Yahoo!ニュース

親の「受験テクニック」競争やめませんか?中学受験を家族の成功体験にする「中学受験必笑法」のススメ

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
イメージ(写真:アフロ)

中学受験が年々過当競争になるメカニズム

「第一志望に合格しなければ失敗」だとか「何が何でも偏差値60以上の学校に合格できなければ中学受験をした意味がない」だとか考えると、中学受験は家族にとっての苦行になってしまいます。それでも結果が良ければいいですが、そうでなければ悲劇です。

実際、中学受験で最終的に第一志望に合格できる子供の割合は3割にも満たないといわれます。それを「勝ち負け」で表したらあまりに分が悪い戦いです。

悲劇を避けるため、巷には「親のための中学受験テクニック」があふれています。各教科の基本的な勉強法はもちろん、学習計画の立て方から効果的なテストの解き直し、夏休み期間中の勉強の仕方、入試直前期における弱点補強の方法、そして塾に入る前の準備の方法まで、きりがありません。

巷にあふれる「親のための中学受験勉強テクニック」には、子供の性格や家庭事情によって「合う・合わない」があるはずです。ぴったり「合う」方法が見つかれば、うたい文句通り偏差値が上がるでしょう。でも、書店の中学受験の棚に所狭しと並べられた「テクニック本」の数々を前にすると、そのなかからわが家に合った方法を見つけ出すのは至難の業のように思えてしまいます。

いろいろ試してみるといっても、振り回される子供はたまったものではありません。あまたある方法を片っ端から試してみたところで確率的には「合わない」ほうが多いわけですから、トータルでの効果はマイナスになるでしょう。

親自身が「受験テクニック」を研究することは悪いことではありません。しかしそのせいで親自身が「中学受験生の親としての失敗」を恐れるようになると、親自身の気持ちが減点主義になり、子供のできないところばかりに目が向くようになります。親が子供のできないところばかりに意識を向けると、子供はますます「自分はできない子なんだ」と思い込み、成績も上がりません。

これでは、親が「受験テクニック」で武装するメリットとデメリットのどちらが大きいかわかりません。親の「受験テクニック」競争、いい加減やめませんか?

中学受験の「合格」は常に相対的なものです。Aという中学受験塾が生徒たちに101やらせていていたら、Bという塾は102やらせるようになります。それでB塾が合格実績を伸ばすと、今度はA塾が103やらせるようになります。実際に複数の中学受験塾が過去数十年間にわたってこうして競い合ってきました。年を追うごとに、中学受験勉強は過当競争になっていくのです。

すでに過当競争になっているにもかかわらず、さらに「こうすると偏差値が上がりますよ!」と「受験テクニック」の必要性をあおれば、結局は間接的に子供たちの負荷を増やしてしまいます。

「いい大学」を目指したいだけなら中学受験は不要

この際限なくレベルが上がっていく競争のなかに子供を放り込んでいいものかどうか、親は一度冷静に考える必要があります。過当競争からはあえて距離を置き、「わが子が100がんばればそれで良し」とする中学受験があってもいいはずです。

そこで提唱したいのが、拙著のタイトルでもある「中学受験必笑法」。ちょっとしたコツだけを理解すればどんな中学受験家庭でも使える、必ず笑顔で中学受験を終えられる方法です。「何が何でも第一志望に合格する」ことを目指すのではなく、「どんな結果であれ、何が何でも中学受験を家族にとっての成功体験にする」のが中学受験の親のいちばんの責任だと考えます。

首都圏模試センターによれば、2018年の首都圏における中学受験者総数に対する募集定員総数の割合は107%。つまり理論上、どこかには必ず入れる。それなのに中学受験に過酷なイメージがつきまとうのは、ごく一部の超難関校合格を目指す中学受験生たちが、文字通り1点2点を争うデッドヒートを繰り広げているシーンに注目が集まりやすいからです。

しかし人生に勝ち負けなんてないように、中学受験にだって勝ち負けなんてありません。スポーツに例えてもいいでしょう。一生懸命練習して、試合でも力を出し切ることができれば、たとえ優勝は逃したとしても、自分の頑張りを誇りに感じることができます。「自分を褒めてあげたい」と思えます。同様に、終わったときに「やりきった」「成長できた」と思って家族で笑顔になれるなら、そして合格した学校に堂々と通えるなら、その中学受験は大成功だといえます。

実際、私はこれまでたくさんの学校を取材してきました。その経験から断言できます。偏差値が5や10違ったって、長い歴史のなかで生き残ってきた私立の学校は、総じてどこの学校も恵まれた環境であり、いい学校です。

「これからはグローバル。世界のどこへ行っても通用する人間にならなければいけない」と言われているにもかかわらず、狭い日本の一部地域に密集する中高一貫校のなかで「こっちの学校はいいけれど、この学校じゃ人生のお先真っ暗」だなんて言っているようでは、それこそ先が思いやられるというものです。

大学進学実績が良くて偏差値も高い学校には、本当にいい学校が多いのは間違いありません。しかし、大学進学実績や偏差値だけで学校を選ぶことは、年収や肩書きだけで人間を評価するようなもの。浅はかです。

そのような考え方では、もっと大学進学実績が良くてもっと偏差値が高い学校があったら、常に「自分は負けている」と感じることになるでしょう。常に他人と比較することでしか自分を評価できず、いつまでたっても一人の自立した人間にはなれません。教育効果としては最悪です。

さらに言うならば、もし“いい大学”に行くことが至上目標であるのなら、いっそのこと学校なんて最初から通わず、大学受験対策に特化した塾や予備校に通い詰めたほうが効率がいいでしょう。そこで中高6年間、毎日入試対策ばかりしていれば、大抵の大学には合格できるはずです。

しかしそんなことをして何の意味があるのでしょうか。そう考えてみると、“いい大学”への進学を目的として中学受験をすることや学校を選ぶことが、いかにナンセンスであるかがわかるのではないでしょうか。

ましてや親の見栄のために、偏差値の高い学校に子供を通わせようとすることなど愚の骨頂。子供は親の成果物ではありません。

中学受験は親の未熟さをあぶり出すイベント

ただし、中学受験は両刃の剣。やり方を間違えると親子を壊す凶器にもなります。中学受験の最悪のシナリオとは、全滅することではありません。途中で子供や親が壊れてしまうことです。そこまでのリスクを冒して中学受験をする意味はどこにもありません。

中学受験は残酷なまでに親の未熟さをあぶり出すイベントです。わが子がテストの結果と真摯に向き合い努力を重ねているというのに、親が自分の未熟さから目を背けていては、親子関係がギクシャクするのは当然です。

最初から失敗しない親なんていません。むしろ、中学受験生活は、親にとっても失敗の連続です。たくさん失敗するから、親も成長できるのです。泣いたり笑ったりの3年間を通じて、ようやく親として本当になすべきことが見えてきます。それは「受験テクニック」より何倍も大切なものであるはずです。

結局のところ、中学受験を笑顔で終えられる親子とは、子供のみならず親自身も、中学受験という機会によって自らを変え、成長できた親子なのです。

第一志望校の入試本番前日に、入試問題をこっそり見せてもらえると言われたら、あなたはそれを見るでしょうか。子供に見せるでしょうか。ちょっと真剣に考えてみてください。

答えがYESなら、あなたはすでに「中学受験のダークサイド」に堕ちてしまっている可能性が高い。誘惑はわかります。でもそれは単なるズルです。子供にズルを教えるために中学受験をしているのでしょうか。そんなはずはありません。目的のためには手段を選ばない姿勢を身に付けさせたいのでしょうか。そんなはずもありません。

中学受験勉強の目的は、どんな手段を使ってでも第一志望に合格することではなく、定めた目標に対して努力を続ける経験を積むプロセス自体のなかにあります。さらに、どんな結果であれそれを最終的には前向きに受け入れ、人生の新たな一歩を踏み出す姿勢を学ぶことにあります。

つまり、自分の努力で自分の人生を切り拓き、仮に結果が100%の思い通りでなくても、腐ることなく歩み続けることのできるひとになるための経験なのです。12歳にして「生き方」を学ぶ機会を自ら設けることなのです。

中学受験最強の親は、わが子を尊敬できる親

ちょっと気が早いかもしれませんが、第一志望入試本番当日を想像してみてください。

「保護者の付き添いはここまで」というところで、わが子を見送ります。もうかけるべき言葉すらありません。ただ目を見て、無言でうなずきます。「大丈夫。自分を信じて」。そう念じながら。その思いが伝わったかのように子供も無言でうなずき返します。

その瞬間を最後に、わが子は親に背中を向け、もう振り返りません。自分の目標に向かって前だけを見て歩み始めます。その背中が、初めて塾に通い始めたときとは比べものにならないくらいに大きく見えるでしょう。

そうやって不安な気持ちでいっぱいになりながら子供の背中を見守るしかないというのが子育ての本質であり、そのこと自体がこのうえなく幸せなことなのではないでしょうか。そのことを強く実感できるのも、中学受験という機会がもたらす宝物だろうと私は思っています。

志望校合格という目標に向かって親子で全力を尽くして、泣いたり笑ったりする約3年間の末に、親はようやく悟るのです。

「結局のところ、親は無力である」と。

この時点でもうすでに、中学受験は成功です。中学受験のプロセス自体がすべて、親子にとってのかけがえのない財産になります。駆け抜けた、決して楽ではなかった約3年間の月日が、親子にとっての誇りになるのです。結果がどうであれ、その誇りが奪われることはありません。

成績がいい子も悪い子もいるでしょう。ケロッとしているように見えて、実は内心では大きなプレッシャーを感じつつ、次のテストではなんとか親を喜ばせたいと願っている心優しい子供もいるはずです。いずれにせよ、彼らはみんな、小さな体と心で、自分なりのベストを尽くしています。模試の結果を受け入れ、たとえそれが悪い結果であったとしてもめげずに努力を続けています。尊敬されるべき存在です。

ふがいなさよりも誇らしさを、絶望より希望を、努力するわが子の背中に感じましょう。どんな状況においても、わが子を尊敬する気持ちをもち続けましょう。それが、親から子への最強の励ましになります。

中学受験を志すすべての親子に、心からのエールを送ります。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

おおたとしまさの最近の記事