんの家族は、励ましの声をかけてくれた傍聴人の人々に折り紙の鶴を贈っているという。下記は

L’Est républicain紙のジャーナリストのTwitterだ。

翌日、4月7日(木曜日)、公判8日目最後の被告尋問。自白の最後のチャンス

前日、黒崎さん家族の真摯な、心を打たれる証言が報道されて以来、フランスではこの裁判に関する市民の注目がこれまで以上に高まり、傍聴人の数がぐっと増えているようだ。

前日、黒崎さんのお母さんと妹さんの悲痛な証言を聞いた後、法廷は一丸となって、セペダ被告を自白に導こうと努めた。今日が、被告尋問の最後の機会だからだ。

黒崎さん家族の代理人であるガレー弁護士は「もしあなたが、黒崎さんの家族の苦痛を少しでも和らげたいと思うならば、自白するのは今しかありませんよ」と、黒崎さんが渡仏して以降の恋人、私訴原告の一人であるアルチュール・デル・ピッコロ氏の代理人であるシュヴェールドルフェール弁護士は、「あなたは愛海さんを殺害したと疑われているのです。あなたには別の仮説があるのですか?」と、また、検察官は、「嘘つきがあそこにいる!」、「あなたは、法廷をナメている。愛海さんの遺体は一体、どこなんですか?」と厳しく詰問した

全国紙ル・モンド紙4月9日版はこの最後の緊迫したシーンを下記のように伝えた。

そして、最後に、とうとう被告代理人のラフォン弁護士が立ち上がった。

あくまで中立した立場を貫くことを強調するかのように、距離をおいて被告に向かい合い、落ち着いた声で質問を始めた。

「あなたが最後に愛海さんと一緒に過ごした29時間の間に、口論になった、そして最悪の結果になったというようなことはありましたか?」と。法廷は息を呑んだ。

被告は、少し言い澱みながら「いいえ、いいえ、そんなことはありません、私は愛海をよく知っているので、あなたがほのめかすようなことが起きはしませんでした」

ラフォン弁護士の声がキツくなる。「ほのめかしているのではありません!質問しているのです。ということは、今日も、これまでと同じことを主張するのですね?」

被告は、迷い子になったかのような子どもっぽい視線を自分の弁護士に投げかけ、「ちょっと、何をおっしゃっているのか……」と。しかし、同弁護士は、「質問はこれで終わりです」とピシャリと言い、重々しく、「最後に何か言いたいことはありますか?」と聞いた。

被告は、「私にいろんなことを責めることもできるでしょう。私は完璧な人間ではないのです。でも、愛海を殺していません」と言って泣き出した。

同弁護士はびくともせずに、黙ったまま被告を冷たく凝視する。被告は、突然、マイクに向かって「殺してないー!殺してないんだー!」と絶叫し始め、腕を振り回し、身体をよじり、痙攣し、そして叫び続け、被告席に蹲った。

遺体がないからといって殺人がなかったわけではない

2週間かけた裁判だったが、被告からは、部分的な自白ですら引き出すことができなかった。わずかに自分の嫉妬心について少々認めただけだった。閉廷後、シュヴェールドルフェール弁護士はインタビューに応えて、次のように言った。

「セペダ被告は、うまくいけば不起訴になってチリに帰国し、二度とフランスに引き渡されない、でも自白すれば再審はないだろうと考えて、否認を続けているのでしょう。『一か八か』という戦略を選んだというところでしょう。遺体がなければ不起訴になるに違いないというポジションに立って裁判に臨んでいるんですよ。でも、遺体がないからといって殺人がなかったわけではないんです。もちろんそうした戦略を選ぶ事は彼の自由であり権利です。どっちにしろ、彼は戦略しか、計算しかしていない。自分がどう逃げ切るかしか考えていない人間でしょう。黒崎さんの家族の気持ちなんて考えていませんよ。でも、こっちは、彼の戦略を浮き彫りにして、反対を唱え、分析する権利があるんです」

明日、金曜日は、精神鑑定の結果が発表され、口頭弁論、求刑は4月11日月曜日の予定だ。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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