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「ライブハウスの灯は消さない!」コロナ危機を生き抜くオーナーたちの決意

大竹敏之名古屋ネタライター
名古屋「Tokuzo」のスケジュール。3月中頃から大半のライブが中止になった

コロナショックでほとんどのライブハウスが営業停止に

いまだに出口が見えない新型コロナウイルスショック。市民、経済、ほぼすべての活動が大幅に縮小・制限された状態が続いています。その中でも初期段階から各所で感染者を出してしまったライブハウスは、厳しい批判にさらされてきました。感染リスクが高いとされる“三密”が避けられない業種だけに、今では全国ほぼすべての施設が営業停止を余儀なくされています。

ライブハウスは今、どんな状況にあるのか?そして当事者は今、何を思うのか? 名古屋を代表する、それでいて営業スタイルが全く異なる2軒のライブハウスのオーナーに語ってもらいました。

ロックの登竜門「E.L.L」は2月末からほぼ営業休止に

大須のElectric Lady Land(エレクトリックレディランド)、通称E.L.L(エル)は1977年創業。BOOWYをはじめ名だたるバンドを輩出し、“ロックの登竜門”とも称されます。インタビューに答えてくれたのは、創業者で現・会長の平野茂平(ひらの・もへい)=通称“シゲさん”です。

E.L.Lの平野茂平さん。「東京が落ち着かないことには在京のアーティストが東京から出られませんからね。だから今は安部(晋三首相)さんより小池(百合子東京都知事)さんの動きを気にしています」
E.L.Lの平野茂平さん。「東京が落ち着かないことには在京のアーティストが東京から出られませんからね。だから今は安部(晋三首相)さんより小池(百合子東京都知事)さんの動きを気にしています」

―― 最初の公演中止はいつだったのでしょう?

平野  「2月26・27日の2デイズ公演だったORANGE RANGE。サウンドチェックまで済んでさぁリハをやろう!というところで事務所から連絡が入り、急遽中止になりました。そこからはもうほとんど中止。3月は3本くらいやりましたけど、チケットは売れてるのにお客さんは来ないんですよ。入りはせいぜい6割くらい。既にこの時点でライブハウスが“三密”の温床みたいに言われていたので、うちの方から主催者に延期にさせてもらえないか、とお願いしていました」

―― E.L.L.からアーティスト側に延期要請をしていたのですか?

平野  「えぇ。アーティストは人気商売ですからね。ライブハウスが悪く言われるのはいいんだけど、開催して彼らに批判の矛先が向けられるのは避けないといけない。ですから、2月末からはほぼ営業していない状態です」

―― 通常の稼働率はどれくらいなんですか?

平野  「E.L.Lをはじめ3会場でキャパは各500・250・150人。それぞれ月に平均15日くらいですね。」

―― 仮にキャパの7割ほど入るとして月に9000人以上の動員がゼロになってしまったということになります。売上ゼロの日が既に2か月続いている非常に厳しい状況ですが、何か打開策はありますか?

E.L.Lは創業時から“大須の顔”のひとつ。地下の小さなライブハウスから始まり、現在は3館体制を敷いている
E.L.Lは創業時から“大須の顔”のひとつ。地下の小さなライブハウスから始まり、現在は3館体制を敷いている

平野  「まだ何も手を打てていません。配信を始めているライブハウスもありますが、課金のシステムがいろいろあって手数料が高額なものもあるもんですから、安易には踏み切れない。それにスマホで見られる動画がそのアーティストの格と合うかどうかという問題もある。アーティスト自身が自宅で弾き語りして配信する分にはいいんですけど、我々は中間業者みたいなもんなので、やるならスペックを落としたくない」

―― ライブができないのはライブハウスだけの問題ではありませんね。

平野   「近年はCDが売れなくなった分、ライブのチケットとグッズの売上が音楽業界にとって重要なウエイトを占めていますからね。グッズにしてもライブに足を運んでその思い出として買うという動機が一番ですから、通販で売ればいい、という話ではない。ライブハウスだけじゃなく、業界全体が非常に厳しい状況です」

―― 支援を募るクラウドファンディングの動きも各方面であります。

平野  「ライブハウスがクラウドファンディングで200~300万円、場合によっては1千万を集めた、なんて噂も聞こえてきます。うちにもいろんなところから引き合いがありますが、会ったこともない人、聞いたこともない会社からの話もいっぱいあるし、びっくりするような手数料を取られるという話も耳にする。参加するのはお世話になったバンドから誘いがある場合に限っています。苦しいのはライブハウスだけじゃなくてお客さんもアーティストもみんな大変じゃないですか。その中で我々がいの一番に大変だから助けてくれ、というのはちょっと気が引ける。それに先行きが見えずリターンを約束できない状況ではクラウドファンディングはやりづらい。だったら、“つぶれそうなんで助けてください”と頭を下げて純粋に寄付を頼んだ方が潔いですよね」

―― SNSなどでは「反体制がロックなのに公的支援を受け入れるのか」「好きなことやってるんだから自己責任だろう」という意見も散見されました。

平野  「ロック=反体制というのは20世紀半ばまでの話で、今はもう資本主義の社会構造の中に完全に組み込まれていますからね。今さらルーツの時代の話を持ち出されて上げ足取ってもしょうがない。こういう声が出てくるのは残念ですね」

「臨時休業」を知らせる入口の貼り紙
「臨時休業」を知らせる入口の貼り紙

―― 愛知県独自の支援策で、ライブハウスも休業補償の対象に含まれています。

平野  「休業補償の他、国の雇用調整助成金もありますが、給料の全額が支給されるわけではない。ありがたいですけど、10人以上いるスタッフを守っていくにはとても十分とは言えません」

―― 名古屋には今、ライブハウスは何軒くらいあるのでしょう? また、ライブハウスの業界にユニオンのような組織はあるのでしょうか?

平野  「名古屋はずい分前に50軒を超えた時に数えるのを止めました。バー形式のところも含めれば100軒はあるんじゃないですかね。東京を中心に組織は2つくらいありますが、地方は情報交換している程度の寄合です。結局まとまり切らないままここまで来てしまって非常に脆弱。だから業界全体で意見をまとめて国に提出するというような動きはないままです」

―― ライブハウスはこの苦境を乗り越えていけるでしょうか?

平野  「今のライブハウススタイルは日本が先進国なんですよ。発祥は欧米なんですけど、もともとは食事のついでに演奏を聴かせるという場所で、コンサートに特化した空間や営業スタイルは日本で発展した。この世界規模の災害の中で、まだせいぜい数十年の歴史しかないライブハウスに何ができるのか?ライブハウスだけじゃなくエンターテインメントの形がこれを機に変わる気がする。ライブハウスとひと言で言ってもキャパも形態も様々で、いろんな形に広がってきたものが一回整理される、適合か不適合かのふるいにかけられるところに来てるんじゃないか、と感じています。じゃあ何が適合するかは分からないし、分かっていたらもう何か動いていますけどね」

―― 現状は有効な手立ては見つけられない?

平野  「アーティストあってのライブハウスなので、私らの方から何かやってください、とは言える立場にはないんです。仮に何か問題が起きたらアーティストがやり玉に挙がっちゃうわけですから。今のところは終息を待つしかない、というのが正直なところですが、音響とか照明とか、ライブがなければ生活が成り立たない業種はアーティストの他にもいっぱいあるので、そういう人たちも含めて何かやれる方法を見つけられれば。国や県の補助をアテにもしてられないので、借金をしてでもしのいでいこう!と思っています

個性派「Tokuzo」は居酒屋営業~グッズ販売で対抗

名古屋市千種区今池の「Tokuzo(トクゾー)」は、ジャズ、パンク、ブルーズ、さらにはサブカルのトークイベントまで雑多なジャンルがラインナップされ、コアなファンに愛されている個性派ライブハウス。スタンディングでの収容人数は200人ほどですが、テーブルを並べて飲食しながら演奏を聴くのが基本のため通常は満席で100人ほど。ライブ終演後は朝5時まで居酒屋営業しているのも特徴です。コロナ騒動以降の流れと今後について、オーナーの森田裕(ゆたか)さんに聞きました。

Tokuzoの森田裕さん。「3月に入ってからは3日でガラッと空気が変わる、その連続だった」
Tokuzoの森田裕さん。「3月に入ってからは3日でガラッと空気が変わる、その連続だった」

―― Tokuzoは4月10日に営業休止するまでは、ライブも比較的続けてきました。

森田  「2月のうちは“ウチは満席になることなんてめったにないんだから大丈夫だよ”なんて言ってたんだよね。3月の前半も“4月には徐々に回復して、ゴールデンウイークの今池遊覧音楽祭はみんなで爆発だ!”と、今考えるとまだのんきに構えてた。でも3月に入ってアーティストからキャンセルが相次ぐようになって、開催してもお客さんの入りは全然少ない。3月14・15日の今池のライブハウス合同のイベントがイベンターの意向で中止になって、あれで空気がガラッと変わったかな」

Tokuzoの居酒屋営業時のスタッフの得意技メニュー(TokuzoのFacebookページより。現在は休業中)
Tokuzoの居酒屋営業時のスタッフの得意技メニュー(TokuzoのFacebookページより。現在は休業中)

――  Tokuzoはライブハウス兼居酒屋なので、ライブが中止になった日も居酒屋営業できていました。

森田  「スタッフがそれぞれの特技を活かして『ズボンの裾なおし100円』とか『宇宙ヒーリングおひねり制』とかメニューにしたりしてね。居酒屋中心にした頃は、常連が応援する気持ちで飲みに来てくれてそこそこにぎわってました。でもそれも4月に入るとガクッと客足が落ちて、4月10日に愛知県の緊急事態宣言が出たのを機に、ライブも居酒屋営業もすべてやめて営業休止にしました。10~15日はテイクアウトをやったけど、16日からは姉妹店のopenhouse(オープンハウス)の飲食店としての営業に一本化してます」

―― 通常営業時のライブと飲食の売上構成比、そして昨対は?

森田  「ライブ1:飲食3くらい。でも3月の売上は全体で前年の半分以下。4月はTokuzoに関してはほぼゼロだね」

―― 雇用調整助成金などの公的支援でどの程度カバーできますか?

森田  「雇用調整助成金は支給額上限が1人8330円。スタッフの中にはギリギリで生活してるヤツもいるから、助成金だけじゃ足りなくて、ある程度こっちが上乗せしてやらないと食えなくなっちゃうんだよ。休業補償の協力金はウチは飲食店扱いで200万円。でも一企業200万円で2軒やってても同じ。スタッフは2軒で14名いるから、一カ月分の人件費にもならない。もちろん、もらえるもんはもらうけどね」

―― クラウドファンディングについてはどうお考えでしょう?

森田  「毎日1本くらいはメールが届いてる。うれしいしありがたいと思うんだけども、何か違うんだよなぁ。性に合わないというか…。俺たちだけじゃなくみんなが大変な目に遭ってるわけでしょ。その前に何か自分たちでできることがあるんじゃねーかなぁと思っちゃう。周りでも同じこと言ってる連中は多いよ」

新発売のオリジナルTシャツ。お尻の部分に描かれたイラストにロックの反骨精神とブラックな笑いを感じられる1枚。TokuzoのHPより購入できる
新発売のオリジナルTシャツ。お尻の部分に描かれたイラストにロックの反骨精神とブラックな笑いを感じられる1枚。TokuzoのHPより購入できる

―― 具体的にはどんなことを?

森田  「とりあえずグッズをどんどん出していこうと思って、第1弾でオリジナルTシャツつくりました。あとは今池ライブハウス連合という集まりがあるので、そこの連中と商店街と一緒に何かやろうと考えてる。GW明けに今池全体で盛り上がるようなことを仕かけてやろうと計画してるんだ」

―― 5月のライブスケジュールは、HP上ではまだ中止のアナウンスをしていないものもありますね。

森田  「でも現実問題としては難しいだろうね。6月いっぱいはダメだと思ってる。奇跡的に状況がよくなっても7月か…秋に再開できたらいいくらいの気持ちだね、今は。ライブハウスの再開は、いろんな業種の中で一番最後だと思うんだよ。ディズニーランドが再開しました、のその後でようやくやってもいい、ということになる。ここまでの流れからすると、ワクチンができないとダメってことだろう。となると年をまたぐ可能性もあるわけで、それも念頭に置いて、覚悟と準備をして今から動いておかないといけないだろうね」

今池商店街新型コロナ拡大防止キャンペーン「今池ハードコアは死なず」ポスター大作戦。既に町中にポスターが貼り出されている。GW明けにはさらに強力な戦力が投入される(!)
今池商店街新型コロナ拡大防止キャンペーン「今池ハードコアは死なず」ポスター大作戦。既に町中にポスターが貼り出されている。GW明けにはさらに強力な戦力が投入される(!)

―― ライブができない状況になって、あらためてライブハウスの存在価値をどのように感じていますか?

森田  「4月に入ってできたライブは4本で、そのうち僕が観たのは3本。これが本当によかったんだよ。生で音楽が鳴っていて、お客さんがそれを体感する。お互いの関係性の中で音楽が存在するってやっぱりスゴいことなんだな、と身に染みて感じた。ライブっていうのは死なないな、と思ったね。今の一番の目標はね、コロナが終息した時に、スタッフ全員そろってドン!と始めたい。長期戦になるだろうけど、グッズ販売とかでつないで、他にもいろいろ策を考えて、何としても持ちこたえてやろうと思ってるんだ!

※ Tシャツなどグッズの販売はこちら→「Tokuzo 臨時休業セール通販サイト」

◆◆◆

渦中にある現場の声に、ライブハウスをめぐる状況の厳しさをあらためて実感させられます。それでも光明は、2人のオーナーがライブハウスの灯を消さない、という気概をしっかりと持っていることでした。

あらゆる活動が自粛を強いられる中、私たちの生活にとって「不要不急」のことがいかに大切かを思い知らされることになりました。ライブハウスがなくても死にはしませんし、居酒屋の飲み会、スポーツ観戦、美術館めぐり、遊園地、旅行…どれもできないからといって生き死にに直接かかわるようなことはありません。むしろ無駄な出費が抑えられて家計的にはプラスになっているのかもしれません。しかし、そんな“今必ずしもやらなくてもいいこと”こそが日々を豊かで潤いあるものにしてくれていたのです。

ライブハウスで音楽を楽しみ、盛り上がる。そんな当たり前の日常が一日でも早く取り戻せることを願ってやみません。と同時に、いつか来る平穏な日を愛すべき“不要不急”の場で迎えるためには、私たちも当事者の1人として何ができるかを考え、取り組む必要があるのではないでしょうか。

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(写真撮影/筆者。TokuzoのメニューとTシャツ、今池商店街のポスター画像はTokuzo提供)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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