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「厚労省が新型コロナの死亡者数を水増しする通達を出している」は正しくない情報 医師が解説

大津秀一緩和ケア医師
医師は患者さんが亡くなると死亡診断書を作成し、亡くなった原因(死因)を記載する。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

毎日のように寄せられる疑問

筆者はYouTubeチャンネルで緩和ケアや新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)などの情報を発信しています。

動画には多数のコメントが寄せられるのですが、その中に一日一回は必ず寄せられる疑問があります。

それは、新型コロナの死亡数は不正確なのではないか、というもの。

「新型コロナウイルスのPCR検査が陽性の死者はすべて死因が新型コロナになる」

このような話が流れているというのです。

もしかすると皆さんもこれを聞いたことがあるかもしれません。

本当にそのようなことがあるのか―。

調べてみると驚くことがわかりました。

このような画像が、情報を広げた

SNSが重要な情報伝達・共有の手段となっている現状、虚々実々の様々な情報が日々インターネット空間を飛び交っています。

「新型コロナウイルスのPCR検査が陽性の死者はすべて死因が新型コロナになる」

この情報も昨年からよく見かけられるものでした。

その中に、下記のような画像がTwitterで出回っています。

Twitter等でこのような赤線付きの画像が流れている。厚生労働省の通達を「切り取った」もの。得てして大切なものは切り取られていない所に―。
Twitter等でこのような赤線付きの画像が流れている。厚生労働省の通達を「切り取った」もの。得てして大切なものは切り取られていない所に―。

これは厚生労働省の出した「新型コロナウイルス感染症患者の急変及び死亡時の連絡について」という文書で、ネットで誰もが読めるようになっています。

赤線を引いてある部分には、”事務連絡中の「新型コロナウイルス感染症患者が死亡したとき」については、厳密な死因を問いません”および”厳密な死因を問わず、「死亡者数」として全数を公表するようお願いいたします”とあります。

確かに「厳密な死因は問わない」と書いてあるので、まるで死因を問わずに新型コロナ死と診断するように見えてしまうのも無理はないかもしれません。

しかし実際はそうではないのです。

これは感染症上の報告

実はこの画像、見て頂ければわかりますが、上の所で切れています。

書類の一部分を切り取って見せているので、誤解につながっているのです。

赤線が引いてあるのは第三項なのですが、その前の第一・二項にはこう書かれています。

新型コロナウイルス感染症を原死因とした死亡数については、人口動態調査の「死亡票」を集計して死因別の死亡数を把握することになりますが、死因選択や精査に一定の時間がかかります。(第一項)

厚生労働省としては、可能な範囲で速やかに死亡者数を把握する観点から、感染症法に基づく報告による新型コロナウイルス感染症の陽性者であって、亡くなった方を集計して公表する取扱いとしています(第二項)

これを受けての、第三項”事務連絡中の「新型コロナウイルス感染症患者が死亡したとき」については、厳密な死因を問いません”なのです。

つまりこの文書の構成を見ると、

新型コロナウイルスを原死因とした死亡数は人口動態統計で把握するが、時間がかかる。

そのため、「速やかに死亡者数を把握する観点から」感染症法の報告の陽性者の死亡数を集計して公表する

それで、厳密な死因を問わず報告する

という流れです。

人口動態統計で、確実に新型コロナが原因とする数は出てくるがそれには時間がかかってしまうため、報告に関しては厳密な死因を問わずにPCR陽性者を含めて集計・公表するということなのですね。

その論旨の流れを見にくくしている画像の切り取りは、恣意的に行われたのではないかと見るむきもあります。

ただ、原死因、人口動態統計など新しい言葉が出てきたので、もう少し詳しく説明します。

実は2つある死因の報告

わかりやすいように表も作成しました。

感染症法における「報告」と死亡診断書に記載される「死因」の2つがある。この区別がついていないと話がわかりづらい。ただ2つの数字の差はとても多いというわけではない。
感染症法における「報告」と死亡診断書に記載される「死因」の2つがある。この区別がついていないと話がわかりづらい。ただ2つの数字の差はとても多いというわけではない。

医師は、患者さんが亡くなると、死亡診断書というものを作成します。

そこには死因を記載する欄があり、「直接死因」「直接死因には関係しないが傷病経過に影響を及ぼした傷病名等」など複数の欄があります。

新型コロナによる呼吸不全で亡くなった場合は、直接死因が「新型コロナウイルス感染症」となります。

死亡診断書は死亡届と一体化しており、ご遺族によって自治体に提出されます。

自治体により死亡診断書をもとに死亡票が作成され、厚生労働省が集計して人口動態統計の死者数が確定します。

なお現在5か月のタイムラグで、執筆時に昨年11月までの確定数が出ていますが、そこには新型コロナウイルス感染症での死者は2074人となっています。

これは新型コロナウイルス感染症を原死因として、つまり新型コロナウイルス感染症で亡くなった方ということになります。

ただこの人口動態統計の集計にあたっては間違いがないように、必要ならば確認も行うなど、精度の維持に努めているとされます。そのため、時間がかかるということになるのです。

一方で、この確定数を待っていると、今回のように早く数を把握して、対処していかねばならない状況においては時間がかかってしまいます。

そこで感染症法上の「報告」を用いるということなのです。

感染症法においては、特定の感染症に関しては、報告が義務付けられています。

これも厚生労働省への報告となるのですが、厚生労働省に確認しますと、今はまずは保健所に報告するとのことです。

これも所定の報告様式(当然「死亡診断書」とは別物です)があります。

参考;感染症発生動向調査について

そして新型コロナウイルス感染症の死亡者もこちらからも報告されます。

現在、都道府県やメディアで報じられている死亡数はこの数字を用いているのです。

これに関するいくつかの疑問にお答えします。

報告数と、原死因での確定数の2つがあることにまつわる質問

Q それではPCR陽性の死亡者もすべて報告している数字と、実際の確定死者数には大きな開きがあるのでは?

現在わかっているのは昨年の11月まで(人口動態統計の確定数が出るには時間がかかるため)ですが報告数は2152人、人口動態統計の死者(確実に新型コロナが原因である数)は2074人で顕著なまでの開きはありません。

報告数はPCR陽性者を全部組み入れているために、大きく水増しされているという話は正しくないとわかります。

Q 事故死者までPCR陽性だと、報告数に入れるなんておかしい。

通達でも「新型コロナウイルス感染症の陽性者であって、入院中や療養中に亡くなった方については」とあり、事故死者までPCR陽性だと報告に入れるという理解は正しくありません。

Q 厚生労働省はなぜこのような誤読しやすい通達を出したのか?

通達の宛先は「衛生主管部(局)御中」でした。

つまり厚生労働省から「衛生主管部(局)」に出したものになります。

衛生主管部(局)はこのような文書に慣れているため、当然誤読が起こりません。

そして私たちに宛てたものでもありません。

しかしこれがネット上で誰も見られる状態であったため、先述したようにSNSを中心に誤った解釈があっという間に広がることになってしまったのです。

Q 医師が死亡診断を新型コロナと偽って、確定数を増やしていることはないのか?

刑法第160条・161条「虚偽診断書作成・同行使罪」により、医師が死亡診断書の病名を偽ることは犯罪であり、3年以下の禁錮あるいは30万円以下の罰金です。

犯罪をしてまで病名を偽って、死亡診断書の病名を新型コロナとする理由が医師にはありません。

あくまで現状出ている数としては、報告数をもって概数をつかむというやり方はうまくいっているようにも見えます。もちろん、人口動態統計に出て来る確実な新型コロナ死の数との差異を注意深く見てゆく必要はあるでしょう。

行政も意識的になってくれれば…

今回の件は、通達でも明示されているように、「速やかに死亡者数を把握する観点から」行われているものです。

しかし、役所から役所への文書が誰でも見られる状況であったため、死亡診断書の死因をすべて新型コロナにするというような誤解が続出しました。

そしてまた、当たり前ですが、死亡診断書から人口動態統計が集計されることを知らない人から、まるでPCR陽性者を新型コロナ死として診断し、また報告数を水増しするのが通達の本意という誤解まで広がりました。

この一年余り、「どう世の中では受け取られているか」にあまり意識が注がれず、結果として誤って解釈されたことがずっと定着していること、この事象は枚挙にいとまがありません。

行政は、文書がこのように受け取られているのを知っているのでしょうか。

私は行政も、通達文書の誤解がSNSで広がっていることに対して(本来宛先が一般向けでなかったという事情はわかりますが)、その正しい意図を丁寧に説明してもらいたいと思いますし、またこの文書を誤解している医療者や一般の方も今一度この記事をきっかけに理解を再確認していただけたらと思います。

まとめ

新型コロナウイルス感染症の死者として報じられているのは、感染症法における報告を元にしています。

普段、メディアのニュースなどで報じられているのはこちらの数です。

感染症法上の報告を用いて公表するとした厚生労働省の通達は、「速やかに死亡者数を把握する観点から」行う意図であると衛生主管部(局)に伝えています。

しかしそれは、死亡診断をすべて新型コロナにするということではありません。

医師が記載する死亡診断書には本当の死因を記載します。

そのため、死亡診断書から死亡票を経て集計される人口動態統計の死因は、「新型コロナで亡くなった人」の本当の数です。

そして現状、前者の報告数と後者の確定死者数はそれほど大きなずれはなく、過剰に多い死者数が報告されているわけではありません。

そのため、SNSで流れている「厚生労働省が死者を水増しする通達を出している」という情報は正しくないということになります。

虚実の情報が飛び交っており、見る側にも慎重さが求められるとともに、発信者ももし多くの目に触れるものだとすれば、「どう受け取られるか」に十分意識をし、また必要ならば誤解を訂正することに積極的であってほしいと願います。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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