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がん細胞が糖質を数倍も吸収するためがん患者に糖は毒? がん罹患後の糖質制限食・ケトン食に根拠はあるか

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

がん細胞が糖質を数倍も吸収するから、がん患者に糖は毒?

「がん細胞が糖質を数倍も吸収するから、がん患者に糖は毒」という、一般の方から時々聞く話があります。

「糖質を摂るとがんが勢いづいて進行する」と恐れている方もいらっしゃいます。

おそらくPET検査のような、がん細胞が数倍のブドウ糖を取り込む性質を利用した検査があることから、そのように解釈している方がおられるのでしょう。

そのためか「がん患者に糖は毒で糖質制限食やケトン食が良い」と一部で語られます。それなので、中には徹底的に糖質を抑える人もいます。

ただそれは妥当なのでしょうか?

今、本当にわかっていることはどこまでかを解説します。

糖質制限食やケトン食

ひとくちに糖質制限と言いますが、どれくらい糖質を制限するのかは、研究や提唱者により様々な違いがあります。

1日糖質摂取量が20~40g(アトキンス)と少ないものもあれば、1日の総糖質摂取量70〜130gと日本人平均の1日総摂取量である270〜300gの約半分以下程度のものもあります。

強い糖質制限をすると、ブドウ糖が不足し、脂肪を燃焼させますが、その際に作られるのがケトン体です。厳しいカロリー制限をすると、ケトン体が産生されます。そのような食事は、「ケトン産生食(ケトジェニックダイエット)」とも呼ばれます。

がんの人を対象とした糖質制限の研究では、ほとんどが炭水化物10~100g/日以内の研究です。

重要な点として「糖質を抜いて、全体のカロリーを下げるのではない」ということです。全体のカロリーは保つ必要があります。

特にがんの治療中は、治療自体が起こす食欲不振や吐き気、口内炎、消化管粘膜障害による消化吸収機能の低下などから、1日の栄養摂取量が健常時より約300kcal少なくなっているとされています。

カロリーが不足すると、体内の脂質やタンパク質を分解してエネルギー源とするため、筋肉が喪失し、これは衰弱をもたらし良くない結果を招きます。カロリーは保持するように努める必要があります。

なお例えば、ケトジェニックダイエットでは、カロリー換算で8%がタンパク質由来、2%が炭水化物由来、実に90%が脂質由来のカロリーとなります。

カロリーのかなりの部分を脂質から摂る食事なのですね。

さてこれらの低糖質食は、実際どうなのでしょうか?

がんの患者さんにメリットがあったでしょうか?

結論から言うと……

結論から言うと、それを示唆する十分な証拠は現状のところは乏しいです。

科学的な根拠にはランクがあります。

  • 1a:ランダム化比較試験のメタ解析
  • 1b:少なくとも一つのランダム化比較試験
  • 2a:ランダム割付を伴わない同時コントロールを伴うコホート研究
  • 2b:ランダム割付を伴わない過去のコントロールを伴うコホート研究
  • 3 :症例対象研究
  • 4 :処置前後の比較など、前後比較や対照群を伴わない研究
  • 5 :症例報告
  • 6 :専門家個人の意見、専門家委員会報告

大切なこととして「動物の実験は人間にそのまま当てはまるかは不明確」であるため、科学的な根拠としては高くないという事実があります。様々な見解がありますが、動物実験の根拠の強さは上記の6の下と見られています。

確かに、マウスなどの動物では低糖質食ががんに対して良い効果を示しているものは少なからず存在します。

しかし、人で、かつある程度の規模がある研究で、かつ科学的な根拠が高いというものはあまりないのが現状です。命の長さ自体を評価していない研究も多く、低糖質食やケトジェニックダイエットが命を延ばすかは不明確です。

特に、脳腫瘍の膠芽腫(こうがしゅ)で低糖質食はよく調べられてきましたが、それも動物実験では良好な結果を示しつつも、実際には人間相手のケトジェニックダイエットの研究では顕著な結果を示すことができませんでした。一方で、その安全性は確認されています。

今後、人を対象にしたランダム化された試験が行われる中で色々と明らかになってくると思われますが、現状では本当に低糖質食やケトジェニックダイエットががんの患者さんに命を延ばすなどの良い結果をもたらすかはまだ明らかではなく、また一般的な水準の糖質摂取をすることが命を縮めることも明らかとは言えないでしょう。

大切なのは相談

アメリカの大変有名な医療機関であるMDアンダーソンがんセンターが、ケトジェニックダイエットとがんについてホームページに記載しています。

一つの食事でがんは治せないと明確に記しながらも、動物では効果が示唆されていること、現在研究中であることがバランス良く記載されています。(ケトジェニックダイエットは脂質を増やす必要があるダイエットであるため、かと言って)赤身の肉を増やすと、それもがんのリスクがあると注意喚起をしています。

またケトジェニックダイエットは良いかもしれないし、人によっては害となる可能性があること、ケトジェニックダイエットや他のダイエットを始める前に、医師や栄養士に相談することを促しています。

それがバランスの取れた考え方でしょう。

結論として、ある食事ががんを治すことはないけれども、補助することはありえ、一方でがんを栄養すると捉えて無理に低糖質にしなくても(現状、その効果は明らかではなく)良いことが考えられます。

もちろん過体重の場合などは、適正体重にすることはメリットがありますし、糖質過多にならないのが好適ですが、「糖を摂るとがんを利する」と糖質をとにかく削って(一方で脂質やたんぱく質を増やさず)カロリーが減ってしまうのは一利なしと言えるでしょう。

生活の質を上げる緩和ケアと食事

緩和ケアは単なる症状緩和ではなく、生活の質を向上するアプローチです。

がんの患者さんにとって食事は重要な関心事なので、私もよく相談されますし、『1分でも長生きする健康術』(光文社)という本にも基本的な食事療法をまとめたくらいです。

がんの治療はしばしば年余に及びます。できるだけ消耗を抑え、できるだけ楽に生活できることが大切です。その点で「続けられること」が重要で、それが良い結果をもたらします。

間違った方法で極端なダイエットを行うと、特に治療中は筋肉の喪失を招き、生活の質の低下として跳ね返ってきます。

2018年から、緩和ケアチームに管理栄養士が参画して「緩和ケアに係る必要な栄養食事管理を行った場合」に診療報酬が認められるようになりました。がん治療中の食事に疑問や不安を感じている場合は、管理栄養士が加わっている緩和ケアチームがある病院ならば相談できるでしょう。

食事は命の源泉です。良い選択と決断ができればいいですね。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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