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高級生食パンにも負けない!名古屋の喫茶文化を支える「業務用食パン」

大竹敏之名古屋ネタライター
名古屋喫茶の象徴、モーニングサービス。コーヒー代だけでトーストやゆで玉子がつく

毎日食べられる価格と味わいを極める業務用食パン

「ブームの高級生食パンは、私たちにいわせればパンというよりケーキです」

これはある製パン関係者から聞いた言葉。同様の意見は、何人もの業界のプロから耳にしました。生クリームやプレミアムなバターをふんだんに使ってぜい沢な甘みやもちもちした食感を実現した高級生食パンは、食パンの新たな魅力を提示してくれました。1本1000円前後という高価格も、食パンがギフトにもなる新しいマーケットを創出しました。その功績は認めながらも、「毎日買える価格帯、毎日食べても飽きない味わい」こそが食パン本来のあり方である、というのがその道のプロたちの共通した意見でした。

名古屋の喫茶店のモーニングサービスに使われる業務用食パンは、まさしく「コーヒー一杯の値段で、毎日食べても飽きない」もの。加えて、家庭向けの量販品の食パンとはひと味違う豊かな味わいも持っています。今回はあまりスポットを浴びることがないその魅力、各社の取り組みにフォーカスします。

パン市場は一般小売り向けが圧倒的に大きく、業務用市場とはすみ分けられている。他府県では学校給食や病院、ホテルなどが主な卸先だが、名古屋ではそれらと並び喫茶店が大きな市場となる。写真は永楽堂の工場
パン市場は一般小売り向けが圧倒的に大きく、業務用市場とはすみ分けられている。他府県では学校給食や病院、ホテルなどが主な卸先だが、名古屋ではそれらと並び喫茶店が大きな市場となる。写真は永楽堂の工場

名古屋・愛知は「喫茶店王国」と称されるほど喫茶店が多い街ですが、実はパンメーカーの激戦区でもあります。名古屋市で大正期に創業したフジパン、敷島製パンは堂々業界の2・3位(1位は東京の山崎製パン)。そして、戦後急成長したのが業務用パンメーカーです。愛知県パン協同組合には約50社が加盟。これら生産者の飛躍の原動力となったのが喫茶店でした。昭和30~50年代にかけて日本中が喫茶店の開業ブームに沸き、特に名古屋・愛知の伸び率は際立っていました。競争が激化する中でトーストなどをつけるモーニングサービスが普及したことで、業務用パンメーカーも成長していったのです。

喫茶店でのシェア約50%! 業務用製パンのトップメーカー「本間製パン」

その代表格が1957(昭和32)年創業の本間製パンです。「東海3県の喫茶店は約1万3000軒。そのおよそ半数のお店にパンを卸しています」と同社営業部長の佐伯信哉さん。業務用食品というと、“量が多くて安い”というイメージを抱いている人も多いかもしれませんが、パンについては決してそうではないといいます。

本間製パンは名古屋市で創業し、現在は愛知県小牧市に本社、工場を構える。小麦のブレンドをすべて自社で行うのも特徴。1日の食パンの生産数は最大3万3千本。売上の7割を喫茶店が占める
本間製パンは名古屋市で創業し、現在は愛知県小牧市に本社、工場を構える。小麦のブレンドをすべて自社で行うのも特徴。1日の食パンの生産数は最大3万3千本。売上の7割を喫茶店が占める
「本」印が目印。名古屋の喫茶店では本間製パンの食パンが厨房に何本も並んでいる場面にしばしば出くわす
「本」印が目印。名古屋の喫茶店では本間製パンの食パンが厨房に何本も並んでいる場面にしばしば出くわす

「ホテル出身の創業者の“リッチなパンを皆さんに食べてもらいたい”という思いが原点。喫茶店がインスタントコーヒーを出さないのと同じで、パンもプロが納得するおいしいものを使っているといえば分かりやすいのではないでしょうか」(佐伯さん)。

スーパーやコンビニで売っている家庭向け量販品との違いは品質。業務用パンは独自の販売代理店から直接喫茶店に届けられるため消費までのスパンが短く、その分保存料などの添加物を極力使わず、材料を厳選して香り高い風味のよいパンに出来上がるといいます。同社の食パンの標準的な価格は3斤で600円台。スーパーなら一斤100円程度~で買えますから、喫茶店は少々価格が高くてもプロ仕様のこだわりのパンをお客さんに提供しているといえます。

本社に併設する直営店「アヴァンセ」では、喫茶店で使われている食パンを購入できる。1本(3斤)600円台が主流
本社に併設する直営店「アヴァンセ」では、喫茶店で使われている食パンを購入できる。1本(3斤)600円台が主流

業務用パンメーカーの役割は、パンを喫茶店に卸すだけではありません。「パンの切り方からおいしい焼き方、サンドイッチのつくり方まで、ご希望に応じてアドバイスします。ご注文数が多ければ、その店オリジナルのパンを新たに開発することもあります」と佐伯さん。喫茶店と業者の関係では、コーヒー豆を扱う焙煎業者(ロースター)の存在が知られます。この分野でも名古屋は地元業者が多く、店主やお客の好みに合わせたきめ細かい味の提案、さらには経営指南なども行ってきました。業務用パンメーカーもまた、縁の下の力持ちとして地域の喫茶店文化を支えてきたのです。

【本間製パンのパンが食べられる名古屋周辺の主な喫茶店】

〇珈琲屋らんぷ(愛知県小牧市など ※一部店舗のぞく)、和田珈琲店季楽(愛知県東海市)、さかい珈琲(岐阜市など)

自社配送で新鮮なパンを届けオリジナルも開発。「エースベーキング」

エースベーキングは東海地方で最初に山型食パンを開発した。東海地方の約3000軒にパンを卸していて、本社でのみパンの一般向け直販を行っている
エースベーキングは東海地方で最初に山型食パンを開発した。東海地方の約3000軒にパンを卸していて、本社でのみパンの一般向け直販を行っている
「喫茶店チェーンもパンで個性を出そうとし、オリジナル商品の開発を依頼するところが増えている」というエースベーキング・吉田昌容始さん
「喫茶店チェーンもパンで個性を出そうとし、オリジナル商品の開発を依頼するところが増えている」というエースベーキング・吉田昌容始さん

「生のままサンドイッチにしておいしく、きめ細かくしっとり感があることがパンづくりの基本。生でおいしければトーストにしてもおいしいことは間違いありません」とはエースベーキング(愛知県清須市)の専務取締役・吉田昌容始さん。「食パンは日常的な食品であり、コーヒーやバター、サンドイッチの具など何かと合わせて食べることがほとんど。毎日食べても飽きが来ない、何と一緒に食べても合う、そんなパンを目指してつくっています」ともいい、名脇役であることがパンの真骨頂だといいます。

同社のもうひとつの特徴がこまめな配送体制。ほとんどの店舗に自社配送していて、毎日~週3日のペースで出来立てのパンを届けているといいます。「常に新鮮なパンを回転させているので、無理に日持ちさせる必要がないんです」と吉田さん。

「珈琲元年」ではエースベーキング製オリジナルパンの店頭販売も行っている。写真は名古屋市中川区の中川本店
「珈琲元年」ではエースベーキング製オリジナルパンの店頭販売も行っている。写真は名古屋市中川区の中川本店

同社のオリジナル食パンを採用しているのが、名古屋の老舗焙煎業者・富士コーヒーの直営店「珈琲元年」です。「近年、家庭用食パンは軽い食べ口のものが好まれる。当社ではふわっと軽い口当たりがありながら、家庭向けにはないしっかりした小麦感を味わえるパンをリクエストしました」と同社外食事業部スーパーバイザーの川口万年(かずとし)さん。同店は幅広い世代が利用する郊外型大型喫茶。家庭の延長として気軽に足を運ぶ常連が多いため、家庭用のトレンドを取り入れつつも明確な差別化が図れる、そんな食パンを専用に開発したというわけです。

「名古屋における喫茶店は、井戸端会議や地域のコミュニティの場として欠かせない、単なる飲食店を超越した存在。その文化を守るために、喫茶店にふさわしいパンをつくりたいと思っています」(吉田さん)というように、業務用パンもまた、単なる食材を超えた名古屋の食文化の一端を担うものなのです。

【エースベーキングのパンが食べられる名古屋周辺の主な喫茶店】

〇珈琲元年(名古屋市中川区、愛知県清須市)、カフェヨシノ(名古屋市港区など)

“冷凍だからこそおいしいパン”に特化した「永楽堂」

「冷凍パンの技術では日本一だと自負しています!」。こう胸を張る個性派メーカーが永楽堂(名古屋市瑞穂区)です。

永楽堂の冷凍パン。独自の氷熟製法で甘さとみずみずしさをもった冷凍パンが出来上がる
永楽堂の冷凍パン。独自の氷熟製法で甘さとみずみずしさをもった冷凍パンが出来上がる
生産施設の規模は小さいが、こだわりの設備とノウハウが注ぎ込まれている。本社・工場横にアウトレットショップがあり、多彩な商品を購入できる
生産施設の規模は小さいが、こだわりの設備とノウハウが注ぎ込まれている。本社・工場横にアウトレットショップがあり、多彩な商品を購入できる

「冷凍=常温のパンより味が落ちる、と大半の方は思うでしょうが、うちは冷凍だからこそおいしくなるパンを目指してつくっています」と社長の近藤佳樹さん。ミキサー、窯、真空冷却器などの設備の多くは日本唯一、または他の工場にはほとんどないもの。これらを駆使して解凍後に最高の状態になるようパンをつくっているといいます。

冷凍パンは喫茶店にとってもメリットが多いともいいます。フードロスが出ない。まとめ買いできるので配送コストを節約できる。何種類ものパンを使うことができる。また、保存用添加物を使う必要がないため、安全安心にもつながります

実際に同社の冷凍パンを食べてみると、もちもち感やふんわり感、そして小麦の甘みが感じられるものばかり。トーストしたものを食べて冷凍だと分かる人はまずいないでしょう。今春から一般向けに始めた通販も好評。喫茶店の味を家庭でも食べられるようになっています。

【永楽堂のパンが食べられる名古屋周辺の主な喫茶店】

〇珈琲 遇暖(愛知県安城市など)、CAZAN珈琲店(名古屋市昭和区など)

◇◇◇

名古屋の喫茶店といえばまずイメージされるモーニングサービス。「名古屋に行ったらモーニングを食べたい!」という旅行者や出張族も多く、今や名古屋めしのひとつとしても認知されています。このモーニングの満足度はおいしいパンがあればこそ。そして、その期待に応えてきたのが地元の業務用パンメーカー。そう考えると、喫茶店のモーニングは名古屋・愛知だからこそ発展した地域特有の食文化だとあらためて感じます。

パンの味わいにも注目してモーニングを楽しめば、名古屋の喫茶店文化の奥深さをより体感できるのではないでしょうか。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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