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PTAの“やらされ感”をなくすには? 「やらされている事実」とどう向き合うか

大塚玲子ライター
本当にやらされているとき、“やらされ感”を感じるのは、むしろ健全です(ペイレスイメージズ/アフロ)

 先日、ある記者の方から「PTAの“やらされ感”は、どうしたら解消できるか?」という質問を受けました。

 これはPTA活動において、よくあげられる課題です。

 いやいや活動に参加する人が多いと雰囲気が悪くなるので、みんなにもっと自分からすすんでやってほしい。どうしたらいいのか? そう考えたことがある役員経験者の方は、多いでしょう。

 でもじつは、PTAに“やらされ感”があるのは、当たり前だと思うのです。

 “やらされ感”がよくないのは、本当はやらされているわけじゃないのに、やらされているように感じている場合です。しかし、いまのPTAは多くの場合、本人に加入意思を確認せず会員にしています。つまり実際のところ、みんな「やらされている」わけです。

 ですからむしろ、“やらされ感”はあって当然。ないほうが不思議ともいえます。

 一番の問題は、みんながそれに疑問をもたない点でしょう。

 私たちはしばしば、「自分の意思で選んだことでなくても、嬉々として取り組まなければいけない」と思っていることがあります。

 たとえば女性たちは、家事も育児も疑問を持たず、前向きに取り組むのが「いいお母さん」だと思い、「いやいややっている自分」に対して、罪悪感を抱きがちです。

 でも、もし本当にやらされていることであれば「やらされ感」を抱くのは、むしろ健全では。

 自分の意思ではないことを求められていても「おかしい」と思わない。それこそが、私たちの、最も危うい点のような気がします。

*「やる・やらない」を選べるか

 もちろん私も、「いやいや何かをやること」をいいことだとは、全く思っていません。誰かがいやいや何かをしていると、周囲の人もいやな気分になるものです。

 しかもPTAの場合、「子どもたちのため」と言いながらいやいややっているのですから、当の子どもたちはいい迷惑でしょう。そんなことで恩を着せられるくらいなら、やらないでほしい、と思っている子どももいるかもしれません。

 では、どうすればいいのか? 

 解決策はひとつ、「やる・やらない」を各自がしっかり選択することです。やるならやる、やらないならやらないと、自分の意思で決めること。

 そうすれば、いやいややる人は、いなくなるはずです。

 いま現在、加入意思確認がないPTAであっても、自分の中で「やる・やらない」をしっかり選択できている人は、いやいややってはいないはずです。

 そういう人は当然、やらない人を「ズルい」と責めることもありませんし、やりたくない人にやらせようと無理強いすることもありません。

 「そうはいっても、現実的に“やらない”っていう選択肢が、今はないじゃない。それなのに、どうやって“やる・やらない”を選べっていうの?」

 そう思われた方もいるかもしれません。

 確かにそのとおりです。PTAを“やらない”という選択をした人に対して、「ズルい」と言い募ったり、「お子さんが嫌な思いをしますよ」と脅したりするようなPTAでは、“やらない”という選択肢はないのとそれほど変わりません。

 だから私は、「やる・やらない」の選択肢を確保するための方法を考え、記事を書き続けています。それが確保されない限り、PTAはいつまで経っても“やらされ感”でやる、つまらないもののまま。そんなPTAなら、ないほうがいいでしょう。

ライター

主なテーマは「保護者と学校の関係(PTA等)」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。共著は『子どもの人権をまもるために』など。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。ohj@ニフティドットコム

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