フランスのビーチ 激減したモノキニ女性

コルシカ島のビーチ(写真:アフロ)

私が渡仏した30年前、フランスのビーチはモノキニ女性(注:モノキニ:日本では前から見るとワンピース水着で後ろから見るとビキニに見える商品のことでもあるが、ここではトップレスという意味)であふれていた。そのまま赤ちゃんに母乳をあげているお母さんがいたり、おばあちゃんもモノキニ姿で編み物などしていたものだ。日本から来たばかりの私にはびっくりすることだったけれども、慣れてしまえばどちらかというと健康的でホンワカした風景だった。あまりに日常的なシーンで、当時は彼女たちをジーッと凝視する男性もいなかったのではないだろうか? 社会的な抑圧が感じられなかっただけに、卑猥感はゼロだった。

しかし、この夏休みに感じたのは、「モノキニ女性はゼロに近い」だった。ブルターニュのビーチで、一回だけモノキニ女性が海に入って行ったのを見かけたが、人々がビビッと反応したのが感じられた。顔をしかめる女性、口をポカンと開けたまま目で追う人、ちらっと見るけど知らないふりをする男性。7月末のマリークレール誌でも「なぜ女性たちは胸を隠すようになったのか」という記事が掲載されている。

フェミニズムの象徴

ビキニと名付けられたツーピースの水着が売り出されたのが1946年。ビキニ環礁での原爆実験直後に発表されたため、このように名付けられたらしい。

フランスでは1945年に女性が投票権を獲得したが、その後20年経った1965年に、やっと女性が自分名義の銀行口座をもち、夫の許可なしに仕事ができるようになった。ピルが許可されたのが1967年。

上記は1964年に南仏サントロペでモノキニが流行っていることを報道する当時のテレビ番組だが、第二次フェミニズムの流れに乗って、60年代から1990年代前半まで、モノキニで海岸を闊歩するのは当時、「カッコいい」ことだった。「日焼けした時に水着の跡が残るのがダサいから……」という言い訳もかなり説得力があった。18歳から49歳までの女性を対象にしたIfopの統計によれば、1984年、4割以上がモノキニ派と答えていたそうだ。

ところが、当時は、ビーチで胸を出すことも公然わいせつ罪(刑法330条)の現行犯として逮捕され、2年から3年の禁固刑、1万5000フランの罰金刑を受けかねない時代(その後、1994年に廃法)だったのだ。だからこそ、モノキニで堂々と日焼けすることは、女性にとって「あら、私の身体は私のもの。好きにしたいもん」と、目くじら立てる警官を前に主張すること、つまりフェミニスト的な行動で当時の父権主義的な既成社会に反対を示すことだった。

Ifop(フランス世論調査所)の2017年の統計

によれば、1980年代と比べると、今、ビーチでモノキニをしている女性の数は激減。私が見たところでは、それどころがまったく見かけなくなったが、今も22%のフランス人女性がしているらしい。それでも、スペイン49%、ドイツ41%、オランダ35%に比べると少なく、また、一番多いのは60歳以上の女性だ。つまり第二次フェミニズム時代を生きた人々だ。

Ifopのフランソワ・クラウス氏はモノキニ減少について次のような分析をしている。

1. スマホで写真を撮られ、ネットに流されるのを懸念する人々が多くなった。

2. インターネットの時代になり、紙媒体の時代よりヌード写真が溢れる社会になった。「完璧な身体」が求められるようになり、自分の身体に自信がない人が増えた。

3. 「女性の自由」は、ある程度実現し、今さら挑発的な行動によって「自由であること」を表現する必要がなくなった。

4. 乳がんが怖い(実際には日焼けと皮膚ガンの関係であり、日焼けと乳がんの間には相関関係はないらしいが……)

男女ともに肌を見せない傾向に

また、ヌーディスト村(ヌードで暮らすバカンス村)に行くなど、ヌーディスムを実践する人々も2009年13%から2017年は9%に減少。

こちらも年代別にいうと、60歳以上が一番多いということなので、今の若者たちは肌を見せない傾向にあるのは確実だ。見せるならばタトゥーをしてということらしい。しかし、これは単なる流行の問題なのだろうか? それとも羞恥心? 

もちろん、今日、モノキニ=フェミニズムという捉え方は今さら感がある。でも、社会における女性の自由や権利の獲得と反比例して、以前とは違った、目に見えない抑圧が増大しているのだとしたら? 複雑な気分である。