自由にしても「強制」の亡霊がつきまとうPTA “揺り戻し”に負けない方法は

「いろんなご家庭があることを想像できたら強制はできないはず」と女性は話します(写真:アフロ)

 本当は任意で参加するものなのに、なぜか「各クラス必ず何人」「6年間に必ず一度はやる」といった謎の縛りが幅を利かせるPTA。最近は強制脱却を図るPTAも増えていますが、これに対し「強制に戻そう」という声が上がることもあります。

 昔から聞く話ですが、最近は適正化を図るPTAが増えたので、比例して揺り戻しの話も増えているのでしょう。

 PTAを変えた後の“揺り戻し”を、みんなどう乗り切っているのでしょう? 今回はその一例として、任意ベースの運営に切り替えたある幼稚園(こども園)の保護者会(PTAとほぼ同意)を知る、八谷さちこさん(仮名)にお話を聞かせてもらいました。

*やり方を変えるときは反対の声も大きかった

 八谷さんの子どもが幼稚園に入ったのは、いまから6年前の2014年。幼稚園は、この年の秋から保育所を併設しました。子どもの数が減少しているのに加え、働く母親がますます増えてきた時期でもありました。

 当時この幼稚園の保護者会は、昔ながらのやり方で活動していました。各クラスから2つの委員を各2名ずつ選出し、委員にならなかった人も「一人一役」のような形で手伝いをする。保護者たちは、毎年行うバザーイベントに多大な労力を注いでおり、バザーが終わるたび「長」をやった人が泣いてしまうほどでした。

 入園児数が募集人員を割るようになったのは、保護者の負担が大きかったせいもありそうです。「あのバザーがあるから入園をあきらめていた、という人もいたみたい」と八谷さんは振り返ります。

 しかし2015年、保護者会の様子が変わり始めます。園は翌2016年度から、幼稚園と保育園の機能を併せもつ「こども園」になることが決まっていたため、保護者会の活動も「これまでの形で続けるのは難しくなるだろう」ということで、見直しが始まったのです。

 そして2016年、園が「こども園」に変わるのと同時に、保護者会も大きく変化しました。

 まず本部(役員)がなくなり、各クラスから選出する委員も「クラス委員」2名のみに。バザーの規模も、大幅に縮小しました。

 さらに翌2017年度からは、バザーの手伝いに参加できない保護者が引けめを感じなくて済むよう、「誰が参加したか」を公表しない仕組みになりました。

 のちに八谷さんが、当時役員をやっていた友人から話を聞いたところ、保護者のなかには「これから長時間利用(保育園)の人たちが入ってくると、短時間利用(幼稚園)の保護者である自分たちの負担が大きくなるのでは」と心配する声も多かったそう。

 バザーを縮小することについても、「園の良さはどこへ行ってしまうのか」「保育園とどこが違うのか」など、反対の声が大きかったといいます。

 「だから、よく変えられたなと思います。その友達が、すごい人だったんですよね。園長先生もぶれなくて、『できる人がやればいい。一人でもいいし、ゼロでもいい』と言い続けてくれたことも、とても大きかったと思います」

 筆者はこれまで、「こども園」を選んだ働く保護者から、「前からいる幼稚園のお母さんたちに、平日日中の活動に参加できないことを責められた」といった話を何度か聞いていますが、なかにはこんな幼稚園(こども園)もあることを知り、うれしく感じました。

*「割り振って負担の偏りを減らそう」という揺り戻し

 しかしやはり、この園の保護者会にも「揺り戻しの危機」は訪れたそう。

 2017年、八谷さんは下の子どもが園に入り、初めて「クラス委員」を引き受けました。クラス委員は学期ごとに一度、保護者の代表として園の運営委員会に参加、発言できるので、割合人気のある役職なのだそうですが、この運営委員会のときに、短時間利用の保護者からこんな声が上がったのです。

 「長時間利用の保護者にも『手伝いを何人』と割り振ったほうが、短時間利用の保護者への負担の偏りを減らせるんじゃないか」

 「短時間利用の保護者ばかりが手伝いに精を出している状況はバランスが悪い。長時間利用の保護者も手伝いに入れよう」

 このままだと元に戻ってしまうかもしれない――。

 上の子のとき、いまの保護者会のやり方がどんな思いで生みだされたかを見てきた八谷さんは危機感を感じ、手を挙げて発言しました。

 「『それをやっても、いい方向には行かないな』と私は思ったので、『みんな無理をしないでやりたい人がやる、というスタイルでここまで来ているので、そのままやりましょう』と言いました。『手伝いを無理しないっていうのは、短時間利用の保護者のためでもあるんですよ』ということも説明して」

 確かにそうなのです。強制をやめ任意にすることで最も負担が減るのは、いままで一番大きな負担を負ってきた専業のお母さんたちのはずです。強制をやめても「負担」を感じていたのは、おそらく過去の強制、義務感を引きずって活動していたからでしょう。

 その後もときどきこんなやりとりを繰り返しながら、園の保護者会は、「強制の揺り戻しの危機」を脱していったのでした。あれから3年。噂に聞くところでは、もうすっかり新しいやり方が定着しているようです。

 危機を脱することができたのはおそらく、やり方を変えた経緯や志を知る保護者(八谷さん)が残っていて、且つその志をみんなに伝えることを怠らなかったからかもしれません。

*強制をやめたいのは「いろんな家庭を想像できる」から

 なお八谷さんはその後、小学校のPTAの強制をなくすため役員に立候補し、いまも奮闘を続けています。なぜそこまで「強制をやめたい」と強く思うのか? 聞くと、亡くなったお母さんへの想いがあるようです。 

 「強制をやめようと考える人の動機って、『いろんなご家庭があることを想像できるかどうか』だと思うんです。

 私は小6のとき、教員だった母親を亡くしています。介護と育児と学年主任をしている途中でした。亡くなる半年前には、PTAのプール当番に立ったりもしていて。専業主婦が多数派の時代だったから、今よりもっと圧力は厳しかったでしょうね。その後は父子家庭を経験したので、父子家庭も母子家庭も学校のお手伝いとか無理だよね、と思いますし。

 よく『自分からやると言えない人の背中を押してあげるために、強制が必要なんだ』という理屈を聞きますけれど、それをやると『押してはいけない背中まで押すのでは?』ということも、想像しないとですよね」

 本当に、その通りだと思います。

 筆者が執筆する主なテーマは「PTA」と「いろんな形の家族」です。傍からはバラバラのテーマに見えるかもしれませんが、実はすごく直結した話であることに、改めて気付かされました。