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フランス人、政治家の不倫をどう考えるか?

プラド夏樹パリ在住ライター
オランド元大統領の不倫を暴いて訴えられたCloser誌(写真:ロイター/アフロ)

民法9条で「個人の私生活」として保護されている恋愛

衆院選を前に「政治家の不倫をどう受けとめるか」というテーマで朝日新聞が読者の意見を募ったところ、「人間としての資質に疑問を感じる」、あるいは「個人的な問題」という意見に二分されたようだ。(10月8日付け朝日新聞デジタル版)

そこで、フランスでは、政治家の不倫はどのように捉えられているかを考えてみたい。

フランスでもこれまでに大統領の不倫がなんども話題になったが、会見を開いて報道陣を前に「謝罪」という例はなかった。

ジスカール・デスタン元大統領(任期1974年から1981年)は、夫人とは別の女性を助手席に乗せて大統領官邸エリゼ宮に朝帰り途中に、牛乳屋の車に衝突し警察を呼ぶ羽目になったが、未だに事実はミステリーに包まれたままである。

ミッテラン元大統領(任期1981年から1995年)には夫人以外の女性との間にも家庭があったが、そのことが週刊誌Paris Matchに発表された時も、本人は「それで?」と答えただけ。

2003年、シラク元大統領(任期1995年から2007年)年)と日本人女性との間での「もしかしたら隠し子」報道は日本でもイギリスでもされたが、フランスでは皆無だった。The New York Times の在パリ特派員のエリアノ・シオリノ氏によれば、仏風刺新聞Le Canard Enchaine紙の編集部長は、「その子どもが公金で養育されてでもいない限りネタにならない」と言ったそうだ。金銭問題では失脚確実だが、不倫はスルーできるのだ。

最近では、2014年初めの1月10日、事実婚をしていたオランド元大統領(任期2012年から2017年)が女優ジュリー・ガイエ氏と密会をしていたことが、ゴシップ雑誌Closerに暴かれたことがある。

もちろんこのニュースはSNSを通じてあっという間に広がり、国際的レベルで騒がれたが、オランド元大統領は「プライバシーの侵害を遺憾に思う」とAFP通信を通じて発表したのみ、詳細についての説明は皆無だった。

フランスでは、「個人の私生活は尊重されるべきである」と定めた民法第9条によって、公人とはいえ、住所、通信内容、愛情生活、性的指向は保護されているからだ。記者会見で「多大なご迷惑をおかけしました」などと頭をさげる必要はまったくないうえ、かえってメディア側の方が「プライバシー侵害」で訴えられるべき立場にある。

フランス人は不倫にどう反応するか?

アメリカのクリントン元大統領(任期1993年-2001年)は、ホワイトハウスで研修生と「不適切な関係をもった」いう理由で政治生命を絶たれたことを覚えている方は多いだろうが、フランスでは、「クリントンがかわいそう!」と同情する人の方が圧倒的に多かった。

オランド元大統領不倫事件に関して、ル・モンド日刊紙の編集長は、2014年1月13日の紙面で、「ジャーナリストの義務は、証拠確認された事実を述べ、かつ、民法第9条、人権宣言第12条で定められているようにプライバシーを尊重することである。したがって国にとって必要であると判断されたケースでのみプライバシーの侵害が許される」と明言している。同紙では、大統領の恋人いかんを知ることは国にとって必要ではないという判断を下し、事件に関する記述はなかった。

では、庶民は不倫に対してどのように反応するのだろうか?

私の家に数人のフランス人を招いたところ、皆の共通の友人Yの話になったことがある。その妻Kは、2人目の子どもを出産後に同僚と恋仲になった。おまけに、その男性の妻は乳がんを患っているということだった。

私は、皆がどのように反応するか興味を持って聞いていたのだが、皆が口裏を合わせたかのように口をつぐんだ。「まあ、困ったことに」、「ガンの奥さんがかわいそうだね」と呟く人はいたが、このW不倫を糾弾する言葉を発する人は、ひとりもいなかった。

その理由の一つは、現在の恋愛の原型となった、12世紀に南仏で生まれた騎士道恋愛物語にあるだろう。これは、若い独身の騎士と、その主君の妻にあたる女性との間の不倫。それに反して、同時期に、フランス人の精神生活を枠組み化したキリスト教では「結婚」を秘蹟として定めたが、こちらは子孫繁栄と遺産相続のための制度。もともと結婚≠恋愛=不倫だったのである。マクロン大統領の夫人がかなり年上の元教師であることは日本でも話題になったと思うが、この年上の既婚女性との不倫こそが、フランスでは中世以来の「正統な」恋愛と言っていいかもしれない。日本では「オバサン」扱いされかねず、また、家庭を破壊した不倫妻としてバッシングの標的となるかもしれないマクロン夫人は、毎日約150通,前ファーストレディーの5倍に相当するファンレターを受け取る人気者だ。

不倫が糾弾されないもう一つの理由には、1789年の大革命まで、キリスト教会が個人の私生活の規律を詳細に渡って監視していたということがある。18世紀、ディドロをはじめとした啓蒙思想家は、キリスト教的モラルが個人の意識を束縛することに反対した。彼らの著作は、高校の哲学の授業で教材として使われており、フランス人が、安易に他人の私生活をモラルによって断罪するのを自粛する土壌となっているように思える。

日本でどうしてあれだけ政治家の不倫がバッシングされ、過剰報道されるのか、なぜメディアは自粛しないのか、いったい国民とどういう関係があるのか、私にはわからない。個人的には、政治家の金絡みの問題の方がずっと許せないのだが……。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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