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「偏差値無用」で医師になる! 日本の受験システムとは違うルートから医師になるという選択

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
ハンガリーの大学で、さまざまな国・地域から来た学生と学ぶ(写真提供:吉田いづみ)

日本の高校からハンガリーの医学部へ

大学受験において、医学部が人気だ。「東大より医学部」という風潮もある。学歴の効力が相対的に低減する中、「東大」という学歴よりも「医師」という国家資格のほうが、確実に食い扶持になるという理由だ。

しかし医学部のどこも難関だ。いわゆる「偏差値上位」の受験生しか合格できない。医師という仕事への適性以前に、日本の受験システムに最適化した能力をもつことが、この国で医師になるための条件となる。

医師という仕事の尊さはわかりやすい。純粋な気持ちで医師を目指す若者も多いはずだ。しかし自分の偏差値を見てはなから「無理だ」とあきらめてしまう場合も多いのではないだろうか。

吉田いづみ(22)さんもその一人だった。小さなころから医師に憧れをもっていた。ところが高校受験で望んだ高校にはことごとく合格できず、医学部は無理だと15歳の時点であきらめた。国際関係の方面に進もうと、一度は考えたが、憧れは捨てきれなかった。

吉田さんが進んだ高校は、医学部にたくさん入るような高校ではなかった。自分の成績ではどんなにがんばっても日本の医学部は無理。そこで海外大学に目を向けた。日本の大学は受験しなかった。

アメリカとイギリスは学費が高くてとても無理。カナダやオーストラリアで学んで日本で活躍している医師というのは調べてもヒットしない。中国という選択肢もあったが、中国語で医学を勉強することには抵抗が大きかった。

調べていくうちに、ハンガリーの国立大学医学部が、積極的に外国の学生を受け入れていることがわかった。日本に窓口もある。すぐに説明会に参加した。高校をすでに卒業したあとの5月のことだった。

日本の私立大学医学部に行くことを考えたら、生活費を含めても約半分の費用ですむ。入学試験はあるが、日本の医学部ほどに難しくはない。

「これなら私でも医学を学べるかも!」

すぐに入学の出願をした。予備コースへの入学が認められ、6月にはハンガリーに渡り、首都ブダペストにあるセンメルワイス大学に通い始めた。予備コースが始まるまでの3カ月間で英語の特訓を受けるためだ。9月からは1年間、予備コースで英語と理科系科目の基礎を中心に学んだ。1年後、本コースの入学試験に合格。医学生としての6年間の生活が始まった。

学生の出身地は多様(写真提供:吉田いづみ)
学生の出身地は多様(写真提供:吉田いづみ)

同時に入学したのは世界中から集まる200人強の学生。日本からも15人くらいが入学した。共通言語は英語。授業も英語で行われる。

吉田さんは現在3年生。ハンガリーで医師を目指すという選択を、強くおすすめしたいと言う。

「勉強はたしかに大変ですが、特別に学力が高い必要はないと思います。自己管理をしっかりして、まじめにやりさえすれば定期試験はクリアできます。日本の有名進学校から来ている学生もいました。でもそういう学生のほうがあきらめるのが早い傾向があるように思います。東大合格者ランキングのトップ10に入るような有名進学校からも何人か来ていましたが、1年生の1学期だけで帰った学生もいました。」

日本の受験勉強で学力上位だったからといって、ハンガリーの医学部でそれが通用するとは限らないらしい。

「私の学力では日本の医学部にはどこにも入れなかったと思います。でもいまこんなに恵まれた環境で医師になるための道を歩んでいるのです。ハンガリーという選択に気付くことができて良かった」

ブダペストの街並み(写真提供:吉田いづみ)
ブダペストの街並み(写真提供:吉田いづみ)

もともと国際系の仕事にも興味があった吉田さんである。ドナウ川が流れる美しい街並みの中、世界各国からの学生と英語で医学を学べる環境は、吉田さんにとって一石二鳥とも三鳥ともいえる。

「勉強の合間に散歩をすると、ドナウ川の景色や夜景に癒やされます」

一人暮らしのアパート代が月約5万円、生活費は月約10万円。

「地方の大学、セゲドやペーチ、デブレツェンに行けばもっと安くすむと思います」

勉強は、特に座学が中心の前半3年間が厳しい。年4回ある定期試験(中間、期末)をすべて合格しないと進級できない。12回の定期試験を乗り切れば、はっきり先が見えてくる。実技系が増えてくる後半3年間での留年はほとんどない。

無事6年間のカリキュラムを終えると、卒業と同時にEUで通用する医師免許が得られる。日本で医師として働く場合には日本の医師免許を取得しなければならないが、いまのところハンガリー医学部からの帰国組の合格率は41/49と、8割を超えている。

日本の偏差値は参考にならない

ハンガリー医科大学日本事務局は、東京都新宿区にある。ハンガリーで学び、医師になるしくみについて、専務理事の石倉秀哉さんに聞いた。

デブレツェン大学(写真提供:ハンガリー医科大学事務局)
デブレツェン大学(写真提供:ハンガリー医科大学事務局)

ーーーーハンガリーの大学はいつどういう目的でこのような制度を設けたのか?

「1980年代に始まりました。理由は大きく2つあります。1つは外貨獲得の手段です。もう1つは教育の国際化です。日本の大学がいま積極的に留学生を受け入れているのと同じです。」

ーーーーハンガリーの医学教育のレベルは?

「ハンガリー国立大学医学部進学プログラムに参加する4大学は、すべて日本の医師国家試験の受験資格基準を満たしている大学です。ハンガリーの医学部のレベルはもともと高く、特に基礎教育のレベルが評価されていますし、生徒1人当たりの教員の数では日本の医学部のそれを上回ります」

ーーーー入学試験ではどんなことを?

「書類審査、面接審査、筆記審査があります。筆記は英語と理科のみ。理科は生物・化学・物理の中から2科目を選択してもらいます。本コースへの直接の入学を希望する場合には、さらに2次審査があります。英語による筆記試験と英語による口頭試問があり、英語力や理科の各分野の力を見ます。日本の医学部受験では数学が得意であることが圧倒的に有利になる傾向がありますが、数学力が問われないことが大きな違いです」

ーーーー受験資格は?

「基本的に、日本の高校を卒業しているもしくは卒業見込みであれば、受験できます」

ーーーー入学の難易度は?

「このプログラムを始めたころには、日本の医学部には受験というハードルで入学が難しかったような学生が、ハンガリーの医学部に合格し、そこで勉強し、実際に日本で医師として働き始めています。ですから日本で医学部をあきらめたような人でもチャンスはあります。ただし、日本の大学が入口で絞るのに対して、ハンガリーの大学では間口を広くしている分、入ってからが厳しい。」

ーーーー日本から学生が行き始めたのはいつからか?

「日本からの1期生が2006年入学です。初めて卒業生が出たのが2013年です。そのときは7人が卒業して6人が帰国し、そのうち4人が2014年度の日本の国家試験をクリアしました。それがニュースとなり、2014年から2015年にかけては入学希望者が倍増しました。2016年の11期生までで、475人が合格し、すでに68人が卒業し、315人が現地に在学しているところにさらに2017年の12期生68人が加わります」

ーーーー現在年間でどれくらいの学生が入学しているのか?

「説明会参加者が年間約500から600人。その中から実際に出願するのが約200人。合格枠は、予備コースへの入学80人、本コースへの入学20人の合計100人です。予備コースを含めると、入試の倍率は約2倍ということです」

ーーーー予備コースから本コースへの試験の難易度は?

「予備コースから本コースに上がる試験の合格率は約9割です。ここで合格できない学生はあきらめたほうがいいと、経験上いえます。予備コースを複数年重ねて合格したケースはほとんど見たことがありません。そういう学生は結局まじめには勉強していないのです」

ーーーー最終的に日本で医師免許を取得できる割合は?

「2013年卒業の1期生から2016年卒業の4期生までのデータを集計すると、約150人が入学し、49人が卒業、そのうち41人が日本の国家試験に合格しています。まだ留年している学生もいますし、2017年には19人が卒業していますから合格率はさらに上がるでしょう。これまでの実績では、1/3がストレート、1/3が留年を経験、1/3が途中で脱落、卒業率は約50%といったところです。しかし近年は格段に歩留まりが良くなっています。優秀な学生が応募してくるようになったからです。中には日本の医学部合格を蹴って、ハンガリーで学ぶことを選択する学生もいます。3年生から4年生に上がるときに、ハンガリー語の試験があります。これがどれだけ難しいのか、私も最初のころは心配だったのですが、杞憂でした。内容はごく簡単で、ここでつまずく学生はほとんどいませんでした」

ーーーー日本の国家試験対策は?

「日本の国家試験は毎年2月に実施されます。ハンガリーの大学を卒業してからおよそ6カ月後です。この期間が国家試験対策にはちょうどいい。日本事務局として、この半年間で国家試験対策をするプログラムを用意し、卒業生たちをサポートしています。日本の国立大学の医学部には入れなかった学生が、国家試験では上位5%に入る好成績を残したこともあります」

ーーーー国家試験に通ったとして、就職先は見つかるのか?

「医師として働くためにはまず2年間初期研修医として過ごさなければいけません。初期研修医を受け入れる病院は全国に約2000、受け入れ枠は年間約1万1千あります。国家試験合格者は毎年約7500人ですから、受け入れ先が見つからないということはまずありません」

ーーーー今後入学枠を拡大する予定は?

「現在の100人が構造的に限度でしょう。医学教育では実技指導も多く、あまり一度に大量の学生を受け入れることができません。それに日本人のシェアが高まりすぎることも、環境として望ましくないでしょう。その代わり私たちの事務局では、3年前から、チェコの大学の医学部への入学支援事業も開始しました」

ーーーーどんな学生がハンガリーの医学部に向いていると感じるか?

「なんといってもモチベーションです。医師が自分の天職だと信じて何があっても最後まで食らいつく気概が大切です。いわゆる地頭の良さや人間的な総合力というのは必要だと思いますが、日本の受験システムの中で偏差値がどれくらいだったかはあまり参考になりません。ハンガリーの大学では各学習分野を学期ごとに消化していきますから、毎回の試験範囲をしっかりやれば定期試験はクリアできます。試験範囲のない一発試験が得意な学生よりも、定期試験の勉強をコツコツ頑張れる学生のほうが、性格的には向いているかもしれません。今年は開成と灘からも入学しました。やはり優秀です。彼らがどんな成果を出してくれるか、楽しみです」

センメルワイス大学(写真提供:ハンガリー医科大学事務局)
センメルワイス大学(写真提供:ハンガリー医科大学事務局)

ハンガリーで学び医師を目指すためには、まずは日本事務局の説明会への参加が必須となる。2018年度入学のための説明会は、2017年5月から2018年3月まで全国で約30回開催されている。8月中に東京で2回、9月には東京・大阪・名古屋で計3回実施される。願書受付は2017年7月1日から始まっている。入学試験は2017年8月26日を皮切りに、2018年4月までに約10回実施される。いまからでも十分間に合う。

医師になりたい人も、弁護士になりたい人も、役人になりたい人も、会社員になりたい人も、実業家を目指す人も、みんなが同じテストを受けて1点2点を争い、「偏差値」という格付けによって進路を選び、それによって職業がある程度決められていく。いわゆる「受験勉強」に最適化した能力をもつ者がより多くの選択肢を得る。それが日本の進学システムだ。

日本で医師になろうと思ったら「偏差値ヒエラルキー」のトップ集団に入らなければいけない。もともと医師になりたいわけでもないのに、「せっかく偏差値が高いから」という理由で医学部に入学するという本末転倒も見受けられる。この弊害を取り除こうと、高大接続改革が検討されたり、大学入試改革が進められたりしているが、ことはそれほど簡単ではない。

でも、ハンガリーで医学を学ぶような「偏差値無用」の選択肢が増えれば、「偏差値」は相対的に力を失っていくだろう。そうすれば高校生以下の学び方も変化を始めるだろう。意外とそういうところから、日本の教育は変わるのかもしれない。

●ハンガリー医科大学事務局  http://www.hungarymedical.org

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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