ドラマ『半沢直樹』で話題の“土下座の曾根崎”は名古屋演劇界の重鎮だった!

新たな敵役として存在感を発揮した曾根崎。俳優にも注目が集まった。画像提供:TBS

SNSで話題沸騰の怪優は、名古屋演劇界では“別格”の大物

大ヒット中のTBSドラマ、日曜劇場『半沢直樹』。第6話(8月23日放映)で注目を集めたのが“土下座で後ずさり”の曾根崎です。大和田(香川照之)、伊佐山(市川猿之助)、黒崎(片岡愛之助)ら並みいるヒール役の向こうを張ったインパクト抜群の演技に、SNSを中心に話題沸騰。「あれは誰!?」「凄い役者だ!」と驚きや賞賛のコメントが飛び交い、初めて見る“怪優”の正体に関心が寄せられました。

その人こそ、名古屋の劇作家兼俳優の佃典彦さん。実は、地元の演劇シーンでは一目も二目も置かれる人物なのです。

「東海地方の演劇界では別格の存在。発言力は絶大です!」

こう評するのは名古屋の演劇ライター、小島祐未子さん。「名古屋、東海地方に拠点を置く演劇人の中で、“演劇界の芥川賞”といわれる岸田國士戯曲賞を獲っているのは北村想さんと佃さんだけ。それだけでも別格です」といい、役者としての魅力を次のように語ります。「つかみどころのない雰囲気、酷い目に遭う役が似合う(笑)。いわゆるイケメンではないかもしれませんが妙にフォトジェニックで、何度も撮影させてもらっていますが、捨てカットがありません

そんな“名古屋の大物”が一躍、時の人に。早速、本人にドラマ出演のいきさつや撮影の舞台裏などを語ってもらうことにしました。

東京中央銀行審査部長の曾根崎(左)は同僚の半沢直樹を逆恨みし、半沢の行動を妨害するが…。画像提供:TBS
東京中央銀行審査部長の曾根崎(左)は同僚の半沢直樹を逆恨みし、半沢の行動を妨害するが…。画像提供:TBS

「最初はオファーを断った」(!) 佃典彦さんインタビュー!

普段はこんなににこやかな佃典彦さん。1964年生まれの56歳で、1986年に「劇団B級遊撃隊」を旗揚げ。当時の名古屋の小劇場ブームの中心的存在として人気を博し、現在も高い評価を得る
普段はこんなににこやかな佃典彦さん。1964年生まれの56歳で、1986年に「劇団B級遊撃隊」を旗揚げ。当時の名古屋の小劇場ブームの中心的存在として人気を博し、現在も高い評価を得る

―― 『半沢直樹』出演の経緯は?

佃  去年、プロデューサーから連絡をいただきました。最初はシナリオの依頼かと思って、『すごく時間がかかるだろうしヤバいな』と思ったんですが、俳優としての出演と聞いてほっとしたんです。でも、収録時期が他の舞台の仕事とかぶっていたのでその時は受けるのが難しかったんですよ。そうしたら春頃にまた電話がかかってきて、その時にはコロナの影響で予定が全部とんじゃってたので、出演させていただくことになりました。でも、原作を読んだら僕が演じる曾根崎が物語のキーマンだったので、ちょっとビビっちゃいました(笑)。

―― 担当者は佃さんの舞台を観たことがあってオファーしてきたんですか?

佃  いや、どうなんでしょう? 推薦してくれたのはプロデューサーで、その人と名古屋のテレビドラマで一緒に仕事をしたことがあったんです。でも、30年も前の話だし、その後も10年ほど前に1回電話がかかってきたくらいで、付き合いらしい付き合いもなかった。監督とも現場で初対面でした。だから、何で僕だったのかいまだに分からない(笑)

あの名シーンは何と…! まさかの撮影秘話

―― 曾根崎は主人公・半沢の逆襲でやり込められる第6話の最重要キャストでした。何といっても“土下座で後ずさり”が鮮烈な印象を視聴者に残しました。

佃  あの時は香川(照之)さんが土下座する僕のすぐ横ににじり寄るように立って、堺雅人さんと2人の間にはさまれてしまった。退室しなければならないのに立ち上がれないので、とっさに後ずさりしたんです

―― 何と!話題となったシーンは自然に生まれたものだったのですね。

佃  香川さんなんてテイクごとに芝居が違いますから(笑)、こっちもイメージを固めすぎると覚えたことがかえって邪魔になっちゃうんです。だから、セリフだけは頭に入れておいて、あとは現場で対応しようと思って臨みました。そういうやり方は舞台の芝居と似ているので、だから香川さんをはじめとする歌舞伎俳優がたくさん出演されていたり、今作で僕や土田(英生=南野陽子の夫の平山一正役。京都の劇団MONO主宰)君など小劇場の人間がキャスティングされているのかもしれません。

―― その香川さんが、Twitterで佃さんの演技を「ただのひと言もセリフを間違えませんでした」と絶賛しました。

佃  いやいや。目の前にあの北大路欣也さんがいて、周りにもスゴい役者さんがいっぱいいる状況で、間違える勇気がなかったんです(笑)。『半沢直樹』の現場はテレビドラマとしてはかなり特殊で、細かいカット割りではなく通しで撮るんです。一度でも間違えたらその後がぐだぐだになってしまうので、キャストの中では新参者の僕が間違えるわけにはいかなかったんですよ。

半沢の反撃で窮地に追い込まれる曾根崎。悔しさや絶望感などの感情を過剰に表現する“顔芸”もこのドラマの見せどころのひとつだ。画像提供:TBS
半沢の反撃で窮地に追い込まれる曾根崎。悔しさや絶望感などの感情を過剰に表現する“顔芸”もこのドラマの見せどころのひとつだ。画像提供:TBS

―― 出演シーンの大半は半沢直樹とのからみでしたが、主演の堺雅人さんの印象は?

佃  素晴らしい!のひと言です。セリフが多い上に台本が急に変更になっても一切間違えないし、噛むこともない。しかも気配りができる。廊下を歩きながら僕が半沢にからむシーンを撮った時のことですが、堺さん、姿勢がよくて歩くの速いんですよ。僕が小走りで追いかける形になっちゃってセリフも全部言い切れない。どうしよう、と思っていたら、堺さんが「後ろから僕の肩をつかんで止めてください」と提案してくれて、その通りにやったところうまくいった。しかも、撮影後にわざわざ僕のところへ来て頭を下げるんですよ。もう、役者としても、人間としても、非の打ちどころがなくて、びっくりしちゃいました。

地元に住んで時々東京、という選択肢

主宰する劇団B級遊撃隊の看板俳優でもある。写真は2017年の『不都合な王子』。佃さんは同作で日本劇作家協会東海支部第3回俳優A賞を受賞した
主宰する劇団B級遊撃隊の看板俳優でもある。写真は2017年の『不都合な王子』。佃さんは同作で日本劇作家協会東海支部第3回俳優A賞を受賞した

―― 第6話の放映後、SNSを中心に佃さんの演技が大いに話題となりました。

佃  僕、Twitterもフェイスブックも何にもやってないんですよ。だから、どんなふうに書かれているのか自分ではほとんど見ていません。トレンド(Yahoo!のトレンドランキング)で1位、と聞いてもトレンドが何なのかがそもそも分かってない(笑)。事前に知り合いにもほとんど伝えてなかったし。だって、“佃ヘタだな”なんて思われたら嫌じゃないですか(笑)。でも、全然連絡も取っていなかった高校時代の同級生とかからメールがあったりして、名古屋ではテレビにもちょこちょこは出てるけどこんなに反響があったのは初めて。あぁ、視聴率が高いってこういうことなんだなぁとあらためて思いました。

―― 今回SNSで盛り上がったのは、視聴者の多くが佃さんの存在を知らなかったことがいい方へ作用したのではないかとも思います。見たこともない俳優が強烈なインパクトの演技を見せたことで「あれは誰だ!?」と、みんなが興味をかきたてられた。番組の話題性も高まりますし、地方で活動する演劇人が脚光を浴びる、今後そんな機会が増えれば、という期待もあります。

佃  今回の『半沢直樹』は小劇場の役者だらけですからね。僕らの世代は、東京へ出て夢破れて芝居を辞めちゃう人間をゴマンと見てきた。でも、無理して東京に行かなくても別にいいじゃないか、と思うんですよ。名古屋~東京なんて新幹線を使えば1時間半程度なので日帰りだってできますから。地元で活動して、時々東京に呼ばれて行って外貨を稼げばいい(笑)。僕自身は、面白そうだと思える役をいただければ、やらせてもらえればと思っています」

佃さん行きつけのコメダ珈琲店でインタビュー。『半沢直樹』は観たことがなく、出演が決まってから慌ててレンタルDVDで視聴したそう。ちなみにこの日の足元はサンダル
佃さん行きつけのコメダ珈琲店でインタビュー。『半沢直樹』は観たことがなく、出演が決まってから慌ててレンタルDVDで視聴したそう。ちなみにこの日の足元はサンダル

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名古屋の演劇ファンからすると、今回の佃さんの注目のされ方は、「えっ、あの佃さんが全国的にはそんなに知られていなかったの?」と逆の意味で驚きを感じる出来事だったりもしたのですが、マスには知られていないだけの一流のプロフェッショナルは、名古屋、そして演劇に限らず、いくらでもいるに違いありません。

佃さんの好演が、そんな地方の才能の活躍の場が広がるきっかけのひとつになれば、エンタメや表現活動の層も厚くなり、それぞれの分野の活性化と充実にもつながるのではないでしょうか? そして、『半沢直樹』の第7話以降に次の“隠れた逸材”の登場はあるのか? 直近の番組からも、長いスパンの動向からも、目が離せません。

(ドラマの画像はTBS提供。佃さんの舞台画像は劇団B級遊撃隊提供。他は筆者撮影)