PTAの取材を続けてきた筆者には、ずっとある疑問がありました。

 文部科学省は十年以上前から、全国の学校に「CS」(コミュニティスクール、学校運営協議会)や「地域学校協働本部」の設置を呼びかけてきました。ざっくりいうと「CS」は地域住民がともに学校運営にあたる仕組み、「地域学校協働本部」は地域の人たちで学校をお手伝いする仕組みです。

 それって、PTAとかぶるのでは? 特に地域学校協働本部は、現状のPTAと近いものがあります。PTAは行政上、社会教育関係団体ということになってはいますが、現実には校長も先生たちも保護者自身も「学校のお手伝い」という認識が大半です。

 だとしたら、地域学校協働本部とPTA、両方はいらないのでは? そんな疑問があったのです。

 地域学校協働本部は、既に多くの自治体で実施されています(*1)。名称や活動内容は自治体等によって異なりますが、割合よく聞くのは、PTAとかぶらないお手伝い――たとえば、地域の人を講師に呼ぶ際の紹介や、生徒の個人情報がかかわる事柄など――を地域学校協働本部が担っている、というケースです。

 でも、そのすみわけは、本当に必要なのか? いまPTAでやっているお手伝いも、多くのものは地域学校協働本部でも可能でしょう。実際に、運動会のテント設営などをPTAでなく地域学校協働本部でやるところも現れています。(例/豊田市立浄水中学校

 任意で参加する団体なら、いくつあってもいいでしょう。ただ、なかにはPTAばかりか地域学校協働本部まで「一人一役」を保護者に課すケースもあるのを聞きます。強制に悩むのは、ここでもやはり母親たちがほとんどです。

 文科省はこういう展開を望んでいたのか? そもそも最初に地域学校協働本部を全国的に広めようと考えたとき、PTAとどうすみわけるつもりだったのか? もしかするとPTAと地域学校協働本部を一本化したかったのか? それならそれで納得するのですが。

 そんな疑問を抱いていたところ、『教職研修』編集長・岡本氏から「地域学校協働本部は、杉並区から始まった」ことを教えてもらいました。そこで今回は、2006年から今年3月まで杉並区の教育長を務めた井出隆安さんにお話を聞かせてもらいました。杉並の「学校支援本部」はどんなふうに始まったのでしょうか。

  •  筆者は「学校と保護者の間には、どんな関係性が必要なのか」をテーマに、学校現場を知る方たちにインタビューを行っています。本取材もその一つで、今年2月に行いました

*手伝ってもらわなきゃならないものは何もない

――PTA、どう思われますか?

 私はPTAにあんまり興味はないんだけれど、PTAを大事にしているんですよ。なぜかっていうと、すごく有能な人が集まっているから。ほうっておく手はない。毎年、小・中学校のPTAの協議会の人と懇談会やると、こっちがたじたじになる。だけど、すごく気分がいいんです。学校教育の課題について、とてもよく勉強しているし、切実だから。

 PTAは「今までもやってきたから、やめられない」ってことを続けるから苦しいのであって、そんなものは、やめりゃいいじゃない。たとえば朝、校門の前にPTAに立ってもらう、なんてことは杉並ではないですよ。もう専門のガードマンを雇ってますから。PTAに学校の運営を手伝ってもらわなきゃならないようなものは、PTAがやりたくてやっているものは別にすれば、何もない。ゼロです。

 なぜかっていうと、「学校支援本部」があるから。

 ただPTAが好きでやっている、というと語弊があるけれど、「毎年やってきたから、やめられない」ってお手伝いしていただいていることはいっぱいあります。それは、私は邪魔しないように「こんな寒いときに立ってなくていいんですよ、早くおうちに帰ったほうがいい」と声をかけたりするんだけれど。でもそれは、教育委員会が頼んでいることでも何でもない。とっととやめりゃいいんです。

 これは杉並の小中学校における教育活動を、誰がどういうふうにサポートしているか示した図なんだけれど。PTA、どこにあります? どこか、探して。

(画像提供:井出先生)
(画像提供:井出先生)

――うーん……(十数秒経過)。見つかりません。

 ないんですよ。この図の外なんです。「じゃあ、PTAは要らないじゃないか」っていうけれど、私はPTAはあったほうがいいと思ってます。PTAって「P」と「T」と「A」ですから、学習機関なんですよ。お手伝い機関じゃないんです。

 杉並も昔は、PTAが校門前の見張りから集金までやってくれていたけれど、もうそんなものはありません。PTAがなくても学校経営はできるんです。PTAからお金をもらったりすることも一切ない。

 

*学校の下部組織でもお気に入り部隊でもない

――杉並では、学校のお手伝いはPTAでなく「学校支援本部」の役割なんですね。これは、どんなふうに始まったんでしょう? 2003年に和田中で東京都初の民間人校長になった藤原和博氏が始めた「地域本部」がヒントになったとか。

 それを区の教育委員会の施策として取り上げて。藤原さんがやったものとはちょっと違うけれど、全区展開をしたんです。文科省がそれに目を付けて全国展開しようと始めたのが、「地域学校支援本部」。元祖は杉並です。

――いま他の自治体では、地域学校支援本部とPTAの両方で学校のお手伝いをしていることがほとんどですが、大元の杉並ではそういう意図はなかったわけですね。

 お手伝いに関してはPTAを当てにする必要ないじゃない。学校支援本部がある。

 ただ、他区から来て杉並のシステムを全然知らない校長だと、そういうことはありますよ。学校の研究発表会のとき、寒いなかPTAを案内で立たせるとか、お茶出しの何かをやってもらうとか。私は見つけたら必ず「PTAをそういうふうに使っちゃいけません」と言うけれど、たまにPTAを手足のように使いたがる校長もいる。

 私は「PTAは学校の下部組織でもなければ校長のお手伝い部隊でもお気に入り部隊でもありませんよ」と言っているけれど、調べていけば杉並でもそういう場面はまだあるかもしれない。私は立ち会っていないし、自分が校長のときには言ったことがないから想像がつかないけれど。

――「PTAは学校と別団体」という意識が、他の地域より根付いていそうですが。

 でも、問題はいっぱいありますよ。自由加入だといっても自動的に入れられたとか、入りたくないのに入らされたとか、たまにいますし。PTAの役員のなり手がいない、誰かが役を引き受けるまで帰らせてもらえない、とかいうのもあると思う。

 さっきも言ったように、「やめたい、だけど私の代ではやめられない」。ということは、ビルド&ビルドなんですよ。スクラップが利かない。たまに会長が「全部やめます」とか言うと、別の人が「一年我慢すりゃいいのよ。あの人がいなくなったらまたやればいいんだから」ってなる。

――あぁ…(苦笑)。

*他地域は「PTAは学校のお手伝い」+支援本部も

――「学校支援本部」を始めたのは、昔より専業主婦が減って学校のお手伝いが確保できなくなってきた、という背景もありますか?

 専業主婦か働いているかってことは全く発想にないです。PTAの参加資格は子どもが学校に行っていること。だけど学校支援本部は「支援します」って人なら誰だっていい。リタイアした70過ぎのおじいさんもいれば、高校生や大学生もいれば、いろんな人がいる。支援の仕方も、会議の議事録を手早く打ってあげますとか、行政文書にも負けないような報告書をつくってくれるとか、なんだっていいんです。

――杉並区で「学校支援本部」ができて、文部科学省がこれを「地域学校支援本部」として全国展開することは、どう思いますか? 他の地域では「PTAは学校のお手伝い」という前提のまま、支援本部でもお手伝いをする状況が生まれています。

 よそのことは、はっきり言ってわからない。たとえば代々昔から住んでいる人が多い地域は、CSも支援本部も「何じゃそりゃ」となる。学校はおれたちが、おやじの会や学校応援団、同窓会でみてるからいいんだよ、って。そういう前世代のサブシステムが機能しているところで、新しいサブシステムは機能しない。なぜかっていうと、それは要らないから。

 その地域の状況をどういうふうにサポートしていくかというのは、地域の事情によって違うから、同じようにやる必要はないんです。だから私がよその地域に行ったりして、「杉並はこうしていますから、そうしたほうがいい」ということは言いません。余計なことは言わない。

――PTAにせよ地域学校協働本部にせよ、弊害が出ても指導しないなら、文科省は最初から全国展開しないでほしいのですが……。ちなみに文科省に対して、CSや地域学校支援本部を「やりません」ということはできるんですか?

 できますよ。全然かまわないんです。うちだってCSは、全64校になるのは2年後です。それだって15、6年くらいかけている。機が熟したときに、そうなればいいんです。

(続く*掲載時期は未定)