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乳房切除で乳がんは予防できるか 手術が保険適用検討へ 乳がんは遺伝する? 

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

11人に1人は生涯に罹患する乳がんとその中に存在する遺伝性の乳がん

昨日7月2日、厚生労働省が、がんになるリスクが高い遺伝子変異を持つ乳がん患者が、予防のためにもう片方の乳房を切除する手術について、公的医療保険の対象とするかどうか検討する方針を明らかにしたと報じられました

乳房切除で乳がんは予防できるのでしょうか? わかりやすく解説します。

統計によれば、女性の11人に1人(9%)はその生涯において乳がんに罹患します。

文句なしに、女性が最も罹患するがん(第1位)です。

その乳がんの中に、遺伝子変異が発症に強く関わっているケースがあります。

遺伝子の名前はBRCA1及びBRCA2と呼ばれます。

この遺伝子の変異があると、傷ついたDNAを修復する働きが弱くなり、がん化の原因になるとされています。

またこれらの遺伝子変異は、親から子に引き継がれる可能性があります(いずれかの遺伝子に変異のある親から生まれた子には、50%の確率でその変異が受け継がれる可能性があるのです)。

先述したように、一般における乳がんの生涯罹患率は9%ですが、これらの遺伝子変異があるとその率は41~90%まで上昇します。

また卵巣がんになる率も高まります。こちらは一般における罹患率1%に対し、8~62%になります。

しかも乳がんの場合、遺伝子変異陽性者のほうが発症年齢が若い傾向が知られています。なお、乳がん全体の中でBRCAが関連する遺伝性のものは3~5%とされており、非常に少ないわけでもありません。

有名なアメリカの女優であるアンジェリーナ・ジョリーさんは、検査でBRCA1に変異があることが指摘され、2013年に予防的乳房切除を受けたと報じられました。同件は日本でも話題になり、この遺伝性の乳がんがより知られるきっかけになりました。

次のような要素を持つ方は、遺伝性の可能性も考えられるとされています<遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために(ver.3)

  • 若年で乳がんを発症する
  • トリプルネガティブというタイプの乳がんを発症する
  • 両方の乳房にがんを発症する
  • 片方の乳房に複数回乳がんを発症する
  • 乳がんと卵巣がん(卵管がん、腹膜がんを含む)の両方を発症する
  • 男性で乳がんを発症する
  • 家系内にすい臓がんや前立腺がんになった人がいる
  • 家系内に乳がんや卵巣がんになった人がいる

BRCA1やBRCA2の遺伝子変異があれば、それなり以上の率で一生涯に乳がんになる可能性があるため、乳房の乳腺という組織を切除して乳がんが発症するリスクを抑えるのが予防的乳房切除術です。

ではどれくらい予防できるのでしょうか?

実に約90%減

乳がんにまだなっていない人においては、複数の研究を統合した解析では89%のリスク減少が認められたとのことです。

日本乳癌学会の乳癌診療ガイドラインでは「生存率の改善効果が有意に示されているわけではないが、その傾向は示されていること、乳癌発症リスクの低減効果は明らかであること、乳癌発症の不安軽減の報告もみられることから、本人の意思に基づき実施することを弱く推奨する」とあります。

生存率が改善するかは明らかではないですが、乳がんにはかなりならなくなる、ということですね。

一方で、乳がんをすでに発症している人における、反対側の乳房切除術に関しては、「乳癌発症リスク低減効果のみならず、全生存率改善効果が認められていることから、本人の意思に基づき遺伝カウンセリング体制などの環境が整備されている条件下で実施を強く推奨する」とあります。その発症リスク減少は実に93%

さらには発症リスクの低下だけではなく、乳がんがすでに起こっている場合の、反対側の予防的乳房切除には死亡率の低下(リスクが49%減)も示されているとのことです。

遺伝に関連する事柄は難しい

インパクトのあるリスク低減の数値です。

乳房には再建術も行われますし、心身の負担はあるけれども命にはかえられないので切除すれば良い、と思われる方もいるかもしれませんが、そうとばかりも言えません。

遺伝子変異があっても「必ず」乳がんになるとは限らないからです。

それなので、健康な身体と乳房に手術の負担をかけなくとも、一生涯をがんになることなく全うできる可能性もあるのです。

そしてまた、これまでは乳腺の全摘出と再建術で100万~200万円(施設によって違いあり)とされる自己負担が障害となっていました。

今回、保険適用が検討されるのは、乳がんをすでに発症している方における反対側の乳房切除術に関してとのことです。

ただ保険適用されれば、高額療養費制度の上限以上はかからなくなるため、収入による個人差はありますが10万円未満の負担で受けられることになりますので、選択に大きな影響を与えるでしょう。

他にも本件は難しい問題をはらんでいます。

遺伝子変異に関しては、血縁者とそれを共有している可能性があります。

それなので、自分と同様の直面する問題(例えば予防的乳房切除を行うか否か)が家族にも起こる可能性があるのです。

そのため、遺伝に関する専門的な知識や経験を持つ医療者による丁寧な説明、カウンセリングや支援が欠かせません。

遺伝性乳癌卵巣癌総合診療基幹施設や連携施設

・臨床遺伝専門医

・認定遺伝カウンセラー

などの遺伝学的検査や診断・治療に適した拠点病院や専門職が存在しています。

また、拙著『1分でも長生きする健康術』でも紹介しましたが、アメリカのあるガイドライン(全米総合がん情報ネットワーク)では、BRCA遺伝子変異がない場合とある場合では、乳がん検診の推奨が異なる(前者は40歳以上で年1回の検診、対して後者は25歳からの年1回の乳房造影MRI<30歳からはマンモグラフィも併用>が推奨されるなどだいぶ異なっています)。

リスクにより検診等の判断も変わってくるのです。

遺伝に関する専門家とも十分相談し、遺伝学的な検査を受ける受けないを決めてゆくのが良いでしょう。

BRCA変異と新薬、今後の展望

特定の遺伝子変異があるがんに対しての薬剤が続々と使用できるようになってきています。

2018年に、BRCA遺伝子変異陽性の他にいくつかの条件を満たす乳がんの患者さんに、分子標的薬「リムパーザ」(一般名オラパリブ)が保険適用となり(他にも再発卵巣がんが適用)、私も同薬の副作用対策をしばしば相談されています(★緩和ケア医はがん治療の副作用対策にも携わります)。

また実は、膵臓がんに関しても5~9%にBRCA変異が関連している可能性もあるようです。

今後さらに、がんと遺伝子変異の関連がわかってくると考えられます。

予防的乳房切除に関しては、医療経済的にもメリットがあるとされていますが、専門家による十分な情報提供を受け、個々人の価値観に照らし合わせて、ガイドラインにあるようにご本人の希望で適否を考えるものでしょう。

いずれにせよ、費用的な問題が改善されれば選択肢は広がります。

保険適用となるのかどうか、注目されるところです。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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