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2日に一人の割合で女性が配偶者に殺される国フランス

プラド夏樹パリ在住ライター
フランスでは今年になってから138人の女性が配偶者に殺害された。(写真:アフロ)

フランスでは2日に約一人の割合で女性が配偶者(現パートナー、あるいは元パートナーも含む)に殺されている。今年になってからのその数はなんと138人。昨年より上回っている。

いったいなぜ?

今年1月、アンドル・エ・ロワール県のMさんは、夫と別れ、引越しをした。しかし、夫はMさんの新しい住居を突き止め、自分も同じ建物内のアパートに入居しつきまとう。道ですれ違いざまに携帯電話を奪おうとしたり、家に入り込もうとしたり……。また、エンジニアである彼はMさんのメールボックスをハッキングし、3月、耐えきれなくなったMさんはこれら一連のストーカー行為を警察に届けにいくが、「恋愛問題は警察の管轄ではないので」と言われ受理されなかった。翌日、Mさんの父親が様子を見にいくと、Mさんは殺されており、夫は自宅でガス自殺していた。

上記の例でよくわかるように、配偶者間殺害の件数が減少しない理由の第一は、被害者が警察に届けに出向いても「恋愛に警察は介入しないんですよ。仲直りしてくださいよ」と痴情沙汰扱いされたり、あるいは加害者の逮捕までに数ヶ月かかったりするといった、明らかな警察側の対応の不備がある。そのため、被害者の側も「警察に届けたって何も変わりはしない」といった諦めムードだ。法務省が2015年から2016年にかけての配偶者間での殺害事件のうち88件を分析した結果を発表したところ、被害者の22%は、以前から暴力を振るわれていたにもかかわらず警察に届け出ておらず、41%がすでに加害者の暴力を警察に届け出ていたのにもかかわらず充分な保護を受けていなかった。そして、警察が被害者の届け出を受理しても、現状では80%の届け出が証拠不十分などの理由で不起訴に終わっている。

第二の理由は、長い間、女性が配偶者に殺されることが「情熱的な愛情ゆえの殺人」として捉えられ情状酌量の対象(注1)となっていたことがある。「女性がその性別ゆえに殺されるフェミニサイド(注2)」として受けとめられていなかったのだ。1975年に録画された街頭インタビューでは、「女性に対する暴力についてどう思いますか?」という質問に対して、男性たちが「殴られるのが好きな女性もいるし」、「家庭のいざこざですよ、そんなことたまにはありますよ」と答えている。要は大したことではなかったのである。

(注1)1975年まで、刑法324条によって、夫が自宅で不倫をしていた妻を殺した場合は情状酌量の余地があるとされた。

(注2)フェミニサイド:男性による女性の性別を理由にした殺人。メキシコのシウダ・フアレス市で数百人の女性が殺害されたことから1990年代から中南米で意識されるようになった。フランスでは2015年から辞書に記載され、メディア上で多く使用されるようになった言葉。

上記のような事態に取り組むために、政府は、この9月から、関係者、被害者を一堂に集めてDV防止協議会を行っていた。11月25日に、今後の対策が発表されたので、そのうち、画期的なものについて記してみたい。

加害者の更生プログラム強化

「なぜ男ばかり責められるのか?」と思う読者もいるかもしれないが、少なくともフランスに限って言えば、まず、85%の加害者が男性で83%の被害者が女性。

そして50%の加害者が過去の判決の3年以内に再犯を繰り返している。つまり、従来の週に一回通う程度の加害者更生プログラムが効果的ではなかったということだ。

また、起訴されても、裁判に行き着くまでに平均17ヶ月かかる。その17ヶ月間の間、加害者は多くの場合、自由の身で脅迫や暴力を繰り返すケースが多い。また、いったいなんだって被害者の方が家を出てDVシェルターに避難しなければならないのか?という声も多い。

そこで、政府は、来年からDV加害者(男性対象)更生センターを、各県につき2軒、国全体で約200軒設立すると発表した。加害者は裁判を受けるまでの間、拘置所に行く代わりにこの更生センターで心理面での治療に取り組むことを選択できる。規定の時間に寝起きをし、治療プログラムを受け、洗濯、料理、後片付けは自分たちで行う。拘置所とは違って自由に出入りできる開かれたスペースであることが特徴だ。

そのモデルとなったのは、アラス市に2008年に設立された更生センター、Le Home des Rosatiだ。当時はフランスで初めての試みだった。男性たちは3週間から数ヶ月滞在する。通常、DVの再犯率は50%と高いが、これまでにLe Home des Rosatiに滞在した500人のうち、再犯を犯したのはわずか5%と低い。

そのほか、被害者を保護するために、最初のDV被害届け出があった時点で、加害者が銃を所持している場合は(フランスでは、狩猟目的での所持はライセンスがあれば許可されている)警察が没収する。また、接近禁止命令が出た場合は、GPSを利用して、被害者にある距離以上近づくと加害者のブレスレットが鳴る仕組みになっている電子ブレスレットをつけることが提案されているが、こちらは今のところ本人の意志次第、義務ではない。

事件後に残された子どもたち

ところで、配偶者間の殺害で一番、ダメージを受けるのは子どもたちである。

今回の協議会では、配偶者殺害を犯した親に対して、子どもは扶養義務を持たない方向に法制改革が進められることが決まった。2018年末に、父親に母親を殺されたFさん(21歳)は、「妹はまだ15歳だというのに、父が母を殺害し、私たち一家は破滅した。それなのに、父の老後は、老人ホームの費用を私たちが払わなくてはいけないのは我慢ならない」と言っている。

また、残された子どもたちへの心理的サポートも少なすぎる。2018年、82人の子どもたちが両親間での殺害で孤児になった。そのうち57人は殺害現場にいて、事件を目撃している。2017年に父親が母親にガソリンをかけ、火をつけ焼死させた現場には7歳のEちゃんがいた。2018年にはセーヌ・サン・ドニ県で6ヶ月の赤ちゃんを抱いた母親の頭部を父親が切断するという事件があった。

このような場合、現在、警察は一時的に子供を親戚に預けることになっているが、充分なサポートがなされるとは限らない。たとえば、Cさんは父親が母親を殺害したために叔父宅に預けられた。しかし、その間、事件は親族全体の「恥」として、すなわち「口外してはいけないこと」とされた。表向きは「両親は交通事故で亡くなった」ということになったが、Cさんは今「なかったことにしてしまったことが本当に私にとって良いことだったとは思えない」と言う。

両親間のDVを目のあたりにした子どもたちの60%が、また、両親間の殺害現場を目撃した子どもたち100%がフラッシュバック、不眠症、不登校といったPTSDを発症している。ショックは戦時下の子どもたちと同等と考えられ、心理的サポートを受けずにそのままにしておくと、世代を超えて同じ行為が繰り返される可能性もある。DV加害者の多くは、子ども時代に親からの暴力を受けたり、両親間のDVを目撃しているからだ。

今のところ、両親間での殺害の被害にあった子どもたちを心理面でサポートするプロトコールは、セーヌ・サン・ドニ県に一軒あるのみだ。同県では、子どもたちは少なくとも3日間、場合によっては数週間病院に入院し、精神的なサポートを受ける。目撃したことを自分の言葉にして表現する、話すことができなければ絵にしていくといったプログラムで、子どもたちが新しい人生のスタートを切ることができるように援助するものだ。政府は、今後はこのようなプロトコールを国全体に広めていくことを発表した。

しかし政府の来年度の予算は3億6千万ユーロ。これで果たして実行できるのか?フェミニスト団体は、「確かに良いアイディアもあるが、あまりに予算が少ない」と抗議を強めている。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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