トランプ政策、「ロボット」作家1930年の予言

壁でなく橋を――トランプ氏のメキシコ訪問に対する抗議行動=8月、ロサンゼルスで(写真:ロイター/アフロ)

米国の大統領選は、まさかの結果を出して終わった。なにはともあれ、不動産王ドナルド・トランプ氏が来年から4年間、米国の最高権力者、全地球の最有力リーダーの地位にいることを約束されたのである。この1年、米大統領選報道に触れるたびに頭をかすめる書物が私にはあった。拙稿ブログで今年初めに紹介した『未来からの手紙――チャペック・エッセイ集』(カレル・チャペック著、飯島周編訳、平凡社ライブラリー)である。

著者は、1920年にSF劇「R.U.R.」でロボット社会を予見したチェコのジャーナリスト兼作家だ。表題作は、1930年に現地の新聞に発表された未来予想エッセイで、そこに出てくる米国の最高権力者の政策が、トランプ氏が選挙戦で掲げたものと酷似していたのである(本読み by chance2016年1月8日付「チャペック流『初夢』の見方」)。

最高権力者の名前、というより愛称はビッグ・ビル。「個人的には素朴でまっすぐな男」ということになっている。まずは彼が合衆国議会に示したという「政治的原則」をここに引用しておこう。

1) 移民の禁止

2) 禁酒法の厳格な維持

3) 最大の関税保護

4) 国際的関与の廃絶

私は前述のブログでは、1)の移民政策しかとりあげなかったが、いま読み返してみると、2)の禁酒法を除けば残りもトランプ路線と見事に重なる。3)の関税による保護貿易主義はTPPからの離脱、4)で国際的関与から手を引くというのは「世界の警察官をやめる」という方針そのものではないか。この符合には驚かざるを得ない。

この箇条書きには補足としてビッグ・ビル自身の言葉が添えられている。1)には「わたしはアメリカに外国のならず者がいるのを望まない」。これなどは、トランプ陣営の選挙演説にこっそり挟み込んでも違和感がなかったかもしれない。

ことわっておくと、チャペックの未来図でビッグ・ビルが権力者の座に就くまでの道筋は2016年の現実と大きく異なっている。ちなみに、この未来がいつかだが、エッセイの「はじめに」に国際連盟(1920年設立)が「半世紀以上前に設立された」と書かれているから1970年代以降の話ということになる。米国は科学技術の粋を集めた社会をすでに実現しており、ニューヨークの街全体に天井が張られ、その上部が交通用の人工地盤となっている……とここまでは現実にありえた話かもしれない。

だが、政治状況の予想は荒唐無稽の一語に尽きる。二大政党が、それぞれギャング団と緊密に結びついていた様子が描かれている。頭目は、一方がニューヨークの金庫破りレッド・ボブ、もう一方がシカゴの密輸業者ビッグ・ビル。双方が武装闘争に乗りだし、血を血で洗う争いを繰り広げた結果、ビル側の党が連邦を支配した。党はギャング団に依存する存在になり下がったのでビル自身が権力を手中に収め、「政治的原則」を提起するまでになったわけである。

現実の米国は、民主主義の正当な手続きによって大統領を選んできた。今回選ばれた人も、いろいろ危うい横顔をもっているようだが、決してギャングではない。だから、この筋書きがチャペックの予想通りだとは、口が裂けても言わない。ただ一つ、彼の洞察に敬意を表せば、米国が「武力には武力を」という論理からなかなか抜けだせないことを見通していた点だ。トランプ大統領就任で遠のいたと思われる銃規制を思い浮かべれば、そのことがわかる。

このエッセイでは、米国だけでなく、日本を含む計16カ国と1地域の未来を予想している。現地を回って書いたものではないようなので、ジャーナリストとして国外からの報道をつぶさに読み込んで分析してみせたのだろう。米国社会に排他的な政策が現れるという見立てが、どんな理由から導きだされたのかはわからない。ただ、SF劇「R.U.R.」ではロボットを労働力ととらえているので、チャペックは雇用問題に並々ならぬ関心を抱いていたのだろう。半世紀よりもはるか前、移民社会に排斥という病が宿るリスクがあることを見抜いていたのかもしれない。

トランプ政策の予言はまぐれ当たりとは言えない。というのも、このエッセイではもう一つの大国ソ連についても的確な予見力を発揮しているからだ。社会主義独裁と計画経済の矛盾を描いて「ソヴィエト体制はみずからが崩壊直前にあるということを予期する必要がある」と断言しているのである。